第23話 王都の新たな街
艦隊戦の後は、3日間の特別休暇がもらえる。当然、僕はイーリスと共にお出かけだ。せっかくの3日間の特別休暇、いつものショッピングモールなどには行かず、たまには違うところへ行こう。
そう思って、久しぶりに王都サン・ティエンヌの街に行くことにした。
僕がこの
あの「沼」の街はなくなった。イーリスと出会ったあの奴隷市場を含む非合法の街は、今はもうない。
もちろん、奴隷市場もなくなった。今、あの辺りは再開発が進み、王都の中でも最先端で繁華な街に変わりつつある。
1年前に、セントバリ王国が総力を挙げて「沼」を潰したために消滅したのだが、それ以前からその兆候はあった。
「沼」が消滅に追いやられた理由。それは、簡単に言ってしまえば、我々がもたらした娯楽と雇用だ。その2つが「沼」を消滅に追い込んだ。
我々がもたらした娯楽は、合法かつ刺激的だ。ゲームにスイーツ、様々なスポーツ、映画にドラマにアニメに……挙げたらキリがない。
おまけに、交易による好景気で人手不足となり、貧民層ですらも雇用がもたらされる。王都に住む人々の生活レベルは大幅に向上し、それに反比例して犯罪率は低下する。
好きで犯罪に手を染めたがるものなど、ほとんどいない。生活が豊かになれば、真っ当な道を選ぶ人々が増えるのは必然だ。
人手不足と、それに伴う貧民の減少によって、娘を奴隷に売る者はいなくなる。当然、奴隷市場は自然消滅する。
我々の防犯システムの普及で、犯罪の検挙率は上昇し、犯罪依頼も激減する。
こうして、「沼」の根幹を支えてきたあらゆるものが崩壊し、弱体化したところをついに王国の警察隊突入でとどめをさされ、消滅してしまった。それが1年前の出来事だ。
その「沼」は今、近代化が大きく進んだ街と化した。
高層ビルが立ち並び、そのビルの間を結ぶ4層もの回廊が作られている。まるで、戦艦内部の街のような様相を呈している。
すでに王都には大勢の人が住んでおり、再開発はなかなか進まない。だが、この元「沼」の街は王都でも中央に位置しており、広大な空き地と化した。そこで王国はここを今までとは逆の街にすることを決めた。
民間の会社を誘致し、一大商業施設として生まれ変わった「沼」の街。
仕事を求めて集まった人々のため、王都の郊外には集合住居が作られている。その人々が、この元「沼」だった新たな街のお得意様となっている。
そんな「沼」だった場所に、僕とイーリスは向かう。
2年半前は、本当に嫌な街だった。二度と足を踏み入れたくない場所だったが、そんな雰囲気は、もはやここにはない。
今は、高層化した近代的な街が広がっている。地上には、車がひっきりなしに走る。
もはや、どこが奴隷市場だったかなど、わかるはずもない。あの頃の面影は、この場所には全くと言っていいほど残されていない。
ただ、この街の入り口にある2本のポールだけが、あの頃の面影を残す唯一のものとなっている。
その2本のポールの間をくぐると、そこは戦艦内の街とほぼ同じ光景が広がっている。
「イーリス、どこに行きたい?」
僕は尋ねる。が、予想通りの応えが返ってきた。
「決まっている!スイーツの店だ!」
……なんでも、今回の無双のおかげで「精霊」はひどく空腹なのだそうだ。だから、大量のケーキやプリン、それにパフェにドーナツが必要だとイーリスは説く。
ほんとかなぁ……単にイーリスが食べたいだけじゃないのか?
お目当のスイーツ店は、第2層目にあると僕のスマホが示していた。上の階層に移動するため、長いエスカレーターに乗る。エスカレーターを登りきったところには、雑貨屋があった。
……なんだろうか、どこかで見たことのある奴がいるぞ。
大量の紙の束を抱えたまま、睨みつけるようにペンを吟味しているその女性、あれはレーナ少尉だ。
元秘書のレーナ少尉が、こんなところで何をしているのか……いや、考えるまでもないか。また妄想画を書くためのペンを選んでいるのだろう。
その横にはフランツ准尉がいる。そういえば最近、あの2人は結婚したと聞くが、相変わらず過激な趣味を貫いているようだ。あるペンを手にとって、2人で不気味な笑顔を浮かべている。
そんな2人は見なかったことにして、僕とイーリスは先へと進む。お目当てのスイーツ店を見つけ、中に入ろうとした、その時だ。
あれ……どこかで見たことのある人物がいるぞ。
カーリン中尉だ。そのスイーツ店のテーブルに座り、チョコレートパフェを食べている。
が、問題は、その向かい側に座っている人物だ。
あれは、男だ。身体が大きく、髭だらけの顔。服装からして、この王都の人物だと分かる。そんな男性と、にこやかに会話しているカーリン中尉。
うーん、どう見てもカップルのようにしか見えないが、カーリン中尉にはやや不釣り合いな人物だな。相手は一体、誰なんだ?
