第20話 ノーラの妹

「……つまり、先回の艦隊戦、そして砲撃訓練の際の海賊発見、それに、今回の敵艦隊100隻の捕捉、これがその精霊とやらのおかげだと、艦長も砲撃長も、そして少将閣下までお認めになっておられる、というわけですか」

「そういうことだ。前回の海賊発見の際の行動を、そこにいるレーナ准尉も目撃している」

「しかし、まさか本当にそんな奇怪な現象を、階級の高い人ほど信じているなんて」

「この宇宙には、我々の常識を越える、神秘的な技を持っている人々が現実に存在している。重力子操作、予知を行う人物まで現れていると聞いている。我々の常識だけで判断するのは間違いだと、特に司令部に近いほどそう考えている者が多い。そしてランドルフ中尉のあの異常行動では、我が艦のあらゆるセンサー、多くの担当者でも捕捉できなかった情報を、いとも簡単に、しかも正確に捕捉している。それを目の当たりにすれば、いやでも信じるしかないだろう。ともかくこれは、我が司令部でも最高軍事機密に認定されていることだ。ただ、民間人の目前でも『発動』した事もあるから、どこまで機密が守れるかは不明だが、今のところ感づかれてはいまい。ともかくカーリン少尉も、このことを肝に命じておいて欲しい」

「はっ! 承知いたしました!」


 艦長が間に入って、ようやくカーリン少尉にも理解してもらえた。いやむしろ、事の重大さを認識したようだ。


「なんてこと……こんな変態男が、精霊のおかげで最高軍事機密扱いだなんて……」

「だけど精霊の話は、喋ったところで誰も信じないけどね。ついさっきのカーリン少尉のように」

「そりゃそうよ! こんな変態中尉が喋ったって、下手な言い訳をしてるようにしか聞こえないわよ!でも……」

「なんだ」

「……イーリスちゃんは、なんだってこんな男を、呪術の相手に選んだのかしら?」

「さあ、僕にも分からない。奴隷市場からこっちの街に連れてきて、服と食べ物を与えたら突然、僕にまじないをかけるって言い出したんだ」

「ふーん、要するに、金と力、そして食い物で釣ったんだ」

「僕もそう思ったけど、イーリス曰く、そんなものくらいでこの力は与えられないって言うんだ。主人あるじとして相応しい人間じゃないと、呪術は使いこなせない、と」

「ほんとそれ!?あんたみたいなのが、相応しい人間だっていうの!?どういう基準よ、それは」

「そんなこと言われてもね……僕には分からない。でも、もし相応しくない人間であれば、即座に自滅するらしいよ」

「ええーっ!? どういうこと!?」

「なんでも、イリジアス王国の国王は、まさに自滅の道を選んだと言うよ。悪政に反対し怒り狂う群衆の中に、国王自らが飛び込んでいったって……」

「なにそれ、怖い! じゃあ、あんたも変態過ぎて、もうすぐ消されちゃうんじゃないの!」

「だから!! 変態じゃないから、こうして精霊に守られてるんじゃないか! それにこの精霊の力がなかったら今頃この艦は……」

「そ、そうなのよね、聞けば一度、この艦は沈みかけたんだよね……でも信じられないわ、私が生きてるのは、この変態男のおかげだなんて」

「だから! 変態じゃあ……」

「奴隷買ってる時点で、変態でしょ! 下心丸出しじゃないの!」

「ま、まあ、それは否定はしないけどさ……でも、今思うと、どうして僕はあの時、あそこにいったのか、そしてイーリスを選んだのか……正直いうと、今でも不思議な巡り合わせを感じずにはいられないんだよ。単なる偶然とは思えない、必然的な出会いだったって……そう思うから、彼女に出会った時から、彼女のことをできる限り大事にしようって決めた。たとえ僕が変態と言われようが、それが僕の唯一の信念だ」

