第24話 王族の生き残り

僕は、僕の後ろにいた。

こういう状況は、何度経験しても慣れない。なにせこの時点では、何が起きるのかが分からないからだ。

何が起きるんだ?僕はどきどきしながら、僕を見守る。

すると僕は突然、イーリスを抱き寄せる。

は?おい!精霊よ、お前、イーリスに何してくれちゃってるわけ!?

と思ったら、こっち側の「僕」の背後をすり抜けて、駆け込んで来る人がいる。


女だ。イーリスと同じくらいの女性。手には、刃渡り20センチくらいのサバイバルナイフを持っている。

それを僕らめがけて、まさに突き刺そうとしていた。

が、突進するその女の腕を、僕は掴む。それを後ろから見ている僕。

顔はもちろん、前を向いたままだ。だが僕は、いや、僕に乗り移った精霊は、30万キロ彼方の5隻の駆逐艦を照準器なしで狙い撃ちできる。たとえ背後でも、たかが数メートル先から襲いかかってきたこの女に、気づかないわけがない。

そのままその女の手首をひねる。ナイフが落ちる。それを見ていた周りの人が、突然発生したこの刃傷未遂事件に気づいて騒ぎ始める。


「きゃーっ!な、ナイフ!?」


周囲にいた人の1人が叫ぶ。辺りは騒然とする。そばにいた別の人が、スマホをかけ始める。どうやら、警察に通報しているようだ。

そこで僕は、僕に戻る。


……いや、どうするのよ、これ。相手は、僕に比べたら大した力ではないから、逃げられる心配はない。が、こんなところで僕に返されても困るのだが。

で、僕に手首を掴まれているその女は、僕を睨みつけてくる。そして、こんなことを言った。


「……精霊か……」


この瞬間、彼女がイリジアス王国の者だと分かった。なんだ、まだここには貴族の生き残りがいたのか?

だがこれで判明した。狙いは、明らかにイーリスだ。そう確信する僕。僕は、いや精霊は「最良」の選択をしたようだ。

この女の顔を見て、イーリスが呟く。


「せ、セラフィーナ様……」


どうやら顔見知りらしい。ということはやはり、貴族なのか?

いや待て。今、イーリスは「様」付で呼んだぞ?主人である僕にさえ様付けしないイーリスが、様付けで呼ぶ相手。誰だ、こいつは?

僕は彼女の腕を掴んだまま、イーリスに尋ねる。


「……知っているのか、この人を。」

「このお方の名は、セラフィーナ・イリジアス。イリジアス王国の第2王女だったお方だ。」

「はあ!?王女!?」


ということは、彼女は王族ってことじゃないか。

だが待て、話によれば、王族は一人残らず殺されたのではないのか?なんで王族の生き残りがここにいて、しかもイーリスを襲う?

いや、イーリスを襲う理由はだいたい分かっている。以前、ノーラさんがイーリスに襲いかかった時と同じ理由、つまり、呪術師シャーマンとしての責務を果たさなかった、だから王国が滅んだ。そんなことを考えてのことだろう。王族ならば当然、彼女が国王専属の呪術師シャーマンだったことを知っているはずだ。


「うるさい!お前に私の名など、口にされたくもない!」

「口にせねば、ランドルフはあなた様のことを、どこかの馬の骨娘としか思わぬぞ。その方がよかったか?」


相変わらず正論で返すイーリス。それを聞いて、ますますいきり立つこの王族の生き残り。そこに、警察が駆けつけ、彼女の身柄と凶器のナイフを確保して、去って行った。


その後、もう一人の警官が現れて、我々の同行を求めた。当然、事件の事情聴取のためだ。我々は王都警察署まで出向く。


「……つまり、旧イリジアス王国のまじない師だった奥さんへの恨みを抱いた末の犯行だと、そうおっしゃるんですね?」

「はあ、そうだと思います。」

「なるほど。だが、いくらなんでも国が滅んだのをまじないのせいにしなくったってねぇ……元はといえば王族がだらしなかったから滅んだんでしょうに。逆恨みも甚だしいな。」


