第26話 駆逐艦0256号艦
「ランドルフ艦長に、敬礼!」
航海科のエックハルト大尉の号令で、室内にザッという音が響く。僕の前には、多数の乗員が整列し敬礼する。僕も、返礼する。
「ぼ……私が
「はっ!」
この室内には、80人の乗員が集合している。半数以上はこの星の出身者で、家督を継げない騎士や貴族家の次男、それに平民出の乗員が多い。
航海士はプロのエックハルト大尉だが、砲撃科や機関科、それに主計科などはほとんどがこの星の出身者で固められている。大丈夫だろうか?
何よりも心配なのは、航空科、整備科が一人もいないことだ。まだ養成が間に合っていないようで、この2つの科を抜いた80人だけで、最初の航海に出ることになった。
「はぁ……」
部屋を出ながら、僕はため息をつく。
「何ため息ついてるんだ、艦長さんよ。」
エックハルト大尉が肩を叩いて、話しかけてくる。
「そりゃあ、ため息も出るよ。いきなり艦長だぞ?こんな気弱な僕が、なんだってこんな大役をやる羽目になったんだか……」
「そりゃお前、精霊のおかげだろう。精霊のおかげで、たった一度の会戦で7隻の船を沈められた。あの無敵の精霊がいる限り、この艦は沈むことはない。いやはや、いい船に配属されたものだ。」
いや、あの時撃沈した7隻の内、5隻は精霊だが、2隻は僕だぞ。それが全部、精霊のおかげってことになってしまった。完全無敵の精霊と張り合っても仕方がないのだが、ちょっと悔しい。
が、あの戦功のおかげで、僕は艦長になってしまったようなものだ。確かに、あの戦果は非常識すぎる。
そういえばエックハルト大尉も、
僕とエックハルト大尉は、司令部の外に出る。そして、宇宙港の軍専用ドックの一つに向かう。
そこには、駆逐艦0256号艦があった。全長320メートル。レーダーが強化された、少し長めの艦だ。
なぜレーダーが強化されているのか?それは、精霊が見つけた目標を、素早く乗員側でも感知できるようにという配慮からだ。さもないと、せっかく僕の中の精霊が見つけ出した目標を乗員が把握できず、対処が遅れるかもしれないと考えてのことだ。
当然、そんな配慮をしたのは、僕のことをよく知るバルパナス少将だ。ちなみにこの少将閣下も、この
少将閣下は、この数度の歴戦での武功により、セントバリ王国の国王陛下より男爵号を贈られた。で、あくまでも噂だが、どうやら3人の妻がいるらしい。そこまでどっぷりこの星にのめり込んでしまっては、もはやここに骨を埋めるしかないだろう。
などと考えながら駆逐艦0256号艦へと向かう。すると、一人の人物が現れた。
「ランドルフ艦長ですね。私は『リチャードソン航宙造船』のバイロンと申します。早速ですが、受領手続きをお願いいたします。」
造船会社の人だ。この馬鹿でかい駆逐艦の受け取りを求めてきた。僕はこの人物の差し出したパネルに、手を差し出す。
右手、左手をそれぞれ当てる。そして、パネルの上方につけられたカメラで網膜もスキャンする。僕の生体データが記録され、この駆逐艦0256号艦に転送される。
この瞬間、僕以外の人間には、この艦のロックを解除できなくなった。こうして僕は、この駆逐艦の
ふと、駆逐艦を見上げる。艦の先端側面に「853-1-0256」と書かれたこの馬鹿でかい駆逐艦。僕はとうとう、この艦の責任者になってしまったのか?高さと幅は75メートル、長さ320メートル、乗員80名のこの艦の最高責任者だ。ああ……えらいことだ。実物の駆逐艦を目の前にして、僕は艦長になったことを実感する。
入り口にあるハンドスキャナに手を当てる。ピッという音とともに、艦底部のハッチが開く。
「全員、乗艦!」
エックハルト大尉の掛け声とともに、全員が一斉に乗り込む。その中にはカーリン中尉と、セラフィーナさんの姿もある。カーリン中尉はすれ違いざまに、僕を睨みつけてくる。セラフィーナさんの指導を押し付けたことに抗議してのことだろう。相変わらず、反骨精神だけは旺盛だ。
全員の乗艦を確認し、僕も入り口の前に立つ。いよいよ、試験航海へ出発だ。
「おお!これがランドルフの城か!ついにランドルフも、一国一城の
……などとのたまいながら現れたのは、イーリスだ。
「いや、城じゃないよ。80人が乗り込む駆逐艦だ。」