「そう……あんた、そこまで考えてたのね……」


 こんなことを言おうものなら、さらに激しく罵るはずのカーリン少尉は、それ以来、罵ることは減った。。


 どうやら、ようやく僕を変態呼ばわりする元凶を、黙らせることができたみたいだ。これで、カーリン少尉も少し、落ち着いてくれるといいんだけど……

 という願いは虚しく、その日のうちに別の男性士官を罵っているカーリン少尉を目にする。


「なによ! あんたが最初だったの!?」


 僕を罵らなくなってきたから、別の人物を罵っているようだ。にしても、エックハルト中尉やハーロルト中尉ではなく、別の人物を罵っている。

 怒鳴られているのはヴィルマー大尉だ。機関科所属で、歳は29歳。それにしてもカーリン少尉、相変わらず歳上の上官に対しても容赦ないな。


「いや……別に黙っていたわけではないんだよ……ただ、敢えて言うほどのことでもないし」

「なによ、変態第1号はてっきりランドルフ中尉かと思っていたのに、ヴィルマー大尉の方が先だったなんて!」


 ちょっとまて、今の文脈をたどると、もしかして、僕より前にあの市場に行った人物なのか? でも、エックハルト中尉だって僕よりも先だ。エックハルトと比べたら、どうなんだろうか?


「ちょ、ちょっといいですか、ヴィルマー大尉。もしかしてカーリン少尉が今怒ってる件って……」


 ヴィルマー大尉とはあまり接点はないというものの、時々打ち合わせで話すこともある人物だ。全く面識がないわけではない。


「ああ、実は……貴官と同じだよ。僕もあの奴隷市場に、行ったんだよ」

「それって、いつの話です?」

「ええと、もうかれこれ、半年になるかな」

「ええーっ!?この宇宙港への駐留が始まったばかりの頃じゃないですか!?」


 ああ、間違いない。この人は少なくとも、我が艦で奴隷購入者の第1号だ。紛れもなく、エックハルト中尉よりも早い。


「ちょっとあんた! 何しゃしゃり出てくるのよ! また変態呼ばわりされたいわけ!?」

「いや、奴隷市場で買ったということは、その元奴隷さんはイリジアス王国出身の元貴族かもしれないんだ。それなら僕も、把握しておかないと」

「イリジアス王国の貴族? なにそれ?」

「……あれ、カーリン少尉って、イーリスやパウラさん、それにライナさんにノーラさんが、イリジアス王国の元貴族だってこと、知らないの?」

「知らないわよ、そんな話、初めて聞いたわ」


 ええーっ! そんなことも知らずに、ひたすら僕らを罵っていたわけ? まあ、知っていたところで、追及の手は緩めないだろうけど、元奴隷達の出自について、彼女はほとんど無関心だったんだな。


 てっきり、前の砲撃訓練の7日間の時に、女子会でそういう話をしているのかと思ってたのだが、全然そういう話題は出なかったのだろうか? まあ、自分が元貴族でした、なんて話、辛過ぎて普通はするわけないか。


「で、ヴィルマー大尉殿のところの奴隷も、北方出身の元貴族って言われませんでした?」

「ああ、言われたよ。すごく白い肌で、確かに北方の国出身といういでたちだったな。」

「ええーっ!? な、なんて名前なんですか?」

「マレーナというんだ。可愛い妻だよ。赤い毛をしていてね」


 赤い毛? ノーラさんと同じだな。


「でも、まだ若いんだ。彼女を連れてきた時は、ギリギリこっちの街で結婚可能な年齢だったから、入籍するのが一苦労だったよ。年齢証明のために遺伝子検査をさせられたりして、3時間もかかっちゃって……」

「若いって一体、マレーナさんって何歳なんですか?」

「ああ、つい先日、19歳になったばかりだ」


 うわ、確かに若いな。といっても、うちのイーリスとは1つ違いか。

 でも、ここに来た時にはまだ18歳なんだ。こっちの基準では、まだ成人前。保護者の同意なしで結婚可能なの年齢は、満18歳以上とされている。確かにギリギリだったな。


「で、大尉殿はどうしてそんなところに行ったんですか?」

「お前に言われたくないよ。まあ、理由は似たようなものだ。日頃の鬱憤、そういうもののはけ口を求めて、ついふらっと……」

「なによもう! どうして男ってこうなのかしら!? 最低男! 変態! 女の敵!」


 カーリン少尉はここぞとばかりに罵る。僕は彼女を制止する。


「ま、まあ、カーリン少尉は少し黙ってて。でも、あそこに奴隷市場があるなんて話、よく知ってましたね」

「私が初めてではないからな。他の艦の乗員がその店に行った話をたまたま聞いたんだよ。確か7766号艦の人だったかな。とにかく、そこで目に止まった彼女を買ったのは事実だ」