我々から事情を聴いていた警官はこう言ってくれたが、正直、この警官は彼女のまじないの力を軽く見ている。無論、警官はイーリスのまじないの力を知るはずもない。知っていれば、もう少し変わった見方になるのは間違いないだろう。もっとも、それで彼女の罪が減ずるとは思えないが。


で、2時間ほど事情聴取されたのちに、ようやく帰れることになった。だが帰り際にイーリスが、その警官にこんなことを言い出す。


「セラフィーナ様と会って、話をすることはできるか?」

「ああ、明日ならいいだろう。だけど、あんたを殺そうとした相手に会って、どうするんだい?」

「同郷の者だ。話す必要がある。」

「そうかい。じゃあ明日、ここに来な。こちらで面会の手続きをしておこう。」


ええーっ?あの王族と話すの?そりゃまずいでしょう。何を言われるか、だいたい想像できる。おそらく、罵詈雑言を投げかけられるのは間違いない。


「おい、イーリス。いくらなんでも、会いに行くのはまずくないか?」

「なぜだ。」

「いや、罵声を浴びせられるのは目に見えている。ますます怨みを買うかもしれない。それでもいいのか?」

「大丈夫だ。そんなことにはならないだろう。」


だが、それでもイーリスは行くと言う。なぜ、そこまで義理堅いのかなあ……という僕もイーリスのことが心配だ。ついていくことにした。


で、その日はスルメイカを大量に買い、住まいへと帰る。すっかり日は暮れてしまった。なんということだ。貴重な特別休暇だというのに、スイーツを食べてイカの映画を観て、イーリスを殺されかけた後にイカを買っただけで暮れてしまった。

そのイカを食べながら、イーリスは突然、叫ぶ。


「おお、そうだ!」

「ど、どうしたの、イーリス!?」

「いかんいかん、まじないをかけるのを、忘れるところだった!」


ああ、そうだった。そういえば今日、精霊を使ってしまった。つい4日前に発動したばかりだというのに……イーリスは僕の前に立つ。そして、いつもの呪文を唱える。


「デア シュピリッチ……アイザ ルガゼット マヌ エラ……」


そして、いつものように口づけだ。それにしてもイーリスよ、お前、イカ臭いぞ。なんだかイカ臭い精霊を移されたような気がするが、問題ないだろうか?


「……終わった。これでまた王族に襲われても、大丈夫だな。」


いや、頼むからもう王族は勘弁してくれ。それに次、精霊が発動した際は、イカ臭くないか心配だ。


さて、翌日。イーリスと僕は、王都警察署へと向かう。


「おい!ランドルフ!さっさと行くぞ!」


イーリスってば、なんだってこんなにやる気満々なのだろうな?これから罵声を浴びせられに行くんだぞ?僕は憂鬱で仕方がない。

エレベーターを降りると、ノーラさんがいた。妹のマレーナさんに会いにきたのだろうか?大きくなってきたお腹を抱えて、イーリスに話しかける。


「あら?イーリスにランドルフさん。お揃いでどちらへ?」

「警察だ。」

「ええーっ!?警察!?イーリス、何やらかしたのよ!」

「いや、セラフィーナ様に会いに行くんだ。」

「は?セラフィーナ様って……第2王女は生きてたの!?」

「そうだ。昨日、ナイフで襲われた。で、セラフィーナ様は捕まって今、警察署にいるから、会いに行くのだ。」

「いやあ、それはやめといたほうがいいわよ。なんだってあんた、殺そうとした相手にわざわざ会いに行くのよ!?いくらなんでも、危ないでしょう!」

「いや、そうもいかない。同じ王国の者だ。会わないわけにはいかない。」

「はぁ?!あんたって、ほんとに義理堅いわねぇ~!」


などと、まるで他人事のように話しているノーラさん。だが、そんなあなたにもイーリスを殺そうとした過去があるんだけどな。自分はいいのか?


