第21話 そして2年半目

 ……とまあ、そんな出来事が続いて、イーリスと出会ってすでに2年半が経っていた。

イーリスも22歳。僕は相変わらず砲撃手だが、階級は大尉になった。

 あの星間物質に隠れた艦隊との遭遇戦以降、精霊の発動はしばらくなかった。あれから2年近くの間、数度の艦隊戦を経験するが、なんとか精霊無しで乗り越えた。

 いつのまにか、僕を変態呼ばわりする噂もすっかり消えた。イーリスを砲撃訓練の際に駆逐艦7767号艦に連れて来ても、もはや陰口を叩く人はほとんどいない。

 さて、3日前のあの激しい艦隊戦が嘘のように、僕はイーリスと平和な夕食を共にする。イーリスのやつ、最近はワインにはまっているようで、やれセントバリ王国の南産ワインが美味いと言い出して、今もがぶがぶ飲んでいる。それにしても、相変わらずよく飲むなぁ。

 幸せな2人の夫婦の、そんな平和な夕食風景だ。

 しかし、つい3日前は、それどころではなかった。


 その日は、この3年で6度目となる、一個艦隊同士の艦隊戦が行われた日だ。

 この時は、本当に危なかった。危うく7767号艦の乗員全てが死ぬところだった。おかげで、約2年ぶりに「精霊」が発動した……


 それは、3日前のこと。敵艦隊が警戒ラインを超えたという報を受け、我々地球アース187遠征艦隊が例のブラックホール宙域に集結していた。

 この1年ほど、なりを潜めていた連盟艦隊だが、突如、攻勢に転じた。我々も守りを固めるため出撃する。


「敵艦隊まで、あと370万キロ! 接触まで、1時間半!」


 ちょうど3日前は、敵味方の一個艦隊、1万隻同士が、まさに両者の勢力の境界上で軍事衝突をするところであった。これまでに、連合と連盟の間で何度も行われてきたこの宙域での戦い。地球アース853発見以降では、6度目になる。

 ブラックホールというやつは、光の速度でも脱出できないほどの重力を持つ天体だ。そんな天体が作られるきっかけになったのは、元々ここにあった太陽の数百、数千倍もの質量を持った星。それが寿命を迎え、今から数百万年前に超新星爆発を起こした。その際に放出された膨大なエネルギーによって、周囲に無数のワームホール帯が作られた。

 同じように白色矮星や中性子星など、超新星爆発の果てに残された天体の周辺にも、ワームホール帯が多く存在する。だが、ブラックホールを形成するほどの大型の天体による超新星爆発のエネルギーは凄まじく、それゆえに、ここのワームホール帯の数は尋常ではない。

 このワームホール帯を利用して、数~数十光年を移動する「トンネル」として移動するのが、我々のワープ航法だ。だから、ワームホール帯が多いということは、それだけこの宇宙のあらゆる場所とつながっていることになる。

 それゆえ、このブラックホール宙域は、まさに「宇宙の交差点」と言うべき場所だ。

 このため、連合と連盟の両勢力によるこの宙域の主導権争いは、昔から続いている。

 地球アース853という星は、その紛争宙域からたった一回のワープで行ける場所に存在する、3年ちょっと前に連合側が発見した、このブラックホール宙域から最も近い地球アースだ。

 この星が連合側についたことで、この宙域のバランスが大きく崩れる。連盟軍は、最も近い星でも少なくとも3回のワープが必要だが、連合側は1回分だ。このため、これを機にこの宙域で支配勢力を広げたい連合と、それを阻止しようとする連盟という構造になる。この3年で、6回も戦闘が起きたのはそのためだ。

 あまり領域拡大にこだわらず、守勢を貫いてきた連合が珍しく支配勢力拡大なんてことを言い出すから、これまで以上に激しい争いの場になってしまった。

 実際、このブラックホール宙域の勢力範囲は、地球アース853発見以来、連合側が事実上大きく広げている。連合としては最終的に、連盟をこの宙域から追い出し、連合側で独占したいようだ。何という欲張りな戦略なのか。

