第18話 元秘書の恋

 あのノーラさんとの面会から数日後。


 再びあのブラックホール宙域に向けて、我が小隊は4日間のパトロール任務に就く。今度こそ、何事もなく終わって欲しい。

 そんな任務開始早々、レーナ准尉の様子がおかしい。

 いや、元々おかしいが、おかしさがいつもと違う、と表現すればいいのか?


「はぁ~……」


 食堂に着くなり、ため息ばかりついている。元気、というより、ストーカー魂丸出しのあのゴキブリ並みのしぶとさが、今日はまるで感じられない。


「どうしたの、レーナちゃん。まさか、恋の悩み!?」


 カーリン少尉が嬉しそうに尋ねる。いや、まさかこんな変態が……


「ちょっと、この変態中尉! か弱い乙女に近寄らないでよ! 変態がうつるでしょう!」


 僕がすぐそばの席に座ると、まるで病原体のように忌み嫌うカーリン少尉。だが、彼女の変態ぶりに比べたら、僕なんてどノーマルだ。むしろ、こっちの方が伝染する恐れがある。カーリン少尉もその辺りはすでに知ってるはずだが……


「いや、ここは是非、ランドルフ中尉のご意見を伺いたいです!」


 レーナ准尉が突然、そんなことを言い出す。やっぱり、どこかおかしい。彼女が僕に、助言を求めるなんて。


「なんだ、意見って」

「『変態』に見られるって、どういう気分なのですか!?」


 なんだ、そういう助言か……にしても、ストレートで、しかも一番嫌な意見を求められたものだ。ちょっとムッとしながらも、僕は応える。


「そりゃあもう、後ろめたいのなんのって……少なくとも、異性からは一生理解されることはないだろうなって言う、それくらいの重圧感はあるな」

「なーんだ、中尉殿でも、それくらいの意識はあったんですか」

「当たり前だろ。別に悪いことはしてないっていうのに……なんだってみんなは僕のことをコソコソと変態呼ばわりするのか……」

「奴隷を買っておいて悪いことしていないとか、よく言えますね! でもそれ以上に、中尉は見た目の問題もありますかね? いかにも何かやらかしそうな顔をしてるのが、一番悪いんですよ」


 カーリン少尉が、これでもかというほど辛辣なコメントを返してきた。だが、そのやりとりを聞いたレーナ准尉は、顔色が変わる。


「ああ……やっぱりそうですよね。どうしよう……」

「どうしたの、急に? 何かあったの?」

「いや、先日、ショッピングモールで同人誌即売会イベントがあってですね。私もそれに参加したんです」

「ああ、なんかやってたわね……って、あんたまさか! あの妄想画を売ってたの!?」

「そりゃあそうですよ。私の唯一の特技ですからね、あの絵は」


 なんだか少し嫌な予感がするぞ。僕もレーナ准尉に尋ねる。


「あの、もしかして、イーリスから聞いた話を描いた絵を売ったのか?」

「はい! もちろんです! 捕らえられて奴隷市場でされた数々の恥辱を、ほぼありのままに再現した漫画にしたんですよ!」

「ちょっと待って! まさか、イーリスの名前は使ってないよな!?」

「大丈夫ですよ。主人公の名はアイリス、イリジウム王国出身の呪術師ってことにしてますから、分かりゃしませんよ! あ、話はその後、奴隷として彼女を買ったランドセルと言う名の男が、夜な夜な彼女を監禁して、あらぬことを毎日しているって言うところで終わってます! もうこれは、私の今までの中で一番の最高傑作ですよ! はい!」


 どこがありのままだ。特に最後は全然違うじゃないか。しかも、ほとんど偽名になっていないぞ。バレバレじゃないか。頼むから司令部外にまで、僕の誤解を広げないでくれ。街を歩けなくなる。


「で、それがどうして悩みにつながるのよ?」

「いや、それがですね、困ったことに、その場にこの艦内の人物が現れてですね……」

「なに!? 誰だそれは!?」

「整備科のフランツ曹長です。」

「ええ~っ!? フランツ曹長って……もしかして、ひょろっとしたあの男か!?」

「そうなんです。私も一度、見た覚えがあるので、もしかして……と思っていたら、なんとその人、私の本を買っていったんですよ!」

「なんだそれ……レーナ准尉の本を読むほどの変態だったのか、あの男は?」

「まさか同じ艦の乗員が来るなんて思ってもいなかったから、あのイベントに参加したのに……これじゃあ、私が変態だってことが、艦内に知れ渡ってしまうじゃないですか!それでずっと悩んでてですね……」


 ああ、申し訳ないけど、すでに艦内でレーナ准尉の趣味のことを知らない男性乗員はいない。ついでに言うなら、僕やイーリスにつきまとっていたことも周知されている。最近は、エックハルト中尉の部屋にまで押しかけていることも、みんな知ってる。

 だいたい、この街にはあのショッピングモールくらいしか娯楽と買い物施設がないんだから、そのイベントでうちの艦の乗員が来ないと思ってる時点で、すでに考えが甘過ぎだろう。