「というわけだ。じゃあ、行ってくる。」

「気をつけてね!」


そんなノーラさんに見送られて、警察署に向かう僕とイーリス。まあ、思えばノーラさんの時だって、顔を合わせてどうにか説得してしまったイーリスだ。セラフィーナという元王族とだって、分かり合えるかもしれない。

などと思いながら、王都警察署についた。

そして、面会室に入る。


向こう側から、2人の警官に抱えられて、あの王族の娘が現れた。虚ろなあの顔は、おそらくあまり寝ていないのだろう。

そんな元王女と、元公爵令嬢が、透明なアクリルの板を介して向かい合う。


「おう、セラフィーナ様。会いにきたぞ。」


ところでイーリスよ、様付けで呼ぶ相手のわりには、随分と言葉遣いが悪いな。そのおかげか、相手の逆上を誘う。


「うるさい!あんたに気やすく話しかけられたくないわよ!だいたい、あんたねぇ……イェグ ヴェイト フバルス ミイフィーニ ヴァスト フィニーニ!?イェフティ アフ リキィフ ヴァル イェットゥ……」


あまりに興奮したためか、母国語で怒鳴り始めた。何を行っているのかわからないが、おそらくイーリスを批判し、王国が滅亡した後の自分の辛い境遇でも語っているのだろう。それを黙って聞くイーリス。


セラフィーナさんは30分ほど叫び続けた。が、言いたいことを全て言い切ったのか、それとも疲れてしまったのか、ゼェゼェと息を切らせてしまう。

そこでイーリスが涼しい顔で一言。


「そうか、セラフィーナ様も大変だったのだな。」

「な……なによ!大変なんてものじゃないわよ!私がどれだけ苦労したと思って……」

「私を始め、この王国で生き残っているイリジアス王国の元貴族令嬢達23人も、皆奴隷としてここに連れてこられた。苦労してきたのは、あなた様だけではないぞ。」

「何言ってんのよ!奴隷って言ったって、あんたは良識ある地球アース187の人間に買ってもらって、幸せに暮らしてきたんでしょう!!こっちはこの3年間、ずーっと孤独に死に物狂いで生きてきたのよ!王族だとバレたら殺される、そんな恐怖と隣り合わせの中、平民を装って、いろんな職業を転々として暮らしてきたわ!物乞いまでしたことがあるのよ!分かる、あんたにその苦労が!?」

「私の精霊は、最良の結果しかもたらさない。あなた様のそれは、あなた様にとって最良の結果をもたらすはずだ。」

「んなわけないでしょう!!王族だった私がこんな生き恥晒して生きて、最良なわけないじゃない!」

「そんなことはない。現に、他の王族は殺されてしまったというのに、あなた様は生き残ることができた。まずは、喜ぶべきではないか?」

「うるさいうるさいうるさーい!!バカじゃないの、あんたは!!」


うーん、全然歩み寄りを見せないぞ。ノーラさんの時のようにはいかないのか?


「だが、どうするつもりだ、セラフィーナ様よ。ここでいくら私を罵ろうとも、王国は元に戻らないし、あなた様はここを出られない。今、どんな仕事をしているかは分からないが、この一件で当然、クビになることだろう。この先、どうするつもりか!?」


イーリスのこの一言に、急に我に帰り黙り込んでしまった元王女。


「あわわ……そうだ、そうだよね……そりゃあ、殺人未遂を起こせば、クビになっちゃうわよね……どうしよう、せっかくいい仕事に巡り会えたのに……」


うーん、やっぱりこの元王女、バカだわ。そんなことを考えずに、衝動的にイーリスを殺そうと考えたのか?イーリスのことをバカ呼ばわりするわりにはこいつ、頭が悪い。本当に王族か?

聞けば、映画館に入るイーリスを見つけたセラフィーナさんは、映画が終わる前に近くの店でナイフを購入して、待ち構えていたようだ。そういえば、イーリスは銀色の髪に、真っ白な肌。この妖精のような姿ゆえに、目立ち過ぎる。


「安心しろ。あなた様の働き口のことは、なんとかする。このランドルフがな。」

「えっ!?ほんと!?」

「だが当然、条件がある。元イリジアス王国の貴族には、手を出さぬことだ。もはやここではセラフィーナ様といえども、一介の市民に過ぎない。そのことを、わきまえられよ。」

