第35話 工作員
おい、僕はまだ酔っ払ってるんだぞ!どうするつもりだ、精霊よ!?
目の前にいる僕に向かって叫ぶ背後の僕。もっとも、叫んだところで聞こえるわけがない。
その酔っ払っているはずの僕の身体は、銃を取り出す。
ちょ……ちょっと待て、何をするつもりだ?ここは宇宙港の真ん前。この辺りはこの街でも、最も繁華な場所だ。ビルの谷間とはいえ、こんなところで銃を使うとは、一体何を考えているんだ、精霊よ。
そんな僕の焦りなど御構い無しに、発砲する僕。
だが、僕のこの射撃に対抗して反撃がくる。2、3発のビームが、僕の身体めがけて撃ってくる。
が、僕は、というか精霊は、イーリスを抱き寄せたまま、腰にある携帯バリアのスイッチを押してそのビームを跳ね返す。
おい、ちょっと待て。なんだって僕は撃たれているんだ?相手は一体、誰なんだ。
何が何だかわからないまま、銃撃戦は続く。銃で撃ってきた相手を、次々に射抜く僕。4発撃ったところで、銃撃戦は終わる。
そこで、僕は僕に戻る。目の前を見ると、一気に酔いが覚めるほどの衝撃的な光景が、目の前に広がっていた。
4人の人が、路地に倒れている。全員、頭を撃ち抜かれている。僕が、というか精霊が撃ち抜いたのだろう。
いずれも私服姿。民間人っぽい。だが、確かに僕は撃たれた。精霊がいなければ、ここに倒れていたのは間違いなく僕だ。いや、イーリスも一緒か?
僕は砲撃手だ。戦闘で、駆逐艦を射抜いた経験は、何度かある。
だが生身の人間を相手に撃ったのはこれが初めてだ。目の前で、自分が殺した相手を見るのも、もちろん初めてである。
僕の手が震えている。精霊がやったとはいえ、自分のしでかした行為に、恐怖する。
「……精霊の仕業か。」
その時、イーリスが呟く。僕はただ、頷く。
その死体は皆、手に銃を持っている。やはり彼らは、僕とイーリスを狙ったようだ。どういうことだ?なぜ、僕とイーリスを狙う?
そこに突然、警察が現れた。
「ランドルフ少佐ですね!」
この状況を見て尋問されるかと思いきや、意外なことに警官の一人が開口一発、僕の名を呼ぶ。
「は、はい、そうですが。」
「ああ、無事でしたか!いや、良かった!」
どういうわけか、僕の無事を確認される。だが僕はたった今、4人の人間を撃ち抜いたところなのだが。
「あの……どういうことです?僕らは急に撃たれて、それで反撃して……何かあったんですか?」
「はい、実は軍から、連盟軍の工作員が潜入したという情報を得たんですよ。」
「は!?れ、連盟軍の工作員!?どういうことですか!」
「2時間ほど前に、王都の外れで哨戒機を発見したんです。識別コードは、連盟側のもの。そこで直ちに特殊部隊が出動し、そこにいたパイロットを拘束、尋問したんですよ。すると、ランドルフ少佐を殺傷し、その奥様のイーリスさんを連れてくるよう命令を受けていたことが判明したんです。」
「は?僕を殺す?」
あの銃の狙いは、どうやら僕だけだったようだ。連盟の人間が僕を殺すのは当然としても、イーリスを連れ出すよう命令されたというのが気になる。
「どういうことなんです!」
「いえ、それ以上のことはパイロットにも分からないようです。ただ、こちらの奥様を連れ去ろうとした、ということのようです。」
警官もそれ以上のことを知らない。ただ、僕が撃った工作員は4人。そのパイロットの証言では、全部で6人潜入し、内一人は捕まり、4人は僕が始末した。あと一人の行方が知れていない。
ということで、僕とイーリスは車に乗り、司令部に退避することになった。どう考えても、そこが最も安全だ。狙いがイーリスだとわかった以上、イーリスも匿わなくてはならない。
車の中で、イーリスが言う。
「そうだ、おい、ランドルフ!早速、
「ええ~っ!?今、ここで!?」
念のため、酔い覚まし薬を飲んだイーリスだが、まだ酔っ払っている。そんな状態で呪術なんてかけてもいいのか?
