第7話 後始末

 前回もそうだったが、この音が聞こえた瞬間から、僕は僕でなくなる。

 僕は、僕の後ろにいる。奇妙な言い方だが、目の前に僕の背中が見える。

 その「僕」は、なんと突然、隣の照準手のレバーを握る。


「おい! ランドルフ中尉! 何をするんだ!?」


しかも目の前の僕は御構い無しに、バリア担当のカールハインツ大尉に向かってこんなことを叫んだ。


「バリア展開、早く!」

「な、なんだ!?」

「いいから、早く!」


 精霊に操られた僕に急かされて、思わずカールハインツ大尉がバリアシステムのスイッチを押す。

 まさに、その直後だった。

 敵のビームが、どこからともなく飛んでくる。

 ギギギギッという不快な音を響かせて、バリアがそのビームをはじき返す。

 「僕」が隣のやつの操艦レバーを奪い、回避運動をしていたおかげで、ビーム自体はかすっただけ。

 だが、もうあと一瞬遅れていたら、僕は、いやこの艦は、宇宙から消えていた。

 攻撃を免れた瞬間、僕は僕の中に戻る。


「な、なんだ!?おい、どうしてお前、あのビームが来るのが分かったんだ!?」


 カールハインツ大尉が僕に向かって叫ぶ。だが、精霊がやったことを、僕が説明できるわけがない。

 でも、たった一つ分かることがある。

 それは、僕らがまだ、生きているということだ。

 砲撃長が、指示を出す。


「砲撃管制より艦橋! 先ほどのビームの相手を、特定できるか!?」

『艦橋より管制室! 特定完了! すぐ隣の艦、ナンバー4533!』

「よし、態勢を立て直す! ランドルフ中尉は持ち場に戻れ! 目標変更! 4533だ!」


 僕のあの異常行動などなかったかのように、砲撃長は指示を出す。攻撃は続行される。

 今度の相手は、なかなかしぶとい。何度当てても、バリアではじき返す。

 こちらもバリアを何度も発動する。その度にあのギギギギッという金属をこすり合わせたような不快な音が鳴り響く。

 そんな応酬の末、決着をつけられぬまま、敵艦隊が後退し始めた。これ以上やりあっても、ただのビームと命を消耗するだけだと今ごろ気づいたようだ。それともただ単にいつでも攻め込むぞ!と言う意思表示ができたから、敵としては目的達成か?

