第25話 研修

「ちょっっと!どういうことなの!!」


翌週になり、予定通り、僕は少佐に昇進した。と同時に、僕に庶務係がつくと聞いて、予想通り、カーリン中尉が文句を言いにやってきた。


「なによ!あんたやっぱり根っからの変態じゃないの!?イーリスちゃんという綺麗な奥さんがいながら、職場でも体良く自分専用の女を雇うだなんて!!」

「いや、そのイーリスが言い出したことなんだって。セラフィーナさんを雇ってくれって。それに彼女は、あんな事件を起こして行き場がないんだよ。だから、自分の裁量でできる限りのことをしたら、こうなっただけで……」

「とにかく!庶務と浮気なんてダメですからね!私が目を光らせてるから、覚悟なさい!」


なんだって僕はカーリン中尉にここまで信用がないのだろう?今までも、別に悪いことをしたわけではないのだが。

だが、こんなきついカーリン中尉でも、あのクマのような鍛冶屋の主人あるじの前では別人のように可愛くなっちゃうんだよな。まったく、信じられない。


「……で?僕に文句を言うために、わざわざ佐官室までやってきたのか?」

「いいえ、用事があってきたのよ。」

「用事?」

「挨拶よ、挨拶。けじめってものがあるでしょう?」


そういうとカーリン中尉は直立、敬礼する。


「ランドルフ艦長の指揮下に入ることになりました、カーリン中尉です!以後、よろしくお願いします!」

「……は?」

「担当は主計長!変態と不倫行為以外の、艦内の各種雑務は、なんなりとお申し付け下さい!」


皮肉なのか真面目なのか分からない挨拶をされる。いや、そんなことよりもだ。カーリン中尉が僕の艦に乗る?もうそんなことが決まっているのか?

というか、まだ自分の乗り込む駆逐艦すら決まっていないのに、なぜメンバーだけが決まっている?

もっとも、今の僕は艦長などと言われても、まるで実感がない。

艦が決まっていないのもあるが、それ以上に指揮官としての経験がない。だいたい僕は、砲撃長すらやったことがない。それが、いきなり艦長である。

100人もの部下を抱える、全長300メートルの艦の最高責任者。当然、急にやれと言われても、やれるわけがない。


というわけで、この日から3か月間の研修を受けることになった。

戦略、戦術、それにシミュレーターによる艦の運用訓練をこの短期間でみっちりやる。

で、その日はまさにその研修をみっちりやらされた。朝から戦略、戦術論の座学で、その日の復習テストをやらされる。合格するまで、部屋を出られない。まるで軍大学に戻ったようだ。


そして、その日の夕方。


僕の庶務係が、佐官室にやってきた。気高き元王族の第2王女、イリジアス王国唯一の王族の生き残りである、セラフィーナさんだ。


研修で疲れた僕のところに挨拶に来るというので、僕は佐官室で彼女が現れるのを待っていた。

ドアをノックする音がする。

来た。ついに王族が、あのイーリスを殺傷しようとした張本人が、現れる。


「失礼します!」


実に複雑な気分だ。正直いえば、彼女とは関わりたくはない。あれだけ警察署の留置所の面会室で、イーリスに罵詈雑言を吐いた人物だ。プライドが高く、鼻持ちならないやつに違いない。


「どうも~!セラフィーナでぇす!あなた様が私のご主人である、ランドルフ少佐でしょうか!?」


……なんだ、この妙に軽いノリの女は。だがこの人物、確かにあの時、面会室で会った人物だ。そして、僕が手首を抑えてイーリスへの襲撃を阻止した、まさにあの人物だった。


「ああ、そうだ!」

「やっぱり~!そういえば、2度ほどお会いいたしましたよねぇ!本日より、ランドルフ様の庶務係をやらせていただくことになりました!よろしくお願いいたします!」

「ああ……よろしく……」


今まで2度会っているのは確かだが、いずれもこんな和やかな雰囲気ではなかった。そんな事実など、まるでなかったかのように振る舞うセラフィーナさん。

ええと、確か彼女、元王族なんだよな?気高きイリジアス王国の王族唯一の生き残り、のはずだが……


「あれ?あんた、ランドルフ少佐の庶務係をするっていう人か?」


同室の別の佐官がセラフィーナさんを見て声をかける。すぐさま反応するセラフィーナさん。


「はい!そうで~す!一生懸命働きますので、どうかご贔屓に!」

「あはは、元気いいねぇ。こちらこそよろしく。」


……なんだ、このプライドのかけらもない娘は。本当に彼女は、王族なのか?

