第9話 同胞

 最大出力で発砲した銃。

 携行銃とはいえ、最大出力なら2階建ての家ですら吹き飛ばすほどの威力となる。あたりに猛烈な音が鳴り響く。路上にいる人々が、一斉に止まり、こちらを振り向く。

 そしてそのまま、左手でイーリスを抱き寄せ、その場に伏せた。


 その直後だ。


 ガラガラと音を立てて、たくさんの破片が降ってきた。路上の人も、突然降ってきたこの破片を避けようと、カバンや手などで頭を覆う。

近くを走る車も、突然起きたこの破片の雨に驚いて急停止する。直後、大量の破片が、道路にも撒き散らされる。

 が、最後に最も大きな破片が落ちてきた。

 その大きな破片は、道路側に落ちてきた。ちょうどそこで停まった車のボンネットの真上にかぶさるように落ちる。


 この一部始終が、まるでスローモーションのように僕には見えていた。その直後、僕は僕の身体に戻る。

 銃を握ったまま、僕はイーリスを抱きしめている。


「……大丈夫か、イーリス?」

「大丈夫だ。精霊が、発動したな」


 イーリスには、僕のあの行動が僕の仕業でないと分かっているようだ。そりゃそうだ。突然、街のど真ん中で銃を真上に撃ち放つなんて奴はいない。ましてや、気の弱い僕が、である。


「な、何してんだ、あんた!」


 当然、銃を撃った僕に、路上の人の視線が集まる。どう見ても、僕の仕業だと言わんばかりだ。いや、僕のせいではない。何かが起こって、それに対処するために、僕が発砲したんだ。だが、それが何か、当の本人が説明できない。

 が、そこに別の男性が駆け寄ってくる。


「おい! だ、大丈夫か!?」


 ヘルメットを被っている。どうやら、建築会社の人のようだ。僕は尋ねた。


「一体、何が……」

「取り付けてる最中のパネルが1枚、突然外れて落下したんだ! でもその直後に、空中で爆発して……」


 聞けば、建設中のこのビルの最上階から、取り付け中のパネルが1枚、作業ミスによって落ちてしまったらしい。

 だが、僕が、いや、精霊が放った銃撃のおかげで、パネルの大半は空中で粉々になった。一番大きな破片は吹き飛ばされ、道路に落ちた。


 おかげで、1人の死者も出なかった。その場には僕らを含め7人の歩行者がいたが、多少かすり傷を負った人が出たことと、車が一台、廃車になったことくらいで済んだのだ。

 が、イーリスの真っ白な服は、すっかり汚れてしまった。


「ああ、イーリスの服が……」

「いや、弁償します! 申し訳ありませんでした!」


 謝る建設会社の人物。しばらくすると、けたたましいサイレン音と共に、警察がやってきた。


 現場検証が行われる。当然、落下するパネルを撃った僕も、尋問される。

 だがあの時、僕が撃たなければみんな下敷きだった。相手は重さ1トンを超えるパネルだ。あのまま落ちていたら、ここにいる7人は、全員死んでいただろう。

 絶妙なタイミングで銃を撃ったおかげで、半分は車道の方に、もう半分は粉々になって歩道に降り注いだというわけだ。

 とりあえず僕は、落下するパネルに気づいて危険を察知して銃を放ったと警察には答えておいた。実際に、この1発で7人の人命が救われたのだ。本来ならこの街の中での銃の使用は厳禁だが、さすがにこれは正当防衛扱いとなった。

 その日は警察に尋問され、建築会社と7人の歩行者、それに車を壊されたオーナー1人とが今後のことを話し合った。そして、そこにいた通行人達からは礼を言われて、3時間後にようやく解放される。


 とまあ、そんなことがあったので、その翌日は家に引きこもる。さすがにあんな事故の後では、外に出る気が失せる。

 といっても、じーっと家にいるのも虚しい。そこで僕は、エックハルト中尉のもとに行くことにした。

 そう、僕に奴隷市場のことを教えてくれた、あの男だ。

 突然、僕はエックハルト中尉のところの元奴隷とイーリスを引き合わせたくなった。

 やつは同じ宿舎の12階に住んでいる。イーリスを連れて部屋を訪れると、そこにエックハルト中尉がいた。


「あれ? ランドルフ中尉じゃないか。どうしたの?」

「いや、ちょっと寄ってみたくなって」


 僕はイーリスを見せる。それを見て、エックハルト中尉も、僕の訪問の意味が分かったようだ。


「そうか。2人とも、上がってよ」


 エックハルト中尉は、自分の部屋に招き入れてくれた。

 リビングに通される。そこには、彼が買ったという元奴隷の、パウラさんがいた。


「パウラ、お客さんだ」

「えっ!? お客!?」

「大丈夫だ。私と同じ艦の同僚だよ。そして、その奥さんだ」

「あ、あの、パウラと言います。エックハルト様の妻をさせてもらってます」


 なんと、彼女はエックハルト中尉のことを様付けで呼んでいるのか。それにしても、この娘もかなり白い肌をしている。そういえば、彼女も北方出身だと言っていたな。

 だが、パウラさんを見たイーリスが突然、意味不明な言葉を話し始める。


「パウラ。フォー、エルテ フィア リュィキ イリジアス?」

「ヤ……ヤー……エン、フェバー フュー!?」


 なんだ? パウラさんも応える。何を言っているのか?