とはいえ、相手はあの強気のカーリン中尉だ。面倒なことになりそうだから、なんとなくやり過ごそうと思っていたが、パフェとアイスとケーキを買ってトレイに載せたイーリスがその2人のところへ突撃する。
「おう、カーリンよ。」
イーリスの声に気づいたカーリン中尉。まるで猫にでも睨まれたハムスターのような顔をして、イーリスを見上げるカーリン中尉。
「あ……あ……」
「何を動揺しておる。隣、座るぞ。」
不意に現れた僕とイーリスに、あからさまに動揺している。
この星に来て以来、浮いた話を聞かないカーリン中尉だったが、なんとまあいつの間にか、意外な恋人がいたものだ。
当然、本人も気にしている。こう言ってはなんだが、まるで森の中で出会った、クマとキツネのようなカップル。僕は違和感しか感じない。カーリン中尉も、そういう自覚はあるのだろう。
「あ、あのね、この人はね……」
「そなたの恋人だろう。見れば分かる。」
口を開くカーリン中尉に、イーリスのこのストレートな突っ込みで、思わず顔を真っ赤にするカーリン中尉。耳の先まで真っ赤だ。
「カーリン、この人達はお前の知り合いか?」
「う、うん、そうなの……こちらは同じ駆逐艦の乗員。その横の女の人は、この人の奥さんで……」
そのクマのような男が、カーリン中尉に尋ねている。にしても、妙にしおらしいカーリン中尉だ。いつもは強気な彼女だが、見られたくないところを見られてしまい、バツの悪そうな顔で黙りこんだままだ。
「そうか。カーリンのお仲間か。では、挨拶をせねばならんな。わしは、ピエリックといって、王都で鍛冶屋を営んどる者じゃ。今は宇宙の人の仕事もらって、うちの工房は大繁盛しとるんじゃよ。」
「はぁ……そうですか。で、カーリン中尉とは、どちらで……」
「いやあ、こやつはわしのお得意様のとこで知り合ったんじゃよ。カーリンは駆逐艦の主計科で、軍の調達にも関わっとるからの。で、何回か会っとるうちに意気投合して、わしの家に来るようになってな……」
「わーっ!そ、それ以上言わないでぇ!」
なるほど、そういうつながりか。で、いつのまにかこの鍛冶屋の
こりゃあ面白い。カーリン中尉をからかう絶好のチャンスだ。2年前にカーリン中尉から受けたあの仕打ちのお返しを、今ここで果たすこともできる。
……と思ったが、やめておこう。結果的にカーリン中尉にはイーリスのことでお世話になっているし、しかもカーリン中尉は、すでに頭に血液のほとんどが集中しているのではないかと思われるほど、真っ赤な顔をしている。ここでとどめの一言を放つだけで、頭部が吹っ飛びそうだ。
ということで思いとどまった僕だが、イーリスは遠慮などしない。
「よかったな、カーリン。いい伴侶に巡り会えて。」
ストレートな一言を、容赦無く投げかけるイーリス。
「ちょっと待って!伴侶だなんて、まだ私は……」
「何を迷っている。どう見てもお似合いではないか。さっさと結婚した方がいいぞ。」
「ええーっ!?け……結婚!?」
「なんだ。おかしなことを言ったか?これほど心の波長がぴったりな者同士は、なかなかいない。いい夫婦になるぞ。」
いかにも
「あの……イーリスちゃんは、この男のどこが良くて、一緒に暮らそうって思ったの?」
ああ、こういう質問が出るあたり、カーリン中尉は本気のようだな。イーリスの意見を参考にするつもりだろう。
「決まっている。私はランドルフに買われたからだ。だから、一緒になった。」
……参考にならないよ、イーリス。こんなところで、僕の黒歴史を掘り返さないでくれ。
「だがこの通り、ランドルフは気兼ねなくいじり倒せる夫だ。夫たるもの、いじり易くなくてはな!」
うーん、これは褒められてるのかな、それとも単になめられてるのかな?イーリスのこの言葉は、やや聞き捨てならないのだが。
「そ、そう?でも、私の場合はどちらかというと、いじられてる側だよ?」
「そうか。なら、問題ない。」
イーリスの言葉は、適当なようで奥が深い。逆もまた真なり、と言いたいのか。
「がはは!確かに、わしがいじってることの方が多いな!なあ、カーリンよ!」
「ちょ……ちょっと、やめてよ……あらぬ誤解を招くじゃない……」
それにしても、あのカーリン中尉がこのクマのような鍛冶屋の
「では、せっかく出会ったカーリンの夫だ!共に参ろうではないか!」
「ちょ、夫って……って、参るってどこに行くのよ!?」
突然、イーリスが提案し始めた。
「あのさ、イーリス。行くって、どこに行くのさ。」
「決まっている。映画館だ。」
なぜ、映画館なのか。そこに明確な理由などない。イーリスの言葉は、常に直感だけが根拠だ。
「よし!今日はどうしても観たい映画があるのだ!ダブルデートと行くぞ!」
「ちょ、ちょっとイーリスちゃん!何よ、その映画って!?」
で、向かった映画館で観たのは、イカの化け物が出てくる映画だった。
巨大なイカが、駆逐艦を襲うというパニック系映画。突っ込みどころ満載な、B級映画だ。
そもそもなぜ、駆逐艦が海面すれすれを飛ぶ?イカが襲いかかった時に、なぜバリアを展開しない?それ以前に、なんだって全長300メートル以上のイカがああも機敏に動ける?
B級映画に突っ込むのも野暮というものだ。あまりにバカバカしい設定のその映画も、それなりに感動的なエンディングを迎え、もうひと組のカップルは満足している。
「すごかったな、あのイカは!」
「ええ、すごかったわね、イカ。」
……なんだこのカップル、可愛すぎるだろう。あんな無茶苦茶なイカを見て、どうしてこんなに感動できる?
「イカが食いたくなったな。」
一方で、うちの
「いや、イカって……そもそもイーリスは、海産物が嫌いだったんじゃあ……」
「そうでもないぞ。甘いものを食べた後に食べるスルメイカは、とても美味い!」
どこでそんな味を覚えたんだか……結局、イカ映画を観て感動するクマとキツネのカップルと別れて、我々は食材を売る店へと向かう。
で、そのままイカを買って、家路につくはずだった僕とイーリス。
が、それは、何の前触れもなく起こった。
僕の耳の奥で、ピーンという音が鳴り響いた。
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