いや考えてみれば、王族であることを隠してこの3年ほど、しぶとく生きてきたのだよな。ということは、処世術として、なりふり構わず媚を売るように進化してきたのかもしれない。

そう思うと、なんだかかわいそうになってきたなぁ……王族として生きていれば、何不自由ない暮らしをしてきたセラフィーナさん。それがこの司令部内で、下っ端として再スタートすることになった。

もっとも、ここで彼女が事件を起こして留置所に放り込まれていたことは、僕を含めごく一部の人間しか知らない。他の佐官には、このまま黙っておこう。


「ランドルフ様!お疲れのご様子、お肩をお揉みいたしましょうか!?」

「いや、いいよ。」

「よくはありません!これから艦長としての重責を担われるお方!このセラフィーナめにお任せ下さい!」


といって、肩を揉み始めるセラフィーナさん。なんだこの元王女は?粘着系か?妙に媚を売ってくる。


「あーっ!早速、自身の庶務を私物化してますね、ランドルフ少佐殿!」


そこに現れたのは、カーリン中尉だ。


「あれ?あのお方は……」

「ああ、同じ艦に乗ることになっている、カーリン主計長だ。」

「ええーっ!?それはそれは、ぜひご挨拶せねば!あの、私、ランドルフ少佐殿の庶務係を仰せつかりました、セラフィーナです!よろしくお願いいたします!」

「えっ!?ええ……」


カーリン中尉の手を取り、目を輝かせながら挨拶をするセラフィーナさん。そんな積極的なセラフィーナさんにややドン引き気味なカーリン中尉。


「それにしても、女性で主計長などとは、さすがですねぇ!まさに女子おなごの鏡のような方です!」

「えっ!?いや、そんなことは……」

「ぜひぜひわたくしめにも、立派な女子おなごとしての心得をお聞かせください!」

「ええと、あの……もう!なんなのよ、この娘は!?」


あのカーリン中尉が押されている。もはやプライドなどかけらもない元王女。周りに気に入られようと必死なようだが、あまりに積極的なのは、かえってカーリン中尉を戸惑わせる。


「そういうわけだ、カーリン中尉。ぜひとも仲良くしてやってくれ。」

「えー……この娘と仲良くだなんて……」

「なんだ、僕をーの浮気を監視するとか言ってたじゃないか。いいのか?彼女との交流がなくても。」

「うう……」


どうやらカーリン中尉は、こういうタイプの同性が苦手らしい。

うん、これは面白い。この際だから、彼女の教育係もカーリン中尉に任せてしまおう。どのみち、同じ艦に乗ることになるのだ。この際は、慣れてもらうほかない。


とまあ、体良く元王族の相手をカーリン中尉に押し付けることができたものの、連日のように詰め込み教育は続く。

操艦、砲撃、陣形、通常運用……元々砲撃科だから、砲撃については問題ない。だが、それ以外のことはほとんど素人だ。こればかりは、実際に身体で覚えるほかない。

そのためのシミュレーターもあるが、VR 《バーチャルリアリティ》を使った一人用の訓練機で、まるでゲームをしているような感覚だ。この仮想空間には大勢の乗員が登場するが、すべて仮想の人物。その中で、僕はたった一人の人間。そんな無機質な仮想の艦橋で艦長だと言われても、違和感しかない。

訓練の愚痴をイーリスに話しても、駆逐艦の艦長になるのだから喜ばしいことではないかと、前向きにしかとらえてくれない。うーん、その艦長になることが、僕の悩みなんだけどなぁ。


セラフィーナさんの教育をカーリン中尉に押し付け、一方で僕も知識の詰め込みと寂しい訓練の日々は続く。


そして悪戦苦闘の末に、ついに3か月が経過した。

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