 ただその直後、僕と同様にマレーナさんを逃がしてあげようとしたそうだが、イリジアス王国出身者ゆえに自由にされたところで行き場がない。そこで事務所で入籍手続きを済ませ、自分の妻にしてなんとか彼女の居住資格を得ることができた。この辺りまでは、他の人と同じ筋道だ。


 もちろん、最初は怖がっていたらしいが、ここの街の文化や大尉の人柄に触れて、今ではすっかりヴィルマー大尉にべったりな奥さんだという。


「まったく、どうして奴隷を買った人って、みんなハッピーエンドなのよ! あんたが勝手に幸せだって思ってるだけで、本当はそのマレーナって元奴隷は、泣いているんじゃないの!?」

「いや、そんなことないよ。毎日、私が帰ってくると、抱きついて喜ぶんだよ。もう可愛くて可愛くてね……」


 まあ、あの奴隷市場での生活から彼女を解放してあげたという点では、彼は善人とも言える。もっとも、僕は二度と行きたいとは思わないけどな、あそこには。


 というわけで、帰って早々、イーリスにそのマレーナさんの話をする。


「そうか。じゃあ、そのマレーナという娘に、会いに行かねばならんな」


 イーリスのやつ、イリジアス王国出身と聞くと、会いに行くことが義務だと思いはじめているようだ。なんて義理堅いのか。

 だが、先日のノーラさんの一件もある。いきなりイーリスを刺し殺しにかかるかも知れない。一応、僕も付き添った方がいい。帰ったその日の夜のうちにまじないをかけてもらい、翌日に会いに行くことになった。


 もちろん、イーリス1人ではない。パウラさん、ライナさん、ノーラさん、そして、彼女らの夫であるエックハルト中尉、ハーロルト中尉、そしてツェーザル少佐までついてくる。そこに、どういうわけかカーリン少尉、レーナ准尉とフランツ曹長までついてきた。

 最後の3人は、なんで付いてくるかな……3DKの部屋にこれだけ押しかけても、困るだろう。


「やあ、お待たせ……って、どうしてこんな大勢で来るの!? さすがにこんなに大勢、この部屋には入れないよ!」


 さすがのヴィルマー大尉もびっくりだ。すると、奥から人の声がする。


「どうされたのです、ヴィルマー様」

「ああ、実はうちの艦にも、お前と同郷の人を妻にしている人がいるって聞いてね、それで来てもらったんだ」


 奥からやや小柄の、赤毛の人物が出てきた。ああ、あれがマレーナさんというのか。それにしても、ここも「様付け」だ。我が7767号艦のうち、イーリス以外の元奴隷は、みんな主人あるじの名を「様付け」で呼ばせていることになる。


「ああ、こちらがイーリス。そして、手前の3人はパウラさん、ライナさん、そしてノーラさんで……」


 ノーラさんの名前を聞いたマレーナさんは、いきなり玄関の外に飛び出してきた。


「シ……シストゥル ノーラ!?」

「キ……キャンスキィ、マレーナ!?」


 なんだ? 何が始まった? もしかして、知り合い同士か? その会話を聞いたイーリスが、2人に向かって叫ぶ。


「なんだ、そなたら、姉妹だったのか?」

「そうだよ……1年以上前に生き別れた、妹のマレーナだよ!」

「ええーっ!? なんだって!? ノーラの妹さん!?」


 これには、ノーラの主人あるじであるツェーザル少佐も驚いていた。


「あの……何が起こったんだ?」


 状況が飲み込めないヴィルマー大尉が、僕に尋ねる。


「ええと、ツェーザル少佐の奥さんであるノーラさんの生き別れた妹さんが、たった今見つかったってことみたいですけど……」

「なんだって!? マレーナって、ツェーサル少佐殿の奥さんの、妹だったのか!?」


 あまりの偶然に、みんな驚愕している。2人は涙を流しながら、再会を喜び、抱き合っている。5人目のイリジアス王国の元貴族は、なんとノーラさんの生き別れた妹だったのだ。

