第10話 真実

「嘘よ! 単に守護のまじないをかけ忘れただけじゃないの!?」

「そんなことはない! 陛下に対し、そんないい加減なことはしないし、できるわけがない!」

「じゃあなんで、まじないのせいで陛下が亡くなり、王国が滅ぶのよ!」


 一族を殺された上に、貴族から奴隷にまで堕とされたパウラさんにとって、イーリスのこの話は到底受け入れられるものではない。

 この2人の間に、僕もエックハルト中尉も、もはや知らない世界の話だ。とても踏み込むことができない。

 まさに、2人のその後の運命に関わる、重大な話。

 イーリスは、続ける。


「パウラよ。そなた国王陛下が、セントバリ王国の軍によって殺されたと、そう思っているのか?」

「当たり前じゃない! この国の軍勢が攻めて来て、それで王国が滅んだのよ!国王陛下だってその時に……」

「そうか。男爵家の娘までは、真実は伝わっておらんのだな」

「し、真実!? 何よそれ!」

「ところで、イリジアス王国が滅亡する直前に、大飢饉に見舞われていたことは知っているか!?」

「えっ……なにそれ……そんな話、知らない。でも、それと王国の滅亡と、どう関わっているのよ!」


 急にシリアスな話になってきたな。僕とエックハルト中尉は、イーリスの話を固唾を飲んで聞いているしかない。

 イーリスの話は続く。暴かれた事実は、パウラさんをはじめ、僕とエックハルト中尉にとっても、衝撃的な事実だった。


「セントバリ王国軍がイリジアス王国へ攻め入るよりずっと前に、その飢饉が元で王宮に群衆が食料を求めて押し寄せ、それが暴動に発展したことは知っているか?」

「そ、それは知っているわ。でも確か、軍が鎮圧したと……」

「それが、王国の滅亡の始まりだったのだ!」

「えっ!?どういうこと!?」


 どうやら、セントバリ王国が攻めてくる前に、民衆による暴動が起きていたようだ。


「なんで? だって、王宮に押し寄せた暴徒は、結局軍に押し返されて帰っていったんでしょう?」

「いや、軍は役に立たなかった。ある人物の死をきっかけに、その場はおさまり、暴徒らは帰っただけだ。結局、軍は動けなかった」

「どういうこと?誰なの、そのある人物って!?」

「国王陛下だ」

「……えっ!?国王陛下!?」


 意外な人物の名が出てくる。なんと、国王陛下は民衆の暴動により亡き者にされたというのだ。


「そんな話、知らない!国王陛下がそこで亡くなっていたなんて、聞かされていない!」

「それはそうだ。箝口かんこう令が敷かれたからな。その場にいた民衆と、一部の貴族しかその事実は知らない」

「で、でも、それってやっぱり守護のまじないが効かなかったっていうことじゃないの!」

「いや、まじないをかけていたからこそ、国王陛下は亡くなったのだ」

「あなたが言っている意味が分からない! どういうこと!? 守護のまじないをかけられた人が、なんでまじないによって殺されるのよ!」

「私もその時王宮にいたから知っているが、群衆は王宮のすぐそばまで押し寄せていた。だが、王宮の門の扉は固く閉ざされ、さすがの群衆もその先に入ることができなかった。陛下に対する罵詈雑言が、王宮の中まで聞こえてくるほどの状況だった……が、その時、国王陛下が予想外の行動を、起こされた」

「陛下が、なにをされたっていうの!?」

「陛下自らが、その王宮の門の扉を、開けたのだ。」


 一瞬、話が理解できなかった。確か、群衆は王宮の門のそばまで押し寄せていた。

 王宮の中にまで、群衆の怒りがわかるほどの罵声が鳴り響いていた。

 そんな状況で、国王自ら、門を開けた?どう考えても、それは自殺行為だ。


「ええーっ!? それじゃ、陛下は……」

「当然、押し寄せた暴徒によって、その場でなぶり殺しにされた。集団の中に引き摺り込まれ、殴られ、首を切られ、腹を裂かれてはらわたを取り出されて、それを撒き散らされて……」