「似たようなものではないか。この駆逐艦の
「まあ、そうだけど……」
「イリジアス王国の宮殿でもこれほど大きくはないぞ!戦のために作られた巨大な船、まさに城ではないか!さすがは、我が
と、喜ぶイーリス。呑気なものだ。僕の気も知らないで。
で、なぜイーリスがここにいるかといえば、この駆逐艦に乗るためだ。
今回の試験航海は1週間。戦闘に向かうわけではないので、家族同伴が可能だ。
というわけで、エックハルト大尉もパウラさんを連れてきている。
「あ、イーリス。」
「おお、パウラか。」
「やっぱり、イーリスも乗るんだね、この船に。」
「当たり前だろう。我が
「いいなぁ、エックハルト様もいつか、艦長になれるといいんだけど。」
「大丈夫だ。ランドルフですらなれたのだ。そなたの
イーリスよ、今かるーく僕のことをディスっていませんでしたか?一体この
パウラさんと共に中に乗り込み、荷物を置くため、居住エリアのある8階までエレベーターで昇る。
そこで、セラフィーナさんと出会う。
「これはこれは、ランドルフ艦長様!……って、よく見たらイーリスもいるじゃない!なんなのよ、あんたは!?」
「なんだと言われても、私はこの艦の艦長の妻であるぞ。」
「んなことは分かってるわよ!なんでここにいるのかと聞いてるのよ!」
「試験航海には、家族同伴が認められると聞いたからやってきたのだ、セラフィーナ様よ。」
様付けの相手とタメ口で話すイーリス。しかし、ここではイーリスの方が立場的には上だ。
「というわけだ。これから1週間、艦長共々、世話になるぞ、セラフィーナ様。」
「うう……よ、ようこそお越しくださいました、イーリス様……」
イーリスに頭を下げるセラフィーナさん。なんだかもう、立場がぐちゃぐちゃだな。
それを見ていたパウラさんは、イーリスに尋ねる。
「あのさイーリス、セラフィーナ様って、もしかして……」
「ああ、第2王女のセラフィーナ様だ。」
「ええ~っ!?お、王族じゃない!イリジアス王国の王女が生きていたの!?」
「そうだ。が、訳あって今はランドルフの
「な、なんで元王族が、あんたの主人の
「さあな。ともかくだ、そういうことだから、セラフィーナ様とは仲良くしつつ、こき使ってやろうではないか。」
「ええ~っ!?お、王族相手にそんなこと言って、いいの!?」
すぐそばにセラフィーナさんがいるというのに、イーリスは御構い無しでパウラさんに話している。いつも通り、図々しい。
「ところであんた、誰なのよ!」
「ええと、私はパウラ。イリジアス王国の元男爵令嬢で……」
「なによ!男爵令嬢風情が、この艦に何の用なの!?」
「私は、エックハルト様の妻なので……」
「ええ~っ!?エックハルト航海士様の奥様!?」
なんだか面白いことになってきた。まるで猿山のボス猿が入れ替わった瞬間に出くわしたような、そんな気分だ。
「うう……なんてこと。私ってばいつのまにか、男爵令嬢以下だったのね……」
「まあ、そんな細かいことは気にするな、セラフィーナ様よ。」
「そ、そうですよ、セラフィーナ様!ここじゃ貴族だ王族だなんて、関係ないですから!」
まあ、滅んでしまった王国の貴族だ王族だなどは、ここでは些末なことでしかない。だが、つい3年ほど前までは、特にパウラさんにとっては雲の上の存在だった王女が、今や僕の庶務係をしている。身分制度が染み付いている彼女らにとっては、この状況は到底受け入れがたい事態に違いない。イーリスを除く、だが。
部屋に荷物を置くと、イーリスにセラフィーナさん共々、艦橋へと向かう。パウラさんはそのまま部屋に残るが、イーリスは艦橋についてくると言って聞かない。堂々とした態度で振る舞うイーリスに、バツの悪そうなセラフィーナさんと共に、艦橋へと向かう。
そして、艦橋に入った。
ここにいる20人が、起立、敬礼する。
僕も、返礼する。
そして、僕は艦長席に座る。さあ、いよいよ出港だ。僕は、気合いを入れる。いよいよ、初の号令だ。僕は、深く息を吸う。
「皆の者!いよいよ船出だ!精霊の加護の、あらんことを!!」
「おおーっ!」
……あれ……イーリスが先に叫んじゃったぞ。その声に呼応して、艦橋内で一斉に歓声が上がる。
しまった。最初のいいところを、取られてしまったようだ。まあ、いいか。