「デア シュピリッチ……アイザ ルガゼット マヌ エラ……」
ああ、もう始まっちゃったよ。そのままイーリスは、車の中で御構い無しに僕に口づけをする。
それにしても、酒臭い。このところイーリスのやつ、
前の席にいる警官も、突然始まったこの妙な儀式に、驚きの様子だ。
「……よし。これで大丈夫だ。」
薄っすらと笑みを浮かべながら、僕の顔を見つめるイーリス。だが、おそらく前に座っている警官は、この光景を見て、全く異なる解釈をしているだろう。呪術なんて知っているはずがないからな。
……待てよ?それにしても連盟の奴ら、どうしてイーリスを狙ったんだ?
いや、考えるまでもない。どう考えてもこの呪術が原因だ。奴らは明らかに、この呪術のことを嗅ぎつけたに違いない。
だが、どうやって知ったんだ?このことを知る者は少なくはないものの、軍の中の一部の人間と、元イリジアス王国の人達くらいのものだ。前に乗っている警官ですら知らないことを、どうやって遠く離れた連盟の奴らは嗅ぎつけたんだ?
もやもやとする中、僕とイーリスは司令部に到着する。中に入り、応接室へと向かう。
そこには、バルナパス少将がいた。
「おお、ランドルフ少佐、無事だったか!」
少将閣下が出迎えてくれるとは思いもよらず、不意を突かれた僕は、急ぎ敬礼をする。
「はっ!精霊が作動し、なんとか……」
「そうか。貴官にはあの無敵の守護の精霊がいるからな。あの程度の襲撃なら、退けられるであろう。」
いや、そうですけど、結構トラウマものですよ、あれは。いくら精霊の力とはいえ、僕は直接、人を殺(あや)めた。殺らなければ殺られる状況だったとはいえ、気分的にいいものではない。
「あの、少将閣下。連盟の工作員が潜入したということは、当然、連盟の艦がこの星に入り込んでるってことですよね。もう見つかったんですか?」
「いや、まだだ。もしかしたら駆逐艦ではなく、民間船舶を使っているかもしれない。今、目下探索中だ。」
「しかし、哨戒機がいたと聞いてます。民間船ではあんなものを離発着させることはできないのでは?」
「使い捨てにするつもりなら、不可能ではない。過去にもそういう事例はある。とにかく、入り込んだ残りの1人の行方がつかめるまで、貴官とイーリス殿にはここにとどまってもらうしかない。」
確かに、ここは軍の施設。下手に外にいるより安全だ。僕とイーリスは、応接室であと1人が捕まるまで待機することになった。
とはいえ、今は夜。イーリスもうとうとし始めた。せっかくボーナスが出て、美味しい料理に面白い体験までしたばかりだというのに、一転、最悪な事態に陥ってしまった。
すっかり寝てしまったイーリス。応接室のソファーをくっつけて、ベッドがわりにする。
この司令部も、もうちょっと僕らのことを考えてくれないかなぁ……夜なんだし、応接室にほったらかしはないだろう。
しかし、以前にもっと酷い寝床で過ごしていた経験のあるイーリスだけに、ソファーでもお構いなしだ。
僕も眠くなってきた。だけど、寝るわけにはいかない。早くもう1人の工作員とやらは捕まらないのだろうか。
しばらくすると、応接室に誰かが入ってきた。
それは、司令部幕僚の一人、ヴォルフ中佐だった。
「大変なことになっているな、ランドルフ少佐。」
「はっ!お騒がせしております!」
僕は敬礼する。しかし司令部付きの幕僚が一体、何の用だろうか?
「貴官の奥さんはお疲れのようだな。」
「はっ!いきなりここに連れてこられたので……」
「別室で休ませたほうがいい。私が運ぼう。」
ああ、やっと僕らに気を使ってくれる人が現れたか。イーリスをこのままソファーの上で寝かせておくのは忍びないと思っていたところだ。
が、その時だった。
この日2度目となる、僕の耳の奥のピーンというあの音が鳴り響いたのだ。
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