 徐々に離れる敵艦隊。そして、全ての艦が射程圏外に離れていった。

 この辺りでは、いつも通りの展開だ。戦いが集結し、この砲撃管制室の中は、ようやく少し緊張が緩む。


「しばらく気を抜くな! 油断を誘った後に引き返してくることもある。臨戦態勢を維持せよ。」


 僕は短距離レーダーを見る。ただ、敵はどんどんと離れていく。すでに80万キロまで離れていった。

 この距離まで離れて引き返してくることは、過去の例ではめったにない。事実上、戦闘終結だ。その後も敵は徐々に離れていき、ついに敵との距離は300万キロ以上となった。

 ここでようやく、臨戦態勢が解ける。砲撃管制室から艦橋に、操縦系が戻される。

 そんな時に、砲撃長が僕に言った。


「さきほどのナンバー4533の砲撃を避けた際の、貴官の異常行動について、あとで聴きたいことがある。戦闘終了宣言後、尋問を行う。」

「りょ、了解しました」


 ああ、やっぱり問い詰められるのか。困った。そんなこと言われても、あれは僕の行動であって、僕の行動ではない。

 一体、どう説明すればいいんだ?下手な言い訳すら思いつかない。何せあれは、明確な軍規違反だ。

 だが一方で、あれがなければ、この艦は消滅していたのも事実だ。


 しかし、どうしてあの時、「僕」は危険を察知したのだろうか? イーリスの言う、精霊というやつが、僕らには見えなかった敵艦の殺気を察知した。そうとしか思えない。


 それから、3時間後。


 敵艦隊はすでに1300万キロ先まで離れていた。依然として後退中。ここでようやく、戦闘態勢が解除となった。


『艦隊司令部より入電! 戦闘態勢解除! 全艦、砲撃戦、用具納め! 以上です!』


 これを受けて、僕らはようやくこの砲撃管制室から出られる。


「ああーっ! 終わったぁーっ!」


 カールハインツ大尉が腕を伸ばしながら、叫ぶ。


 さて、戦闘も終了。味方は32隻、敵は40隻撃沈と伝えられた。1時間ほどの戦闘で、ほぼ引き分け、しかし、敵の侵攻を防いだという点で、我々連合側の勝利だ。


 だが、そんな結果にも関わらず、僕は今、会議室にいる。前には、渋い顔をした艦長と砲撃長。腕を組んで、艦長が僕の方を睨みつけながら尋ねる。


「貴官の行動は、明確に軍規違反だ。だが、あれがなければ、我々は死んでいた。そこで聴きたい。艦内の誰も察知していなかったあの砲撃を、どうして貴官だけが察知できたのだ!?」

「ええと、それは……」

「貴官と同じ近距離レーダーと光学観測を見ていた乗員からは、4533からの砲撃など気づかなかったと言っている。貴官はその時、何を見ていたのだ!?」


 こうなったらもう、どんな言い訳も通用しない。ここまで詰め寄られたら、本当のことを話すしかない。


「艦長、砲撃長。これから僕は、皆さんにはとても非科学的で、不可解なことを話します。まず、それをご承知おき下さい」

「不可解なこと……?」

「何というか、とても論理的に説明のつかないんです。僕自身も理解していないことなのです。ただ、僕自身に起きたことの説明にはなると思います。なお、僕自身がこの不可解な現象に遭遇したのは2度目。ともかく、1度目に起きたことも含め、まずはありのまま話します」

「分かった。聞こう。」


 そこで僕は、「まじない」のことを話す。自分が自分の意思とは無関係に動いたこと、そんな自分自身を、一歩下がった場所から見ていたこと。

 それと同じ現象が、前の砲撃長と乱闘した時にも起きていたことを話す。


「……どちらも、普段の僕であれば、絶対に取らない行動です。気弱な僕が、隣の砲撃手のレバーを取り上げたり、砲撃長を無視してカールハインツ大尉に叫ぶなど、するはずがありません。そして、先日起きた前の砲撃長との殴り合い。普段の僕ならば上官相手に、そんなことをできません」


 この話を聞いて、艦長も砲撃長も返す言葉を失っていた。そりゃそうだろう。あまりにも非科学的で、信じがたいことを僕は話している。2人はしばらく沈黙したのち、艦長が口を開いた。


「きっかけ……そう、その奇怪な現象につながるきっかけ、そういうものは、何かないのか?」

「きっかけ……ですか?」

「そうだ。なにかその両者に共通するきっかけのようなものはないのか!?」

「はい、一つあります」

「なんだ、それは!?」


 ああ、ついに僕はイーリスのことを話すことになる。


「艦長、僕が奴隷を買って妻にした。その噂は、ご存知ですか?」

「ああ、知っている。その話は、この艦内では有名だからな」

「その彼女が、きっかけなのです」

「どういうことだ?」


 そこでとうとう僕は、イーリスのことを話すことになった。彼女からまじないを受けたこと、そして、そのまじないを受けた後には、危機に瀕する度に、それを回避するためにこの奇妙な現象が起きることを説明する。


「……その時、耳の奥でピーンという音がするんです。すると、気がつけばまるで幽体離脱のようになって、勝手に動く自分を目にするんです。彼女曰く、危機が迫った時には精霊が乗り移り、その時点で『最良の結果』をもたらす行動に出ると言っていました。実際、確かに僕にとってはこの2回共に『最良の結果』をもたらしてくれています。パワハラから解放されたこと、そして今回、撃沈を免れたことです」


 それを聞いた艦長は、手元のタブレットで前の砲撃長の一件を調べていた。


「……確かに、あの時の貴官は不可解だったという証言が残っている。逆上して暴れていたのに、取り押さえた直後に急に冷静になって、妻のことを他の士官に尋ねたと書かれている。その後の尋問でも、暴れた後とは思えないほど冷静だったとの報告が書かれているな」