「……ということだ。これより当艦は出港する!機関始動!繋留ロック、解除!」
「機関始動!繋留ロック、解除します!」
ウォーンという音を立てて、駆逐艦0256号艦が動き出す。機関がうなりをあげている。そして、船体を支えるロックが外れる音がする。
一瞬揺れるが、すぐに揺れが止まる。我が艦は接地したまま、浮上している。
「駆逐艦0256号艦、発進!両舷、微速上昇!」
「了解!機関出力、上昇!両舷、微速上昇!」
船体が浮き上がる。徐々に高度を上げる、我が艦。
「機関良好!レーダー、及び各種センサーに異常なし!」
「高度1400!順調に上昇中!」
特に不具合もなく、順調なようだ。艦は上昇を続ける。
みるみる高度は上がり、ついに規定高度4万メートルに達する。
僕がこの艦に乗って、初めてのエンジン全開だ。
「これより、大気圏離脱を行う!両舷前進いっぱい!」
「機関出力最大!両舷前進いっぱーい!」
いつものように、ゴォーッと音を立てて大気圏離脱を行う駆逐艦。
だが、この艦が大気圏離脱を行うのは、これが初めてとなる。
現在、この星系の
駆逐艦の砲身から胴体部分は、小惑星を原材料にしている。4、500メートル級の小惑星を長柱型に削り、中をくりぬいて砲身と機関室を作る。その後、外から居住区とシールドを取り付けて、駆逐艦が一隻出来上がる。
ほぼ無尽蔵にある小惑星を船体材料として作るため、極めて安上がりに作られた船だ。戦艦も同様に4000メートル以上の小惑星を使って作られ、民間船も1000メートル級の大型船以上は、小惑星を削って作られる。
で、今日は軍への引き渡しのために大気圏を突入し、セントバリ王国のこの王都宇宙港まで運ばれた。だから、これが初めての大気圏離脱となる。
艦橋内には轟音が響き渡る。床がビリビリと震える。イーリスやパウラさんはすでに何度か駆逐艦に乗船しているから、イーリスは大気圏離脱には慣れている。特に動じることなく、窓の外を眺めている。
が、よく考えたらここに、初めてのやつがいた。
「ひえぇぇ!なんですか、このやかましい音は!?」
セラフィーナさんだ。そういえば彼女、今日初めて宇宙に出るんだった。耳を抑えて、必死に耐えている。それを見て、イーリスが叫ぶ。
「この程度でうろたえるでない!元王族であろうが!」
「いや、普通うろたえるでしょう、こんなの!なんだってあんた、平気なのよ!?」
「そうだな、刃物を向けられて襲い掛かられることを思えば、この程度、たいしたことではない。」
そうイーリスが言った途端、黙り込んでしまうセラフィーナさん。艦長席の横で涼しい顔をして前を向いて立っているイーリスだが、やはりあの時のことはまだ、根に持っているようだ。
こうして無事に大気圏を離脱し、宇宙空間に出る。
「面舵、210《ふたひゃくじゅう》度!両舷前進半速!」
「両舷前進はんそーく!おーもかーじ!」
急に静かになった艦内で、セラフィーナさんは恐る恐る手を耳から離す。
そして彼女は窓の外を見る。そこには、
「うわ……なに、この青くて大きくて、綺麗な球体は……」
引き寄せられるように、窓のそばに走るセラフィーナさん。そこで、自身の
「あれが、我々の住む大地の姿だ。」
「ええっ!?大地!?でも、丸いわよ?」
「我々は無意識のうちに、この巨大な球の上で暮らしておったんだよ。ほれ、あそこがセントバリ王国のある大陸。その北にあるのが、元イリジアス王国だ。」
ちょうどこの駆逐艦0256号艦は、我々の住む大陸の横付近をスイングバイしていた。この宇宙から故郷の姿を眺めるセラフィーナさん。宇宙からとはいえ、故郷の姿を見て何を思うのか?通り過ぎる
そして月軌道を抜け、真っ暗な空間に出る。そこでイーリスは艦橋を出て部屋に向かっていった。
それから数分後にはラグランジュポイントに到達し、そこで他の艦艇と合流するため停船する。
我々はそこで1時間ほど待機する。各地から続々と集まる、我が
で、ちょうど合流を終え、300隻の艦隊は
そんな300隻の新米艦隊が、
僕の耳の奥からピーンという、あの音が響いた。
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