 聞くに耐えないおぞましい惨状を、淡々と語るイーリス。そのイーリスに、僕は尋ねる。


「そういえばイーリス、まじないを受けた者は、精霊は常に『最良』と思われる手段を選択して行動させられると言っていたけど、もしかして……」

「そう、あれは国王陛下に取り付いた精霊が選んだ、最良の選択。つまり、国王陛下の死は、国王陛下にとって、最良の選択だったのだ」

「ちょ、ちょっとまって! なんでそういうことになるの?国王が死んじゃったら、それは最悪の結果じゃないか!」

「では尋ねる。ランドルフよ、国王陛下がなすべきことは何か!?」

「そりゃあ当然、国を安定的に統治すること、かな。統治者な訳だし。」

「その通りだ。だが、国王陛下がそれをしなかったら、どうなる?」

「もちろん、国民が苦しむ」

「そうだ。国王陛下のなすべきこととは、民の苦しみを取り除くこと。だが、その努力を、陛下はなさらなかった。だから、最良の選択として、陛下の死、しいては王国の滅亡がもたらされたのだ」


とても衝撃的な話を、さらりと話すイーリス。


「ちょっと待って! どうして国王陛下が民の苦しみを取り除かなかったなんて言えるの!? 努力したけど、飢饉が起きてしまった、そういうことじゃないのか!?」

「いや、残念ながら逆だ。あの時、国王陛下は軍を動かし近隣の国を攻め続け、軍費調達のため増税を繰り返して来た。大飢饉も、農民をいたずらに軍役に駆り出した結果、起きたものだ。農民がいなければ、田園は荒れ果て、作物が取れなくなる。当然、食糧不足に陥る。にも関わらず、国王陛下は隣国攻めに、うつつを抜かしていた」

「それじゃあ、その時のイリジアス王国の人々の苦しみは、国王のせいだったってこと!?」

「そうだ」


そういえば以前イーリスは、王が民を顧みず、国が滅んだと言っていたな。それは、こういうことだったのか?

パウラさんが、イーリスに尋ねる。


「じゃあ……そのあと、どうしてセントバリ王国軍が攻めてきたの!?」

「イリジアス王国の民が、セントバリ王国に救援を求めたという話を聞いた。もちろん、その時、国王陛下の死の情報もセントバリ王国にもたらされただろう。陛下の急逝で大混乱に陥っている王国が、戦さで勝てるわけがない。だがそれは、陛下自身が招いた結果なのだ」

「ちょっと待って! じゃあ、私の家族が殺され、私だけが奴隷になって生き延びたことが、その精霊によってもたらされた『最良の結果』だと言うの!?」

「貴族らも、民を顧みたわけではない。陛下を諌めたわけでもない。貴族とて、陛下と同罪だ。かくいう私も、一族皆殺しにされ、公爵家の中で唯一の若い女だった私だけ、奴隷として売られた。そなたと同じだ。だから、貴族の娘だけが奴隷として売られることになった。民はセントバリ王国の味方だったわけだから、平民で奴隷にされた者はいない。そして残った王族は、後顧の憂いを断つために一人残らず殺された。我々の王国貴族は、滅ぶべくして滅び、商品価値のあるとされた娘だけが、生き残ることを許された。ただ、それだけのことだ」


 イーリスに、いや、イリジアス王国に、そんな出来事があったなんて、全く知らなかった。なお、王族は女子供も見境なく皆殺しにされたらしい。貴族の娘だけが「商品」として辛うじて生かされる道を選ばされたというのだ。


「そなたも私も貴族としての罪を贖罪し、その結果として新しい伴侶を得た。イリジアス王国の民も、セントバリ王国の援助によって飢餓を逃れたという。血は流され、私もそなたも親しき人を亡くしたが、イリジアス王国にとってはこれが最良の選択だったと考えるしかない」


 それを聞いて、パウラさんはぼろぼろと涙を流す。


「そ、そんな……いくら貴族が悪いと言われても、そんな話、私にはとても、受け入れられない……」

「受け入れようが、受け入れまいが、事実は事実だ。私とて、目の前で陛下の死を目の当たりにしたし、父母兄弟も目の前で殺された。そんな事実を、私とて決して、易々と受け入れているわけではない」


 そういえば、妙にクールな性格のイーリスだが、これはそんな辛辣な過去を乗り越えた結果、得た性格なのだろうか?


