第55話 彼の地へ

あれから、2か月が経っていた。

僕は今、イリジアスの地に立つ。

何の前触れもなく自分の領地となってしまったこの地に、僕は今、立っている。


「おい、ランドルフ!先に行ってるぞ!」

「ああ、ちょっと待ってよ、イーリス!」


珍しくイーリスが興奮気味だ。僕は慌てて荷物を持つ。

イーリスを追う僕。だが、ふと立ち止まり、後ろを見る。

そこには、僕の新たな艦、駆逐艦3110号艦がいた。

その横にずらりと並ぶ駆逐艦。全部で10隻、僕の配下となる駆逐艦3101から3109号艦もそこにいる。

そう、僕は大佐となり、10隻の駆逐艦を率いる戦隊長となった。駆逐艦0256号艦を降り、新たに建造されたこの新しい駆逐艦の艦長となる。

そしてその10隻の駆逐艦のベース基地として、僕の領地となったこの「イリジアス」の地が使われることになったのだ。

郊外の山沿いの地、かつて重罪人を幽閉したとされる岩牢があった場所の辺りに10隻分の繋留ドックが建設され、その横には駐屯地が併設される。

そして全部で約1000人の乗員と、その家族もこのイリジアスに移ることとなった。


「よっ!大佐殿、いや、戦隊長殿!」


声をかけてきたのは、エックハルト少佐だ。彼は、駆逐艦3101号艦の艦長となり、ここにやってきた。無論、パウラさんも一緒だ。


「うわぁ、懐かしい……まさかまた、イリジアスで暮らすことになるなんて……」


国が滅び、セントバリ王国の王都に連れてこられて、長らく離れていたこのイリジアスの地に、再び帰ってくることになったパウラさん。感慨もひとしおだろう。


「ランドルフ大佐、いや、領主様と言った方がいいか?よろしく頼む。」

「あ、ツェーザル大佐殿!」


あの駆逐艦7767号艦時代の副長だった、ツェーザル大佐もここに赴任した。この駐屯地の司令を務めることになっている。

もちろん、奥さんのノーラさんも一緒だ。


「ほら、ここがお母さんの故郷、イリジアスなのよ。」

「ふぇ!?」


まだ1歳になったばかりの我が子に、故郷を見せるノーラさん。


「まあ、お姉様、嬉しそうですね。」

「何を言うの、マレーナだって内心嬉しいんでしょう。」

「ええ、そうですね。まさか我が子にイリジアスの地を見せる日が来るとは思いませんでしたから……」


すでに2児の母となっていたマレーナさん。赤毛の2人の子供を連れて歩いてくる。

その横には夫のヴィルマー少佐がいる。ヴィルマー少佐は、駆逐艦3102号艦の艦長を拝命されたばかりだ。


「ふふーん……帰ってきたわ。イリジアスに。これで私も、再び王族として君臨するのよ!」


自信満々な出で立ちで現れたのは、セラフィーナさんだ。


「セラフィーナ、残念ながらこの地を治めているのは、ランドルフ大佐、いや、バーヴァリス男爵様だ。」

「はっ!そうだった!ランドルフ様~!ご機嫌麗しゅう~!」


新たに旦那となったエルマー中尉が横から鋭いツッコミを入れる。それにしてもセラフィーナさん、相変わらず切り替えが早いな。本当にこいつ、元王族か?


「ハーロルト様、こっちですよ!」

「ちょっと待ってよ、ライナ。」

「待ちきれませんわ、ハーロルト様!新しいお住まいは広くなりますし、当然、中には檻が……」

「そんなものないって!なんだってわざわざ故郷に帰ってきたというのに、檻なんて買おうとするんだ!?」


駆逐艦3110号艦の哨戒機パイロット、およびこの駐屯地の航空科を仕切ることになったハーロルト少佐もやってきた。引きこもり気味の奥さん、ライナさんと共に。


「ぐへへ……檻ですって……ハーロルト少佐も相変わらず変態ですねぇ……」

「ほんとだね、レーナ。うへへ……」


その後ろを、メモ帳を片手によだれを垂らしながら追っているフランツ中尉とレーナ中尉。おい、なんでこの2人がここにいる?ああ、そうか、フランツ中尉は駐屯地付きの整備科だったな。レーナ中尉は……いやこいつ、何の役目があるんだ?手元の資料には「書類持ち」って書いてあるぞ?何をするのか、僕にもよくわからん。