「はい、元々冷静でしたから、自分の中に戻った瞬間に、冷静だったのは当然です」

「うーん……その時、貴官は何かできないのかね?」

「視覚と聴覚以外は、全くないんです。触覚も痛みも感じられず、ちょうど夢を見ているような感じなんです。だから、どうしようもないんです。」

「そうか……」


 非科学的な話だが、起きた現象に対しての説明にはなっている。前回の砲撃長の件もそうだが、今回の、艦内の誰も感知していなかった敵の砲撃を避けられたこと。未知の何かがそれを感知して、私を操って回避させてくれた。そう解釈するしかない。


「貴官の話は了解した。だが、とてもこの話は、この現場を見た者以外にできる話ではないな。あくまでも、なんらかの情報から貴官が危機を察知して、危機を回避した。そう説明する他あるまい」

「はあ……」

「ただ、とっさのことで、何故それが可能だったのかを振り返ることができなかった。司令部から問い合わせがあったら、そう回答することにしておこう。ただし、それでもなお説明を求められたら、私なりにそのまじないのことを話すかもしれない。通じるかどうかは分からんがな」

「はい、了解しました」

「ところで、もし今戦闘が起きて、同じように想定外のビームを食らったら、どうなる?」

まじないの効果は一度きり、今はまじないが切れてしまっているため、今あれを食らったら、確実に沈むでしょう。ですが一度帰還し、彼女に再びまじないをかけてもらった後なら、避けることは可能です。ただ、その時はまた、異常行動をとることになりますが」

「そうか……ともかく、この一件はこれで終了だ。ご苦労だった!」

「はっ!ランドルフ中尉、退席します!」


 あーあ、とうとうイーリスのことまで話してしまった。しかし艦長も砲撃長も、よくあんな荒唐無稽な話を信じてくれたものだ。

 だが、あの砲撃は本当に予想外だった。もしまじないがなければ、確実に死んでいた。艦長も砲撃長も、それを十分理解している。目標以外の敵を見ていないはずの砲撃手が、全く別の方向から来るビームを察知できた。艦橋にいる20人の誰も察知できなかった、あの砲撃を、である。


 しかも、あそこにいたのが前の砲撃長だったら、僕の異常行動を諌めて、バリア展開が間に合わなかっただろう。

 そう考えると、イーリスとの出会いから、前回、そして今回の一件まで、全て偶然ではないように思えてくる。最初から敷かれたレールの上を、僕は走らされているような気がした。

 そう思うと、なんだか少しゾッとする。部屋に戻る途中、思わず身震いがした。


 さて、敵艦隊は帰っていったが、戦闘の影響で、4日で帰る予定が、2日伸びて6日間になってしまった。

 そして、予定より2日遅れの帰宅。


「ただいま……」


 声をかけるも、部屋には誰もいない。あれ?イーリスのやつ、どこへ行った?

 まさか、今さら逃亡か?いや、そんなはずはない。ないはずだ。そう僕は、言い聞かせる。

だが、予定より2日も遅れて帰ってきた。軍から家族に連絡がいっているはずだが、イーリスはちゃんとそれを受け取れたのだろうか?何せまだ、スマホを十分使いこなしているとは言いがたいイーリスだ。

 まさか、予定より2日過ぎても帰らないから、僕が死んでしまったと悲観して、どこかに行ってしまったのでは……

 などと考えていると、玄関の扉が、ガチャっと開く。

 入ってきたのは、イーリスだった。


「お、ランドルフ、おかえり」

「あ、あれ……?イーリス、一体どこへ……」

「今日帰ってくると、連絡きた。だから、これを買ってきた」


 手に持っているものを見ると、それはたくさんのフライドチキンだった。


「あの、イーリス、なんだってフライドチキンを……」

「昨日、私はこれをショッピングモールで食べた! とても美味かった! だから、ランドルフと、一緒に食べたい! そう思ったから、買ってきた!」


 なんとまあ、僕が出かけてる間に、新たな食べ物を開拓していたのか。しかも、軍の知らせをちゃんと受け取って、帰ってくる日を把握していた。思っていたより、彼女はいろいろなことをできるようになっている。思ったより、たくましいな。


 2人でフライドチキンを食べながら、僕は今回の戦いで危なかったことを話す。すると、彼女はまたまじないをかけてくれた。

 そんな彼女にせがまれて、このあと6日ぶりに一緒に風呂に入ったのは、いうまでもない。

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