第6話 艦隊戦と精霊

『小艦隊司令部より入電! 艦隊司令部へ連絡、全艦隊集結を要請、現体制のまま待機せよ、以上です!』


 敵艦隊遭遇時には、艦橋内の音声がここにも聞こえるようになっている。

 そして、砲撃長も入ってきた。


「待機命令が出た。しばらくはここから動けないが、すぐには戦闘は始まらない。今はまだ、楽にしていろ」


 今度の砲撃長は、とても冷静だ。接触までまだ間がある。この時点で緊張していたら、本番でヘトヘトになる。

 前の砲撃長でなくてよかった……以前も300隻の遭遇戦の際は敵が見えた途端、気合いを入れろと叫び続けていたからなぁ。あの時はせいぜい1時間程度の話だからよかったが、この一個艦隊を前に、あれをやられたらたまらない。8時間以上も緊張し続けることは、さすがにできない。


『艦内哨戒、第一配備! 警報発令! 総員、戦闘に備え!』


 警報音が鳴り響き始める。この駆逐艦7767号艦内は、突如緊迫した状況に襲われる。

 2時間ほど経つと、こちら側のワームホール帯から次々と味方の艦艇が現れる。我々の艦隊主力が到着だ。こちらも総数1万隻。互角の戦力が揃う。


『司令部より入電! 全艦、前進半速! 戦列を維持しつつ、敵艦隊との距離を詰めよ、以上です!』

『よし、本艦も動くぞ。進路そのまま、両舷前進半速!』

『前進はんそーく、ヨーソロ!』


 復唱するあの声は、航海科のエックハルト中尉の声だ。彼も4日で帰れないことを悟ってるはず。僕と同様に、さぞかし目の前の艦隊に対して、腹立たしく感じているだろう。

 ジリジリと接近する両艦隊。距離はついに、100万キロを切った。


「短距離レーダー起動!」

「了解!短距離レーダー、起動します!」


 砲撃長が指示を出す。僕は復唱し、レーダーを切り替える。それまでただの四角い表示でしかなかった敵の艦隊は、一隻一隻が識別できるほどになった。光の粒の1つ1つが、敵の駆逐艦だ。つまり、あそこにはそれぞれ約100人の命が乗っている。

 この点のうち、いくつかが消えることになるだろう。だが結果は、ここを突破できず連盟軍の撤退で終わる。同じ数の艦隊同士がぶつかって、突破できた試しはない。ある程度撃ち合って、艦と命を消耗するだけの戦い。いつも通りのセオリーだ。

 そんなつまらない戦いのために、敵は戦いを挑んでくるのか?そんな馬鹿馬鹿しいこと、さっさと辞めて、家に帰ろうと思わないのか?

 だが、そんな想いは当然、敵には伝わらない。1万隻の連盟艦隊は、徐々に距離を詰めてくる。


『敵艦隊まであと80万キロ! 射程圏内まで、あと15分!』


 敵を目前にして、突然砲撃長が、こんなことを言い始めた。


「実は、私には妻と子供が2人、いてね」

「は、はあ……」


 なんだ?この新しい砲撃長が、急に家族の話をし始める。


「今は私と一緒に、地球アース853に来ているんだ。上の子はもうすぐ中学を卒業、下の子が今度、中学生になるところなんだ」

「そ、そうなんですか」

「ところが、卒業式は3日後、とても間に合わない。だから、卒業後の我が子に会いたい。そう思っている」

「はい、その気持ち、わかります」


 僕が応えると、砲撃長は言った。


「貴官はあれだろう、奴隷を買って妻として、仲睦まじいと噂になっているから、今すぐにでも帰って会いに行きたいのだろう?」

「あ、いや、その……」

「いや、隠さなくてもいい。どんな形であれ、いい伴侶に会えたのなら、それでいい」


 そして、砲撃長は帽子を被りなおす。


「この船にはそれぞれの想いを背負った人間が、全部で100人も乗っているんだ! この戦いに生き残らなければ、彼らにこの先はない! そしてこの艦の運命は、我が砲撃科が握っている! それを肝に命じて、戦闘に集中せよ!」

「はっ! 了解しました!」


 砲撃長のこの一言で、我々の士気が上がる。前の砲撃長とは大違いだ。


『敵艦隊まで、あと31万キロ! 接触まで、あと2分!』


 ついに、戦闘目前となった。艦長から、砲撃管制室に指示が飛んでくる。


『砲撃管制室! 砲撃戦、用意!』


 砲撃長が復唱する。


「砲撃戦用意!敵艦、ナンバー4532に照準!」

「了解、ナンバー4532に照準!」


 僕は、光学照準器を覗く。艦隊主力からのデータリンクで、4532という番号の振られた敵艦が見える。一方で、こちらも敵に狙いを定めさせないために、ジグザクに動き始める。