「おい、イーリス。どうしたんだ?」

「いやパウラに、そなた、イリジアス王国出身ではないか? と聞いたら、そうだと答えた」

「ええーっ!? てことは、2人は同じ国の出身!?」

「王国が滅んだ時、私と同じく奴隷として売られたのだろう」

「そういえば、北方の国の出身とは言っていたけど……まさか、イーリスさんと同じ出身だったとは」


 僕もエックハルト中尉も驚きの事実だ。ただ、同じ国の出身というだけで、お互いのことは知らないようだった。


「あの、パウラさんはイリジアス王国出身なんですよね?」

「はい……実は、そうです」

「実はって、もしかしてどこの出身か、黙っていたのかい?」

「そうです……だって、滅亡した王国の貴族出身だなんて……そんなことを知ったらエックハルト様から嫌われてしまうんじゃないかって……」


 そうか、それでエックハルト中尉にも黙っていたんだ。って、ちょっと待て、彼女、貴族出身なのか?


「貴族って……パウラさんって、そんな高貴な身分だったの!?」

「滅んだ国の貴族です。高貴だなんて、とても……あの国の男爵の令嬢でしたが、戦いに敗れ、目の前で父母兄弟は殺されて、私だけが捕まって奴隷商人に売り飛ばされて……」

「そうか、そなたも、苦労したのか」

「そういうイーリスさんは、イリジアス王国ではどんな身分の方だったんですか!?」

「どんなとは……」

「奴隷商人から聞きました! 奴隷として売られたのは、貴族出身の者だけ。王族は一族もろとも殺されて、平民はセントバリ王国の民となったため、戦利品として連れていかれることはなかった、と!」

「そうか……」


 そういえば、奴隷商はイーリスのことも「元貴族」だと言っていたな。だが、僕はそれ以上のことを知らない。ただ彼女は僕に「呪術師シャーマン」としか言っていない。

 すると、イーリスは話し始める。


「私も、元貴族だ。ユングリアス公爵家の長女、イーリスだ。」

「ええ~っ!? ちょ、ちょっと待って! イーリスも貴族だったの!?」


僕は驚愕の事実を知る。やはり本当に貴族だった、それも公爵って、最高位の貴族ではないか?


「イリジアス王国の呪術師シャーマンは代々、我がユングリアス公爵家の、長女が務めていた」


 すると今度は、パウラさんがイーリスに尋ねる。


「ちょっと待て下さい! あなた、呪術師シャーマンだったんですか!?」

「いや、今でも呪術師シャーマンだ」

「じゃあ、あの国が滅んだのは、あなたのせいじゃないですか!」


この一言で、パウラさんとイーリスとの間が、にわかに険悪になった。


「どういうこと? なぜイリジアス王国が滅んだ理由が、イーリスにあるってことになるの!?」

呪術師シャーマンは代々、国王陛下に守護のまじないをかけているはず。だから、セントバリ王国軍から国王陛下が守られなかったということは、呪術師シャーマンが果たすべきことをしなかった、つまり、まじないをかけることを怠っていた、ということになるんです!」


 そういえば、僕はもう3度もイーリスのまじないに救われた。王国が滅んだということは、国王が殺されたということだ。つまり、イーリスは国王に守護のまじないをかけていなかったのか?それとも、かけてはいたものの精霊以上の力によって圧殺されてしまっただけなのか?

 すると、イーリスは口を開く。


「そんなことはない。私は、国王陛下に守護のまじないをかけていた。そのまじないゆえに、国王は死に、あの国は滅んだ。精霊が、陛下の死を『最良』だと判断したからだ!」

「ど、どういうこと!?」


 イーリスの応えは意外なものだった。王国の滅亡は、むしろまじないの結果だと言うのだ。

 しかし、どういうことだ?守護のまじないが、国王を殺した?ますます意味が分からない。

 そんな回答に、一家を皆殺しにされたパウラさんが、納得するはずがない。

 エックハルト中尉のリビングは、一触即発の状態に陥った。

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