「あー、これは個人的な見解だが、多分、フランツ曹長はレーナ准尉のことをバラさないと思うよ」

「ど、どうしてそう思うんですか!?」

「レーナ准尉があの場でああいう本を売っていたと話すと言うことは、自分もそういう人間です、ってバラすようなものだ。そんなリスクを承知で、普通の人がいちいち言いふらすとは思えない」

「うーん、さすがは艦内一の変態、実に説得力のあるご意見だわ。そう言うことだから、気にしなくてもいいよ、レーナ准尉」

「そ、そうですか!? いやあ、良かった良かった。やっぱり、プロの変態であるランドルフ中尉殿に相談して良かったですね」


 あらぬ誤解をされていると言う点では、間違いなく僕はプロだな。もっとも、レーナ准尉の件はすでに手遅れだという事実は、敢えて伏せておこう。


 そんな一件があった直後のこと。風呂から上がり、自室に戻ろうとする僕は、カーリン少尉が真剣な顔つきで立っているのを見つける。

 何をしているのだろうか?だが、僕は構わずその横を通り過ぎようとする。すると突然、カーリン少尉が僕の腕を掴んで引っ張りこむ。


「な、何を……」

「しーっ! 今いいところなんだから!」


 ……何を言っているんだ?僕はカーリン少尉の視線の先を見る。

 そこには、レーナ准尉に、整備服を着た若い人物がいた。通路の壁際に立つレーナ准尉のすぐ横に、右手を壁に突き立てているその男。いわゆる、壁ドンというやつをされてるようだ。

 そして、その男が左手で、一冊の薄い本を出し、レーナ准尉に見せる。


「これを読ませてもらいましたよ。レーナ准尉殿」

「あ……やっぱり、分かってたんですね、私のこと」

「そりゃあ、有名ですから、レーナ准尉のことは」


 なんだかとてもやばそうな雰囲気だぞ?いいのか、カーリン少尉、いつものように止めなくても。

 ところがカーリン少尉はただじーっと見るだけだ。僕もつられて、その推移を見守る。


「当然、中は読まれたんです……よね、フランツ曹長」

「もちろん読みましたよ。いやあ、とてもすごい力作だった」

「まさか、ここに書かれてあるようなことを、私にやろう、なんて考えてるんじゃ……ないですよね……」


 しばらく沈黙が続く。カーリン少尉と僕は、息を殺して見守る。すると、フランツ曹長が言った。


「いや、同じ趣味をお持ちの方なら分かるでしょう。自分でやりたいんじゃない、他人のこういう話こそ、知りたいのだと」

「は、はあ」

「だから、レーナ准尉にはもっと描いて欲しいんです、とくにこの続き、いや、新たな物語でもいい、僕はあなたのこの物語の続きが、とても読みたい!」


 本の内容を知っているだけに、僕にはフランツ曹長という人物像がなんとなく見えてきた。この2人、いわゆる眷属けんぞくというやつだな。

 レーナ准尉の顔が真っ赤だ。フランツ曹長に惚れられて、思わず紅潮してしまったらしい。もっとも、惚れられたのはあの本の内容なのだが。

 しかし、カーリン少尉は薄っすらと微笑んでいる。そして、ぼそっと僕に言う。


「珍しい愛の告白よね。素直にあなたのことが好きです、ってストレートに言えばいいのに」


 ああ、カーリン少尉はそう捉えるんだ、この状況を。僕には言葉通りにしか思えないけれどな。でも、確かにレーナ准尉の顔は、恋する乙女そのものだ。


「ところで准尉殿、航空科のハーロルト中尉殿も奴隷を買ったって話は、ご存知です?」

「へ? そうなの?」

「なんでも、すっごい性癖の持ち主らしくて、中尉殿に檻を買ってくれとせがんでるらしいんですよ!」

「ええ~っ!? そ、そんなことを、奴隷自らが要求しているんですか!?」

「整備科の中ではみんな知ってる話です。今度、ハーロルト中尉殿の部屋に行ってみませんか!?」

「ぜ、是非一緒に参りましょう! もしハーロルト中尉殿の部屋からすんごいものが出てきたら……ぐへへへ……」

「いやあ、その時は問い詰めて、さらにいい話を引き出してやりましょう……ぐふふ……」


 うわぁ……だめだこの2人。やばいぞ、やばいくらい気が合い過ぎだろう。

 だが、それを聞いたカーリン少尉は、急に向きを変える。


「何ですって!? ハーロルト中尉も奴隷を!? 何考えてるのよ!」


 あれ? ツェーザル少佐の方は知っていたのに、少佐殿と一緒にあの市場へ行ったハーロルト中尉の方は知らなかったんだ。


 それにしても、他人の不幸をおかずにする変態には寛容で、奴隷を買った男には辛辣なカーリン少尉は、一体どう言う基準で善悪を判断しているのだろうか?

 お怒りモードで格納庫の方に向かうカーリン少尉、妄想を膨らませて盛り上がっているひと組のカップル。その先にある自分の部屋に行きたくてもいけない、気弱な僕。ああ、早くこの2人、頼むから早くどこかに行ってくれないかな。

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