他にも10人以上のイリジアスの元貴族令嬢が、夫の赴任に合わせて帰ってきた。その旦那は、駆逐艦勤務か、もしくは駐屯地勤務となる。

もちろん、エーリク中尉とヘルヴィさんもここにきた。エーリク中尉は、僕の乗る駆逐艦3110号艦の砲撃手だ。いずれは精霊持ちの艦長として働いてもらう予定だが、さすがにまだ若い。今、2人で荷物を持って歩いているのが見える。


だが、全ての元貴族がみんなここに戻ってこられたわけではない。ゴットリープ大佐の妻のイリニアさんは、大佐と共に王都サン・ティエンヌに残ったままだし、お気に入りをトラック単位で買うエヴェリーナさんも、伯爵家の側室として王都に残っている。

そしてカーリン大尉も、王都に残った。


旦那さんである鍛冶屋のピエリックさんは王都に住んでいる。当然、カーリン大尉も共に残る。

そのカーリン大尉は昇進と同時に、司令部付きの主計長となった。

そして、僕がここに来る直前、わざわざ挨拶に来た。


「今日でお別れね、ランドルフ大佐。」

「ああ、そうだな。長らくお世話になった。」


そう挨拶すると、カーリン大尉は突然足を揃え、直立、敬礼をする。


「こちらこそ、お世話になりました、大佐殿。」


僕も慌てて返礼する。相変わらず真面目というか、こういう節目はきっちりしないと気が済まない性格だ。するとカーリン大尉はちょっと微笑んで、僕に言った。


「こっちに来ることがあったら、顔だしてちょうだい。ただし、私がいないからってあっちで妙なことしたら、イリジアスまで乗り込んでやるから!いいわね!!」


そう言い残して、カーリン大尉は司令部に戻っていった。最後まで僕は、信頼されてなかったのかな。


故郷に帰り喜ぶ者もいれば、別れもある。大佐昇進と爵位授与後のこの2か月の変化は、劇的なものだった。

そして僕はこの地に、領主兼戦隊長として住むことになる。


ここで僕は、ようやく精霊のやりたかったことを知る。

ああ、そうか、やっぱり精霊はこの地に帰りたかったんだ……


そのおかげで、僕は男爵にさせられて、しかもこの地の領主となるよう仕向けられた。その過程で僕は、随分と無茶なことをさせられたものだな。

そして気づけば、この地を治めるおさとなってしまった。


おっと、いけない。


イーリスはもう行ってしまった。早く追わないと。僕は大急ぎでイーリスと合流し、新しい住処へと向かう。その住処とは、あのイリジアス教会の横の大きなお屋敷だ。

そう、かつてのユングリアス公爵家の屋敷。今日からここが、イリジアスの領主であるバーヴァリス男爵家の屋敷となる。


その屋敷の前に、僕は立つ。しかしだ、こんなに気の小さい男が、こんな大きな屋敷に住んでもよいものなのか?何かの間違いでは。が、そんな身の丈に合わないほどの大きな屋敷の中から、叫び声が聞こえる。