 そんな欲張りな戦略のおかげで、我々地球アース187遠征艦隊はこの3年間、振り回され続けている。

 そして、今回もだ。


「距離、100万キロを切りました! 接触まで、あと25分!」


 敵艦隊が、我々の支配域に向けて進軍してくる。と言ってもここはかつて、連盟の支配領域だったところだ。このため、あっちも躍起になって取り戻しにやってくる。


「くるぞ! 総員、砲撃準備!」

「管制室より艦橋! セーフティロック解除、願います!」

『艦橋より管制室! 了解した、セーフティロック解除する!』


 敵はまだ80万キロ、射程距離である30万キロより倍以上離れているが、すでに戦いは始まっている。


「艦隊司令部とのデータリンク開始! 敵艦ナンバーを取得! レーダー画面および照準器に表示します!」


 何隻もの艦で撃ち合うため、どの味方艦がどの敵艦を狙うかを示さなければならない。そこで、レーダー上の敵艦それぞれに自動的に番号が割り振られ、区別される。その後、各小艦隊ごとに何番から何番までの敵を攻撃するのかが総司令部から割り振られ、小艦隊司令部では指揮下にある約300隻の艦一隻ごとに、最初に照準を合わせるべき敵艦ナンバーを知らされる。


「小艦隊司令部より、我が艦の目標指示あり! 目標は、ナンバー6658!ほぼ真正面です!」

「よし、ナンバー6658に照準!」


すでに距離は40万キロまで迫っていた。すでに操縦系は、艦橋にいる航海科から、こちらに移行されている。


「6658に照準固定! 敵艦まで、あと38万キロ!」

「最終チェック! 砲身、および砲撃管制レーダーに異常がないか、もう一度点検せよ!」

「砲身に異常なし! 各種レーダー最終チェック! 異常認められず!」


 間近に敵が迫る中、砲撃に向けての綿密な最終チェックが行われている。いよいよ敵が、射程圏内に入ろうとしていた。


「敵艦隊まであと31万キロ! 射程まで、あと2分!」


 僕は、主砲装填レバーに手をかける。その横のダイヤルの目盛りは1、つまり「通常砲撃」であることを示す。

 これまで、何度となく経験した戦闘前の緊張感。そしてついに、砲火を交える時が来た。


「距離30万キロ! 司令部より、砲撃戦開始の合図です!」

「主砲装填開始!」

「主砲装填、開始します!」


 僕は復唱後、装填レバーを思い切り引く。キィーンという音と共に、目の前のゲージが上がっていく。

 約9秒で、ゲージは目一杯になる。


「主砲装填完了!」

「目標6658! 撃ちーかた始め!」


 砲撃長が叫ぶ。僕は照準を見る。敵はちょうど我々の軸線上に滑り込んできている。まさに、絶妙なタイミングだ。

 そして僕は、引き金を引いた。

 ガガーンという、落雷に似た砲撃音が鳴り響く。照準器の中は、青白い光で見えなくなる。

 だが、第2射の準備を整える。敵が沈んでいようがいまいが、どうせ次を撃たなくてはならない。装填レバーを引く。

 だがその時、艦橋から連絡が来る。


『初弾命中! 敵艦6658、消滅!』


 なんと、いきなり初弾で敵を仕留めた。砲撃管制室内で、歓声が上がる。


「まだ戦いは始まったばかりだ! 浮かれるな! 目標変更、6657! 照準修正!」


 が、砲撃長のこの一喝で、再び静まり返る管制室内。

 第2射も敵艦に直撃する。が、バリアで弾き返される。第3射もバリアで弾かれたものの、敵艦をかすめていた。

 うーん、絶好調だ。いい感じによく当たる。僕の勘が冴えているな。

 だが、この当たり過ぎがあらぬ不幸を呼ぶ。

 艦橋から、悲壮な叫び声が飛んでくる。


『て、敵艦5隻、我が艦に向けてロックオン!』


 どうやら、命中率が高いこの艦に目をつけられたらしい。あちらは一気に我が艦を殲滅するため、5隻で狙い撃ちしてきた。


「5隻同時に斉射、来ます!」


 まずい、5隻同時だと、バリアで防げないかもしれない。なんてことだ、このままではやられる。


 と、そう思ったその時だ。


 実に2年ぶりに、耳の奥のあのピーンという音を僕は聞いた。

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