「うるさいわね!なんだってあんたにそこまで言われなきゃいけないのよ!」

「事実を言ったまでのこと。ならば一生、この檻の中で暮らすか?」

「うう……」


どうやら、散々叫んだ結果、セラフィーナさんも少し冷静になったようだ。

……いや、ちょっと待て。なんで僕がこの娘の仕事をどうにかせにゃならんのだ?どうしてそういう話になるのか。


「いや、イーリス、あのさ……」

「司令部に顔の効く大尉であるランドルフならば、セラフィーナ様の仕事くらいどうにか見つけられるだろう。後は任せたぞ。」

「はぁ!?」


だめだ、人の話を聞こうともしない。こうと決めたら譲らないのがイーリスだ。


「ということだ。しばらくここで、頭を冷やしておれ、セラフィーナ様。」


黙って頷くしかないセラフィーナさん。面会室を後にする。それにしてもだ。どうするんだよ、簡単に約束なんてしちゃって。

まあ明後日になったら聞いてみるけどさ、さすがに前科者では、司令部には入れてくれないんじゃないのか?


で、その帰り道には、またあの元「沼」の街に立ち寄って、大量のイカを買う。イーリスよ、余程気に入ったんだな、イカが。

で、うちでまたイカの臭いを漂わせながら、もしゃもしゃと食べるイーリス。以前はあれほど魚介類は嫌いだと言っていたイーリスが、このイカには珍しくはまっているな。

さて、そんなイカ臭い妻の言い出したことを履行するため、特別休暇の明けた翌々日に、僕は司令部に出向く。そこで艦長と会う。


「……なるほどな。で、その元王族を雇えないかと、そう言いたいのだな?」

「はい、そういうことです。」


しばらく考え込む艦長。ところがこの艦長は突然、こんなことを言い出す。


「ところでランドルフ大尉よ。」

「はっ!なんでしょうか!?」

「貴官に、伝えねばならない話があった。来週、貴官を少佐に昇進するとの旨、連絡があった。」

「は?昇進!?」

「そうだ。で、貴官には艦長をやってもらう。」

「いや、あの……どういうことですか?僕が、艦長?」

「いざという時に精霊が助けてくれる貴官のその特性を活かして、地球アース853防衛艦隊所属の駆逐艦艦長に任ずることになった。」


この突然の話に、正直、セラフィーナさんどころではなくなった。


「いや、艦長、しかし……」

「そういうわけだ、ランドルフ大尉。貴官にはある程度の人事権が与えられる。その娘も、貴官の新たな艦で雇えばいい。」

「……あの、僕は砲撃科です。艦の運用など、やったことがないんですけど……」

「大丈夫だ。3か月の研修期間がある。なんとかなるだろう。じゃあ、そういうことだから。」


と言って、この7767号艦の艦長は部屋を出て行った。


いやいや、ちょっと待て。自分の妻を殺そうとした相手の雇い先を相談したら、艦長にしてやるから自分で雇えって!?

二重の意味でびっくりだが……ちょっと待った。もう一つ、重要なことを言っていたぞ。

あの言葉通りなら、僕は地球アース853の艦隊に転籍ということになる。

イーリスのこともあるから、元々そうするつもりだったから文句はないものの、そういう大事な話を別の話のついでに言うか?


つい半年前に設立されたばかりの地球アース853防衛艦隊。艦艇数はまだ100。年内に1000隻まで揃える予定らしいが、駆逐艦はともかく、人材、特に艦長にすべき人材が足りないらしい。

で、いきなり艦長に仕立てられる人が続出しているとは聞いていたが、まさか自分がそうなるとは……

ちょっと、いや、かなり混乱中だ。なぜこういう時に、精霊は発動しないのか?僕の代わりに、体良く断って欲しい。それとも、僕が艦長になることが「最良」だというのか?


で、その後、司令部内でいろいろと調整した結果、セラフィーナさんを来週から民間籍のまま、僕の庶務係とすることになった。

佐官に上がってまもなく、いきなり事実上の秘書がついていいのか?と思ったが、艦隊設立直後には、意外とそういう事例は多いらしい。特にこの中世レベルの星では、よく行われてるそうだ。でもそれって、なんだか人事権の私物化のように感じるけど……


イーリスが殺されそうになり、気がついたら艦長などというとんでもない重責を担い、しかも妻を殺そうとした相手を庶務として雇うことになった僕。


まったく、この星は、どうかしてる。

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