第19話 闇の艦隊

 さて、3日間のパトロールが終わり、ブラックホール宙域からの帰路につくことになった。

 敵影はなし。ただ、連盟側の領域に、あちら側の300隻単位の艦隊がパトロール任務についていることが、哨戒艦からの報告で分かっている。

 ただし、こちらへ接近する気配は無い。いつも通り、自勢力の中を巡回しているだけのようだ。

 お願いだからそのまま、こっちに来ないで欲しい。また帰還までの日数が伸びる。1日も早く、留守をして待っているイーリスに会いたい。


「ハーロルト中尉殿、帰還したら是非、僕らをライナさんに会わせて下さい! お願いします!」

「お願いします!」

「ええ~っ!? なんで2人が、ライナのことを!?」

「いえ、とても異常な性へ……いや、綺麗なお方だと聞いたので、会ってみたいんです!」

「いや、彼女、かなり人見知りだよ? 初対面だとすぐに隠れちゃうけど、いいの?」

「その隠れる先に興味が……」

「へ?」

「い、いえ、なんでもありません!」


 フランツ曹長とレーナ准尉という、危険妄想系カップルに詰め寄られて、すっかり怖じ気ついているハーロルト中尉。

 そんなハーロルト中尉も、つい2日前にはカーリン少尉からコテンパンにされていた。ど変態、悪趣味、女の敵、非人間……僕も一通り、浴びせられたなぁ、この言葉。これも一種のパワハラではないだろうか?


 そういえばイリジアス王国の元貴族令嬢4人組は、今日も出かけているのだろうか?

 イーリスのやつ、パウラさんにライナさん、そしてノーラさんまで誘って、僕が宇宙滞在中の間、ショッピングモールに毎日通うといっていた。今度は何としても、ライナさんを映画館デビューさせるんだそうだ。


 イーリスがしつこく関わったおかげで、まるでもやしのようだったライナさんは、近頃は太陽の下を歩くことに抵抗がなくなりつつあるという。だが、相変わらずハーロルト中尉に、檻を買ってくれとせがんでいるらしい。引きこもり癖自体は、なかなか治らないようだ。


 にしてもだ、刃先を向けられた相手まで誘って出かけようというイーリスの度量の大きさには恐れ入る。あれ以来、ノーラさんは特にイーリスに敵意をぶつけることはないようだ。4人の中でも、明るく振舞っているという。特に、パウラさんと気が合うといっていた。

 でも、不安だなぁ……いや、ノーラさんよりも、イーリスの食べ歩きの方がはるかに心配だ。なんだか、あまり栄養バランスを考えて食べているとは言い難い。思いついたものを好きなだけ食う。ほんと、イーリスが1人の時の食生活ほど不安なものはない。


 さて、今日は3日目だ。そろそろ帰還命令が出て、別の小艦隊と交代することになるはずだ。その時を、今か今かと待っている。


「はぁ、待ち遠しいなぁ……」

「なんだ、ランドルフ中尉。そんなに奥さんに会いたいのか?」

「そりゃそうですよ。ここにいる女性陣とは違って、僕を癒してくれますからね」

「なによ! 中尉殿はただ単に、変態行為がしたいだけじゃないの! 私達を一緒にしないで!」


 カーリン少尉が反論してくるが、僕も最近、彼女らに皮肉を返すようになってきた。あれだけ言いたい放題なんだから、こっちも多少言い返しても文句あるまい。

 そんな調子で食事を済ませ、部屋に帰る途中のことだ。

 僕がずっと、願って止まなかった、帰還命令が出たのだ。


『達する。小艦隊司令部より連絡があった。これより当小艦隊は現宙域での巡回を終了し、地球アース853に帰投する。以上だ』


 艦長の声で、帰還命令が出たことを知らせる艦内放送が流れる。やった、やっと帰れるぞ。

 嬉しくなって、軽い足取りで部屋に向かう。このまま、何も起きませんように……


 もしかして、そう思ったのがまずかったのだろうか。


 この何事もないこんな時に突然、あれが発動した。

 僕の耳の奥に、ピーンという音が鳴り響く。と同時に、あの幽体離脱のような状態になってしまった。

 いや、待って、こんな時に一体何を見つけちゃったの!?

 僕は、僕を見る。すると僕は、すたすたと通路を歩き始める。

 そこにカーリン少尉が現れる。さっき皮肉を言われた腹いせだろうか、腕を組みながら僕を睨みつけて言う。


「よかったわね、ランドルフ中尉。あと1日我慢すれば、やっと奥様といちゃいちゃできて……って、人の話、聞いてるの!?」


 カーリン少尉など、全く眼中にない僕は、彼女を無視してそのまま通路を歩く。怒るカーリン少尉も後ろからついてくる。ごめんね、カーリン少尉。今ちょっと、僕が僕でなくなってるんだ、あとで謝るから。


 それにしても僕は一体、どこへ向かうのだろうか?僕の意識は、後を追いかけるカーリン少尉の、そのすぐ後ろあたりにいる。

 そして、各階に設置されている内線電話機を見つけ、手にとる。


 どうやら僕は、艦橋に繋ごうとしているらしい。カーリン少尉が追いついてきたが、いつもと違う僕を見て、声をかけるのをためらっている。それほどまでに異様な雰囲気を、あの僕は出している。自分でもわかる。

 そんな僕は、電話で話し始める。


「ランドルフ中尉です。艦長へ繋いで下さい」


 いきなり、艦長に繋ぐ僕、というか、精霊。やつめ、艦長に一体、何を話すつもりだ?