 僕の役目は、敵が照準に入った瞬間に、引き金を引くこと。ただそれだけだ。

 しかし、こちらもジグザクに動いている。一方で見えている敵は、30万キロ離れている。光の速さでちょうど1秒かかる距離、つまり、見えているのは「1秒前の姿」だ。

 ビームはほぼ光速で進む。だから、ビームが到達するのはさらに1秒後。

 つまり、お互いが動く中、2秒後に敵がどこにいるのかを予測して、引き金を引く。これは、機械では難しい、人間の勘だけが頼りだ。


 4532と名付けられた敵艦を、照準に捉える。だが、こちらも照準に捉えられないようにランダムに動いている。的の中心に、なかなか敵艦が入らない。

 そんなことをしている間に、とうとう両者が射程内に入ったことを知らされる。


『敵艦隊まで30万キロ! 射程内! 砲撃開始!』

『砲撃管制室、撃ちーかた、始め!』

「主砲装填! 撃ちーかた始め!」


 艦長の指示と、砲撃長の復唱とが響く。キィーンという音とともに、主砲にエネルギーが装填される。

 エネルギーゲージがどんどん上がる。9秒でそれは、100パーセントに達する。

 僕は、照準器を覗く。敵艦の動きと、照準の中心を睨む。

 ここだ、と僕はそう思った。

 その瞬間に、引き金を引く。


 ガガーンという、落雷のような音が鳴り響く。青白いビームが、まっすぐその目標のナンバー4532の船めがけて伸びていく。光学照準器の中は、ビームの光で真っ白になる。

 だが、初弾は外れる。光が晴れた瞬間、目標が健在であることを知る。敵艦が思わぬ方向に動いていた。


『外れ! 右7、上3! 次弾装填! 砲撃用意!』


 艦橋から、砲撃結果が伝えられる。前の砲撃長なら、ここで蹴りが飛んできただろう。だが、今度の砲撃長はそんなことはしない。

 練度によるが、通常の砲撃の命中率は3~10パーセントと言われる。だが、せっかく狙い通り当たっても、バリアシステムによって弾き飛ばされることが多い。このため、撃沈率は1パーセントにも満たない。

 そんなことは承知の今の砲撃長は冷静に、次の砲撃を指示する。


「目標そのまま! 新たな指示があるか、相手を撃沈するまで、4532のみを狙え!」

「了解!」


 今度の砲撃長は、指示が明確だ。照準をその4532に合わせる。

 今度こそ、当ててやる。エネルギーゲージがどんどんと上がる。そして、100パーセントになる。

 だが、今撃つと外れる。ジグザク運動で敵に的を絞らせないまま、こっちはタイミングを計る。

 今だ、そう思った僕は、引き金を引く。

 雷音のような音を轟かせて、青白いビームはその4532をめがけて放たれる。

 今度は当たった。ナンバー4532は、光に包まれる。

 だが、直前にバリアを張ったらしい。無傷の4532が現れる。

 砲撃長の指示は変わらない。目標は4532のままだ。

 このまま、砲撃が続けられる。

 これが、5回ほど続いたところだろうか。再び、4532に当たる。

 またバリアで弾かれたかと思ったが、なんとレーダーから4532の文字が消えた。

 僕は悟る。どうやら、撃沈したらしい。跡形もなく消えたその駆逐艦。僕は初めて、戦場で駆逐艦に当てることができた。


「4532、撃沈を確認!」


 砲撃長からも、目標の撃沈を知らせる声が響いた。初めて戦果を挙げることができた。だが、それは同時に、100人もの命をこの宇宙空間から消してしまったことを示す。


 一隻当てたからと言って、浮かれても悲観もしていられない。相手はなにせ1万隻だ。そのうちの、たった一隻を沈めたに過ぎない。


「小艦隊司令部より目標変更指示、ナンバー4534!」


 照準が変わる。再び照準器を睨む僕。照準器の中に、4534という新たな目標が入ってくる。


 と、照準器とにらめっこしている、その時だった。


 また、耳の中で、ピーンという音が響く。

 この砲撃戦の真っ只中に、僕の中の「精霊」が発動した。

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