「おい!ランドルフ!さっさと来ないか!部屋を決めるぞ!」

「は?部屋を決める?」

「そうだ!30も部屋があるから、どれが誰の部屋かを予め決めねばならん!早く参れ!」

「30って……まさかイーリス、30個の部屋を2人で割り振るの!?僕は一つで十分だって!」


まったく、何を考えているんだ、イーリスよ。珍しく興奮している。よほどここに帰ってきたことが嬉しいんだな。


マイニさんはせっせと荷物を運んでいる。その横を走り回り、部屋を一つ一つ確認するイーリス。

そして、僕とイーリスは3階の部屋の窓の前に立つ。


「ああ、いい眺めだ。イーリス、海が見えるよ。」

「よく見えるであろう。なにせここは、元々私の部屋であったからな。」

「ええっ!?ここがイーリスの部屋!?」

「そうだ。以前は毎日ここから、海を眺めておったぞ。」

「そうなんだ……」


そこから見えたのは、あの海岸だ。僕が1000年前の光景を見た、あの海岸が見える。


「そういえば、ランドルフよ。」

「なに、イーリス。」

「一つ、重大なことを、そなたに明かさねばならぬ。」

「えっ!?なに!?重大なことって!」


急に意味深なことを言い出すイーリス。


「実はな……できたのだよ。」

「できたって、なにが?」

「決まっておるだろう!娘がだ!」

「はぁ!?娘!?」

「うむ、医者の見立てでは、3か月だそうだ。もう半年もすれば、私は母親になる。」

「ちょ、ちょっとまって!てことはもう、性別検査もしたの!?」

「いや、しておらぬ。だが、間違いない、娘だ!1人目は間違いなく、呪術師シャーマンとなる娘だ!」


妙に自信たっぷりだな。何を根拠に娘だと決めつけているんだろうか?


「で、でも、もしかして、いや、もしかしなくても、僕の子供……ってこと?」

「決まっておるだろう!他に誰がいるんだ!?」

「間違いありません、旦那様!私が全て見届けております!3か月前の夜に行われた夜伽のことも、しかと覚えております!間違いなく、旦那様のお子でございます!」


ああ、そういえばいつもいたね、マイニさん。もう寝床の置物のような感覚だから、すっかり忘れてたよ。


「というわけで、まず娘から産まねばならぬ。だが、これほどの屋敷を構える男爵家。いずれ嫡男も作らねばな。」

「その通りでございます。イーリス様。」

「だが、私一人では荷が重いな……そうだマイニ、やはりそなた、バーヴァリス家の側室にならぬか?」

「イーリス様が望まれるのであれば、このマイニ、いつでも旦那様のお相手をいたします。」

「うむ、そうか。これでこの家も安泰だな。」

「いや、ちょっと待って、イーリスとマイニさん、なんでそういう話に……」

「何を申すか!そもそもこのイリジアスの新しい支配者となったからには、世継ぎのことを心配するのが当然であろう!さもなくばそなた、精霊に消されてしまうぞ!」

「はぁ!?消される!?いや、ちょっと、それは困るって……」

「いえ、イーリス様、むしろ精霊が『最良』と判断されれば、旦那様はわたくしに襲いかかることでしょうから……」

「はぁ!?ちょ、ちょっと待って!いくらなんでもそれは……」


恐ろしいことを言い出すイーリス。心なしか、やる気満々のマイニさん。まったく、僕はこの先、どうなってしまうのだろうか?


あの奴隷市場で、僕はイーリスを買った。思えばそれが、すべての始まりだった。そしてあの時から、気付けばもう4年近くが経つ。精霊に導かれて、いや振り回されて、いつのまにか僕はイリジアスを治める貴族になっていた。これはこれで、僕にとっても「最良」だったといえるのだろうか?

横には銀色の髪、透き通るような白い肌をもち、僕の腕にしがみついて微笑む呪術師シャーマンイーリスがいる。いや、その中にはもう1人いる。

やれやれ、僕の人生、なかなか落ち着かないな。イーリスの言う通り、娘が産まれたらそれはそれでまたひと騒ぎありそうな気がする。で、この男爵家を安泰にするため、嫡男も必要だと言い出すイーリス。


ああ、僕の人生は、この呪術師シャーマンとその精霊に、まだまだ振り回されることになりそうだ。

(完)

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宇宙駆逐艦砲撃手の妻は呪術師(シャーマン) ディープタイピング @deeptype

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