『艦長だ。どうした、ランドルフ中尉』

「当艦の2時方向、距離120万キロに、連盟艦隊100隻がいます」

『……何を言っている。レーダーには何も映っていないぞ』

「電波干渉する特殊な物質が存在し、目隠しになっています。間違いなくそこに、敵がいます」

『今のお前……ランドルフ中尉ではないな。精霊というやつか?』

「……指向性レーダーを使えば、発見できるはずです。意見具申は、以上です」

『……分かった。そうしよう』


 その場で電話を切る僕。その様子を、ただ呆然と眺めるカーリン少尉。その瞬間に、僕は僕に戻る。


「……はっ! なんてことだ! 艦長にとんでもない電話をしてしまったぞ!」


 急に慌てる僕を見て、カーリン少尉が声をかける。


「何言ってんの! 自分でやったことに、何いまさら驚いてるのよ!?」

「いやあ、電話したのは僕であって、僕じゃないんだって!」

「はあ!? 何わけわかんないこと言ってるの! もしかして、帰還命令で浮かれすぎておかしくなったんじゃないの!?」

「と、とにかく、あとで説明するから! もうすぐ間違いなく、戦闘態勢に入るはずだ!砲撃管制室へ行かなきゃ!」

「ちょ、ちょっと、どう言うこと!?」

「今の会話、聞いてたでしょう! 敵がいるんだって!」

「なんであんたに分かるのよ、そんなことが!?」

「分かんないけど、分かるんだよ!」


 カーリン少尉は、僕のあまりの変わりように驚いている。そして僕の言った通り、直後に戦闘態勢への移行を促す警報が鳴り出した。


『達する! 連盟軍と思わしき艦影を発見! 距離、120万キロ! 艦数、およそ100!』


 どうやら、指向性レーダーが何かを捉えたようだ。本当にいたんだ。すごいな、精霊の索敵能力は。


『総員、直ちに戦闘配備! 持ち場につけ、急げ!』


 艦内放送が、緊迫感を煽る。僕は走る。そして、砲撃管制室に飛び込む。

 警報が鳴る前から事態を把握していた僕は、一番に飛び込んだ。続いてゲラルト中尉が来る。そしてレーダー担当のクヌート中尉が入ってきた。遅れて、バリア担当のカールハインツ大尉に、砲撃長のレオンホルト少佐が席に着く。


「いきなりだな。120万キロとは、至近じゃないか。そんな距離にいる100隻もの敵艦隊が、どうして見つからなかったんだ!?」


 砲撃長の問いに、レーダー担当のクヌート中尉が応える。


「あそこには、濃い星間物質があるんです。それがレーダー波と干渉して、その先が見えなかったんですよ」

「闇の物質に紛れていたのか……だがそんな艦隊を、どうやって見つけたんだ?」


 と言いながら、砲撃長は続ける。


「……いや、聞くまでもないか。ランドルフ中尉、お前の仕業だろう」

「は、はい。またしても異常行動を……しかも今回のは、カーリン少尉にも見られてしまいました」

「まあいい、あとでゆっくり説明しておけ。ともかく、戦闘態勢だ! 敵を追い詰めるぞ!」


 我が小艦隊300隻はすでに2時方向に転進していた。全速で敵艦隊の潜む場所へと急行する。


『光学探知! 艦影視認! 艦色識別、赤褐色! 間違いありません、あれは連盟艦隊です!』

『司令部より入電! 全艦、横陣形にて接近し、これを迎撃せよ! 以上です!』


 距離はもう、35万キロまで接近していた。敵も3倍の艦隊が急速旋回、接近したことに気づき、大慌てで動き出す。


 だが、この距離で背中を向けて逃げるのはもう不可能だ。かえってやられる。敵は攻撃態勢を整えつつ、砲撃しながら後退する。そうするより他にない。現代戦の基本戦術だ。

だが、まさか星間物質に隠れ、簡単に見つかるとは思っていなかったようで、なかなか陣形が整わない。あちらは相当慌てているようだ。僕の覗くレーダーサイトからもそれがよく分かる。