 というか、この中で最も早く、奴隷生活を逃れていたマレーナさん。そのせいか、とても体格がいい。というか、随分とぽっちゃりしているな。


「それにしてもマレーナよ、お前、こんなに太っていたか?」


 ノーラさんが尋ねる。するとマレーナさん、もじもじし始める。


「あのノーラお姉様、実は私……」

「どうした?」

「……身籠っているんですよ……ヴィルマー様のお子を。」

「ええーっ!? 19歳なのに、もう子供作っちゃったの!?」


 顔を赤くして話すマレーナさん。それを聞いて絶叫するカーリン少尉。そして、唖然とする一同。


「いやあ、あと3か月ほどで、女の子が生まれる予定でね」

「な、なんですか! まだ成人前の女性になんてことを……」


 カーリン少尉が、怒りを通り越して呆れている。しかし、マレーナさんは頬を真っ赤にしてヴィルマー大尉の腕に抱きついている。さすがのカーリン少尉も、それ以上は罵れない。


「うわぁ……10代の奴隷に、自分の子供を身ごもらせるとは……鬼畜ですねぇ、大尉殿は」

「本当ですね……鬼畜過ぎです、大尉殿。一体ここで何をしていらしたんですか? そこんとこ、ぜひ詳しく聞かせてください!」

「な、なんだ、お前らは!? い、今は奴隷じゃないから! 妻なんだから!」


 代わりに、レーナ准尉とフランツ曹長がヴィルマー大尉を追求する。いや、こいつらは単に自身の欲望にを満たすために聞いているだけだろうが。


「おい、マレーナよ」

「はい、お姉様」

「……いつの間にか、私などよりも一人前になっていたのだな、お前は」

「そんなことないですよ! 私など、まだまだお姉様には敵いません!」

「そんなことはないぞ。でも、ここにいることが分かっただけでも嬉しい……ヴィ、ヴィンサラガスト コンドェ アフツァ…… 《また、会いに来てもいいか》?」

「イェグ ムゥン ウィルグレガ コーマ……《はい、もちろんです》」


 母国語で別れを告げる2人。それにしても、思わぬ姉妹の再会劇に立ち会うことになったな。


「あーあ……なによ、あれじゃまるで、私が追求したのが馬鹿みたいじゃない……非合法な奴隷を買うような男が、どうしてこう1人残らず幸せなのよ!」


 ヴィルマー大尉の夫婦の幸せぶりに納得がいかず、やり場のない憤りをアパートのエレベーターの扉にぶつけるカーリン少尉。


「あのさ、物に当たっちゃダメだって、少尉。下手をすれば、始末書ものに……」

「うるさいわね、謹慎男! あんたに言われたくないわよ!」


 ああ、やっぱり罵るんだ。もう少尉の性格だな、これは。申し訳ないが、この調子で彼女、誰かと一緒になることができるんだろうか?

 だが、そんなカーリン少尉に向かって、イーリスは言う。


「国王陛下は死んだ。イリジアス王国は滅んだ。元貴族には一時は不幸もあったが、その結果手に入れた幸せだ。何も怒ることなどなかろう」

「そうかしら? でもイーリスちゃん、私にはこういうの、なんだか間違っている気がしてならないのよ……」


 まあ、カーリン少尉の言いたいことも、分からないことはない。人が人を買う理不尽な店によって、誰かが幸福になったなど、我々の常識では認められるものではない。


 だが、この星ではまだ綺麗事だけが、物事の解決に繋がるとは限らないということだろう。僕らの文化での常識がまだ浸透していないこの星で、カーリン少尉のような正義感を振りかざしたところで、救われない人々がいるのだ。

 皮肉なことだが、裏を返せば非常識な行動に出た我々のような存在がいたから、救われた人々が出た。今日の出来事は、まさにそれだ。


 もっとも、奴隷市場自体は必ずしも幸福をもたらす存在ではない。カーリン少尉の思う通り、欲望のために存在するような、そんな店であることは否定しない。ここにいる彼女らは、たまたま運が良かっただけだ。いいタイミングで地球アース187の人々が現れたこと、その人達と出会えたこと。残念ながら、そうでないイリジアス王国の元貴族令嬢だって、何人か存在しているはずだ。

 だから、この先もずっとこれでは困る。この星の人権に対する常識が、早く変わってくれることを切に願う他ない。

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