「しかし、どうせ泣いたところで、家族は戻らない。生き延びた以上、死んだ者の分まで幸せになろうと、前に向かって生きるほか、なかろう。私はランドルフ、パウラはエックハルトという最良の伴侶を得た。道はもう、前にしかないのだから」


 これを聞いて、パウラさんは黙って泣き出してしまった。イーリスのいうことは、紛れもなく正論だ。だが、この正論を受け入れよというのは、当事者にとってはあまりにも辛辣なことには違いない。


「あの~、皆さん、ちょっとよろしいですか?」


 ここで、悲しみにくれるパウラさんをなだめているエックハルト中尉が、割って入る。


「さっきからまじないがどうとか言ってるけど、たかがまじないでしょう?そんなものが最良の選択をしたとかいう事実で、みんなどうしてそんな深刻な話になるの!?」


 ああ、そうか。この中で、イーリスの力を知らないのはエックハルト中尉だけだ。


「そのまじないは、僕らが考えるようなものじゃないんだって……そういうエックハルト中尉も実は一度、救われてるんだよ、そのまじないに」

「えっ!? いつ!」

「先日の艦隊戦で、僕が砲撃管制室で独断行動をしたという話、聞いてない?」

「ああ、聞いた。だがあれは、お前だけがなんらかの方法でビームを察知したからだと……」

「駆逐艦の全センサー、全レーダー、艦橋にいた20人の乗員が感知できていなかったものを、指定された目標だけを注視していたこの僕だけが感知できた。どう考えても、おかしいだろう、そんな話」

「まあ、おかしいとは思ったが、事実は事実だし」

「いや、真実はそのまじないによってもたらされたものなんだ。僕に宿っていた精霊があの誰も気づかなかった敵艦を感知して、僕の身体を勝手に動かして横の砲撃手のレバーを引きながら、バリア展開を叫んだんだ。その時の僕は、僕の後ろにいて……奇妙な光景だったよ」

「ってことは、ランドルフ中尉、お前、そのまじないを受けていたのか?」

「発動したのは、もう3度目なんだ。実は昨日も……」


 イーリスの呪術の脅威的な力を、エックハルト中尉も思い知る。さっきまでの話の真意も、ようやく理解したようだ。


「……と、いうことは、私は一度、その呪術に命を救われたんだな」

「そう。もしあの時、まじないが無ければ、パウラさんに2度目の惨劇が訪れるところだった」

「そうか……なんだか、私にはよく分からない話だが、とりあえずパウラと巡り会えたこと、そして今、私が生きていること、それが『最良の結果』ってやつなんだな」

「そういうことみたいだよ。ともかく、2人の辛辣な過去を聞かされたけど、2人のこの先の人生を、僕らは充実させるしかないでしょう」


 話が終わって、僕らは帰ることにした。玄関先で出迎えるエックハルト中尉に敬礼する。エックハルト中尉も僕に、返礼した。

 エレベーターに向かう僕とイーリス。ついさっき、イーリスの辛い過去を知ってしまった。それを洗いざらい話し、過去に触れてしまったイーリスに、僕はなんて話しかければいいんだろうか?


「ランドルフ!」


と、突然、イーリスが叫ぶ。


「な、なんでしょう、イーリスさん!?」

「なんだ、急にかしこまって……まあいい。それよりもだ!」

「はい!」


 さっきまでの話の流れからすると、嫌な過去を思い出し、泣きつかれるのではないか?さすがのイーリスだって、取り乱したくなるんじゃないか?思わず僕は、身構えた。

 が、イーリスはこんなことを言い出す。


「ショッピングモールに行こう。急にフライドチキンが食べたくなった。ついでに、バニラアイスもだ!」

「えっ!? ああ、なんだ、そういう話か。てっきり……いや、分かった、行こう。でもせっかくだから、もっと別のものを食べてみない?」

「なんだ、別のものとは」

「そうだな……タコスにケバブ、甘いものなら、ドーナツやチュロスに……」

「なんだ、その美味そうな名前の食べ物は! まだそんなに、私が知らない美味いものがあるのか!? よし、すぐに行くぞ!」


 あんな話をした直後なのに、案外たくましいな。いや、性格がクール過ぎるだけなのか?そのわりには、食べ物に熱い。ともかく、後ろ向きじゃないってところが、イーリスのいいところだろう。

 前に向かって、いや、食べ物に向かって進むイーリスと共に、僕はそのままショッピングモールへと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る