第54話 新たなる爵位と……
「……いや、駆逐艦0256号艦、進路そのまま、全速前進!あの20隻に向かう!」
僕はすでに、僕の背中にいた。で、目の前の僕は突然、無茶なことを言い出す。
おい、逃げるんじゃないのか!?相手は20席だぞ!まさかと思うが、あれに立ち向かうつもりなのか!?
するとそこに、もう1人の精霊も発動したことを砲撃管制室から知らされる。
『砲撃管制室より艦橋!エーリク少尉、異常行動!』
なんてことだ。2人の精霊が同時に発動!?前回でさえバラバラに発動したのに、今度はいっぺんに動き始めたぞ!
この時点ですでに、ただ事ではない。一体、何が始まるんだ!?
「主砲装填!砲撃戦開始!撃ちーかた始め!」
僕は号令をかけるが、すでに砲撃管制はエーリク少尉に乗っ取られている。こんなことを言わずとも、もう砲撃準備を済ませていることだろう。この号令に、ほとんど意味はない。
実際、号令とほぼ同時に、エーリク少尉の砲撃が始まった。砲撃による雷鳴音が、この艦橋内に響き渡る。
「敵艦1隻、撃沈!」
相変わらず正確だな、精霊の射撃は。だが、残りの19隻がたった1隻に向けて、一斉に砲撃をかけてくる。
「来ます!敵の砲撃!」
だが、僕は特になんの号令もかけない。勝手にエーリク少尉、というか、彼に取り付いた精霊が砲撃をかわしてくれる。そしてその精霊は、2発目を放つ。
「2発目、命中!2隻目の撃沈を確認!」
命中率100パーセント。それでもまだ18隻残っている。単艦で挑むこの艦に向かって、恐ろしい勢いで砲撃の雨を降らせる。
それにしても、僕の中の精霊まで発動する意味なんてあったのだろうか?そう思い始めた矢先、僕の身体が思わぬ指示を出す。
「ワープ準備!」
なんだって、ワープ!?こんなところでか!?
「で、ですが、我々には操艦権がなく……」
「超空間ドライブのみをタイミングを合わせて駆動させよ!今、ワームホール帯に向かっている!」
「……はっ!」
航海科のエックハルト大尉は腑に落ちていないようだが、すでにこいつも事情は察している。そして、ここで逆らっても仕方がないこともよく知っている。なにせ相手は、全方位100万キロの目を持つ精霊だ。素直に言うことを聞いた方が得策だと、すでに熟知している。
と、いうことで、エックハルト大尉はワームホール帯に入り込むための超空間ドライブの起動スイッチを握る。
「ワームホール帯まで、あと3……2……1……ワープ!」
タイミングを合わせて、大尉は超空間ドライブのスイッチを入れる。その瞬間、超空間に飛び込む。
真っ暗闇を進む駆逐艦0256号艦。すぐに通常空間に抜け出す。
抜けた瞬間、いきなり砲撃を加えるエーリク少尉。
抜けた先の状況が把握できていないというのに、いきなり撃つか、精霊よ。レーダー手が遅れてようやく状況を把握し、報告する。
「敵艦隊、残り17隻!現在、敵艦隊の後方、8万キロ!」
ワープアウト直後に、いきなり1隻沈めたのか。この間にも、エーリク少尉は砲撃を加え続ける。敵が回頭し終えるまでに、さらに4隻を沈める。残り13隻。
「ワープ準備!あと5……4……3……2……1……」
で、唐突にカウントダウンを始める僕。エックハルト大尉は、すでに超空間ドライブのレバーを握って待機している。
「ワープ!」
敵の砲撃が到達するや否や、再び超空間に飛び込む我が艦。
これは、あの時と同じ戦い方だな……いや、ちょっと違う。今回はただ1隻で、しかもエーリク少尉の精霊とのコンビネーション・アタックだ。こんな戦い、見たことがない。
通常空間に抜けるや否や、また砲撃を加えるエーリク少尉。にしてもあんな瞬時に、よく敵の位置が分かるものだな、精霊よ。
今度は敵の真上に出た。距離は3万キロ、さっきより近づいている。で、そこでまた5隻を沈め、残り8隻の敵の回頭が終わる前に、再びワープする我が艦。
恐ろしいことだ……まさかと思うが、あれ全部沈めるつもりか!?