 そうこうしているうちに、とうとう敵を射程圏内に捉える。


『操縦系を管制室に移行、砲撃戦用意!』

「レーダーの効きが悪い宙域だ。光学探知にての砲撃が主となる。砲撃戦用意!」

『司令部より合図! 砲撃開始!』

『主砲装填、撃ちーかた始め。』

「主砲、通常砲撃装填、撃ちーかた始め!」


 ついに司令部が、そして艦長から、砲撃開始の合図がくる。装填レバーを引き、キィーンという充填音が9秒続いたのちに、僕は画面を覗き込む。


 敵の駆逐艦が見える。捉えたのは、まだ回頭中の艦だった。ほぼ横向きでは回避運動もできない、バリアも効かない。狙えば、確実に沈められる。

 だが、敵とはいえ、この戦果は100人の乗員の生命と引き換えだ。奥さんや子供もいる人も、もちろんいるはずだ。今撃てば、そんな彼らを悲哀と怒りに追い込むことになる。


 だが僕は、それを承知で引き金を引いた。


 ガガーンという、落雷音のような砲撃音が響き渡る。直後に、艦橋から連絡が入る。


『敵艦、ナンバー54、消滅! 目標変更、ナンバー57!』

「目標を、ナンバー57に変更! 主砲装填開始!」


 あっという間に、その100人の命は消滅する。だが、艦橋からはドライな指示が伝えられる。再び装填レバーを引き、キーンという音が響き渡る。僕は照準器を覗く。

 今度の目標は回頭を終え、攻撃態勢に入った敵艦だ。だが、回避運動が始まっていない。まだ配置につけていないのではないか?

僕らはよほど敵の意表をついたらしい。それもそうだろう。星間物質に紛れている上に、電波管制を敷いていた。だから、レーダーを使っていなかった。そもそも敵も、レーダーの使えない場所にいた。このため、こちらの接近に気付いたのは、我々が射程内に捉える直前だったようだ。

 このため、敵は砲撃すらもまだ始まっていない。一方でこちらはすでに3発目を撃っている。


 そして僕は、引き金を引く。


 このナンバー57も、撃沈してしまう。たった3発で、いきなり2隻を沈めてしまった。こんな艦隊戦、未だかつて経験がない。

 敵が反撃をしつつ後退し始めた頃には、すでに100隻中20隻以上が沈んだ後だった。全力で後退する敵艦隊。攻勢をかける我が艦隊。

 とりあえず、逃亡する敵に対しては、30分は追撃戦をすることになっている。だが、元々我々は敵の3倍の兵力、おまけに初弾で、5分の1を沈めている。

 全力で打ち返す敵艦隊だが、もはや勝負にならない。あちらはかわいそうなくらい、追い詰められている。

 一方で、こちらは楽勝すぎる。目標を探すのが大変なほどだ。


「続いてナンバー43……は、もう沈んだのか。ではその隣のナンバー42!」

「その艦は、データリンクによってすでに5隻が狙いを定めている艦で……」

「ダメだな、すでに多過ぎだ。もっと狙いの少ない敵艦のナンバーを知らせよ!」

「はっ! 待機を!」


 相手の数が少な過ぎて、撃つべき相手を見つけるのが大変という状況だ。相手は間違いなく修羅場なのだろうが、こちらは全く逆だ。

 だがそもそも、あんな場所に潜んでいたのが悪い。おそらく、パトロールの間隙を縫って地球アース853への侵入を試みようとするから、こういうことになる。


 いや、こちらはあの艦隊を危うく見逃すところだった。ひとつ間違えれば、地球アース853への侵入を許すところだったのだ。それは、とんでもない危機だ。だからこそ、精霊が発動したのだろう。

 しかし精霊のやつ、120万キロも先の目標を、しかも電波も届かないところの危険を察知した。どういう索敵方法をとっているのか?


 こうして30分の間、砲撃は続いた。で、予め決められたルールに則り、30分で追撃戦をやめる。


 敵に情けをかけるというより、深追いして逆に罠にはまる場合があるから作られたルール。しかし、今回ばかりは罠はなさそうだ。

そんな罠があれば、精霊が見破っていたはずだ。


 戦闘結果は、こちらの被害は1隻、敵は34隻に及ぶ。3分の1の敵を沈めてしまった。遭遇戦としては、かなりの大勝利だ。

 私は艦橋に呼ばれる。現れた僕に、艦長が握手をして讃えてくれた。変態呼ばわりされている僕だが、こういう時ばかりは皆の感謝を受ける。

 もっとも、その事情を知らない人物への説明責任が、残ってしまったが。


「はあ!? 精霊!? 何言ってんのよ、バカじゃないの!?」

「いやでも、あの時の僕は、全然僕らしくなかったでしょう?」

「まあ、そうだけど……単に頭がおかしくなっただけとも言えるわ」

「だから、艦長も少将閣下も含めてご存知のことで……」

「で、その精霊ってやつは、どこから手に入れてくるのよ?」

「いや、それが、呪術師シャーマンであるイーリスから受け取るんだ」

「受け取る? イーリスちゃんから? なによそれ、なんだかイヤらしいわね。」

「前回の訓練の際に海賊を拿捕した直後、艦橋で僕とイーリスがキスしたって噂があるでしょう。あれがいわゆるまじないというやつで……」

「はあ!? あんた、彼女にそんなことさせていたの!? それを精霊だとかなんとか、うまいこと言って誤魔化すなんて……最低ね! やっぱり女の敵だわ!」


 ああ、僕の言葉では、カーリン少尉には説明できないな。どうすりゃいいんだろう?


 しかも、あの艦隊戦のおかげでまた帰りが1日伸びた。軍にとっては大変な戦果だったが、僕にとってはその後の処理と帰りが1日伸びたことの方が辛い。

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