おそらく、敵も恐怖に陥っているだろう。まさか1隻相手に、ここまで苦戦するとは思わなかったはずだ。いや、苦戦どころではない。すでに半分以上が沈んでしまった。もはや敵の劣勢は明らかだ。
無双、まさに2人の精霊が織りなす、無双状態だ。複数の精霊相手に、高々20隻が勝てるはずはない。
再び通常空間に出る。今度は敵の左側面、距離は2万キロ。飛び出すと同時に、砲撃を加えるエーリク少尉。ここでもまた5隻を沈める。
残りは、ついに3隻となった。
敵は敗走を始める。得体の知れない駆逐艦から全速で逃げ始める敵艦3隻。だが、まだ戦いは終わらない。
「ワープ準備!3……2……1……」
僕が再び指令する。エックハルト大尉は、レバーを握る。
「ワープ!」
さて……次はどこに出る……なんとなくだが、悪い予感がしている。
暗い超空間を全速でくぐり抜ける駆逐艦0256号艦。まもなく、通常空間に戻る。
そして超空間を抜け、正面に星空が見えてきた。
だがこの時、正面にいたのは、星空だけではない。
「レーダーに感!敵艦3隻捕捉……しょ、正面です!距離、1千キロ!」
ああ、やっぱりだ。こんなところまで、前回と同じだ。すると僕は、こう叫ぶ。
「雷撃開始!撃てっ!」
これも前回と同じだな。敵の真正面に向かって、レールガン発射口から2発の
「ワープ準備!」
ああ、やっぱりまた撃ち逃げするつもりだ。
で、抜けた先は、この戦いの出発地点、すなわち、敵の少数艦隊から20万キロの位置だ。
つまりまだ、敵は射程内にいる。だが、敵にはすでに反撃する力はなかった。直後、
「正面、
猛烈な光と電波を放つ
が、その光が消える前に、僕は僕に戻る。
うーん、さすがにこの無茶振りにも慣れてきたな。無責任な精霊のことだ、どうせ最後までやらずにこうなるだろうと思っていた。前回はいきなり100隻の指揮を丸投げされたが、それに比べたら今回の方がマシだ。
『砲撃管制室より艦橋!エーリク少尉、戻りました!』
ほぼ同時に、エーリク少尉も戻ったようだ。僕は指示を出す。
「
『砲撃管制室、了解!』
あの光は一度光ると、数分間は消えない。その間、強烈な光と雑電波を発し続けるため、周辺では光学観測もレーダーも効かなくなる。が、あの只中に敵艦3隻が巻き込まれたのは多分、間違いない。第一、精霊が外すはずがない。となれば、無事で済むはずがないという確信がある。
徐々に光が消え、レーダーが回復し始めた。
「レーダー感度回復!周囲探索!敵艦……反応、ありません。敵艦隊、消
消滅!」
レーダー手が、唖然とした表情で報告する。僕はその報告に、無言でうなずく。
まあ、実際に消滅できたかどうかはわからない。3隻となると、短距離レーダーでも見逃すことはある。うまく逃亡した可能性はある。
だが、精霊が逃すとは思えない。おそらく、本当に消滅した可能性の方が高いだろう。その報告を受けて、僕は指示を出す。
「転舵、反転!前進いっぱい!作戦終了、これより当艦は帰投する!」
その場で180度回頭する駆逐艦0256号艦。そしてそのまま、もと来たワームホール帯を抜ける。
さてその後、敵の少数艦隊20隻を殲滅した仇討ちで、敵が追いかけてくるかと思っていたが、特に追われることなく、半日ほどで連合側の領域に戻ることができた。
『……そうか、分かった。駆逐艦0256号艦はそのまま帰投せよ。』
「はっ!」
それから1日かけて要塞建設予定地の付近にたどり着くと、僕は恒星間通信を行い、バルナパス中将にこの戦闘結果の一報を入れる。想定外の敵艦との遭遇、戦闘、そして想定外の戦果。さすがのバルナパス中将も、驚いた様子だった。
「まっったく!あんたねぇ、
だが、どう考えてもビームの方が実体弾ではない分、安いだろうな。カーリン中尉が怒るのも分かる。でも、僕があれを撃たせたわけじゃないからなぁ。僕に抗議されても困る。
しかし、僕にとっては根本的な疑問がある。
なぜ、わざわざ20隻相手に、単艦で戦いを挑んだのか?
今回の戦い、いくら考えてもまるで必然性がない。あの20隻は
では一体なぜ、精霊はあの20隻への攻撃を「最良」だと判断したのだろうか?
そんなことを考えているうちに、
で、着いて早々、僕は司令部内に呼び出される。
「きたか。」
「はっ!お呼びでしょうか、閣下!」
長官室に入る僕。そこに、バルナパス中将が座っている。
「まず今回の作戦成功を受けて、貴官を予定通り大佐に昇進することとする。来週にも、辞令を渡すことになっている。もちろん、駆逐艦0256号艦の乗員全員を1階級昇進だ。」
「はっ!ありがとうございます!」
予定調和的な結果がもたらされる。だが、僕が驚いたのは、続くバルナパス中将の言葉だ。
「さて、予定ではこれで終わりだったのだが……もう一つ、予定外の話がある。」
「はっ、何でしょうか?」
「セントバリ王国王室からの通達だ。貴官、いやバーヴァリス準男爵殿に、男爵号を贈る、と。」
「……は!?だ、男爵号、でありますか!?」
一瞬、僕は耳を疑った。まるで想定外のこの申し出に、僕は聞き返す。
「あの……先日僕……いや、小官は、準男爵号を受けたばかりですよ?何かの間違いでは……」
「いや、貴官の戦果を陛下にご報告したところ、すぐにこの話が来た。なんでも、敵地に深く入り込み、たった一隻で20隻もの敵に向かって斬り込みを行った貴官を讃え、準男爵から格上げしたいと申し出てきたのだ。」
「は、はあ……」
「こちらは今週行われる予定の社交界で公表されることになっている。そして来週にでも、前回と同様の式典が行われる。そちらにも備えておけ。以上だ。」
「は、はい……了解、しました……」
男爵。準男爵と違い、今度は正式な貴族扱いだ。僕が貴族に昇格?とても信じられない。
ところで、武勲による貴族号の授与には基準があるらしい。単に武勲を挙げただけでは、貴族にはなれない。
簡単に言えば、大軍を率いる指揮官か、あるいは勇敢に敵の懐に単身で飛び込み正々堂々と戦って勝つ、いわゆる「騎士道」を貫いたかどうか、のいずれかがが必要らしい。これがなければ、名誉ある貴族号を贈るわけにはいかない。それがセントバリ王国の基準だそうだ。
今回は駆逐艦による突撃だが、20隻相手に単艦で、しかも最後は堂々と正面から敵に「斬り込んで」雌雄を決した。前回の戦い振りと合わせて、貴族号の授与に値すると判断されたということだ。
そういえば前回の準男爵号も、単身で敵の工作船に飛び込んだことが讃えられ、授与することになった。あれが騎士道とは、とても思えないが……
いや、待てよ?ということはまさか精霊のやつ、僕を貴族にするために、あんな無茶な戦いをし続けたのか?僕はこの時点で、あの戦いの意味を知る。
しかし、依然として疑問は残る。僕が男爵になると、どう「最良」なんだ?
などとモヤモヤしながら、僕はトボトボと家路につく。まだ夕方のうちに、家に着くことができた。
「ただいま。」
「おう!おかえり!聞いたぞ、今回も武勲をたてたそうじゃないか!」
「おかえりなさいませ、旦那様。そして今回のご活躍、おめでとうございます。」
相変わらず、嬉々淡々と迎えてくれる2人。
「うん、ありがとう。でさ、その武勲が原因で、僕は今度、男爵号をもらうことになったんだ。」
「なんと、すごいではないか!いよいよ男爵か!」
「おめでとうございます、旦那様。なれば是非ともお子を……」
「ああっ、分かった分かった。で、今週開かれる社交界で公表され、来週にもまた授与式があるらしい。」
「そうであるか。なら、領地もその時にいただけるのであるな!」
「えっ……領地?」
「そうであろう。男爵となれば、領地がもらえる。セントバリ王国ほどの国なら、当然であろう。」
「そ、そうなの?でもその領地って、どこなの?」
「そんなこと、分かるわけがなかろう。もっとも、男爵くらいならば小さな村か、僻地だろうと思うが。だが何れにせよ、どこかの領主様となるはずだぞ。」
「はぁ!?そんなものもらっても、維持できないよ……だいたい僕は軍人だよ!?領地経営なんて……」
「まあ、そういうのは代官を立ててやらせておけばいいのだ。大抵の貴族はそうしている。気に病むことはない。」
イーリスから聞かされた衝撃的な事実。男爵という身分は、領地がもらえるものらしい。
だが、いくらなんでも僕なんかに領地が贈られるはずがないだろう。名誉職として頂く地位だ。せいぜい屋敷をもらえるくらいじゃなかろうか。僕はこの時はまだ、そう思っていた。
だが、甘かった。その3日後に行われた社交界で、僕は衝撃的な事実を知る。僕の予想に反して、本当に領地が贈られた。
問題は、その領地の名だ。僕はその名を聞いて、背筋が凍るような衝撃を覚える。
僕の領地となったのは、なんと「イリジアス」だった。
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