第16話 気がかりな同郷者
ツェーザル少佐殿も、奴隷を買った。
その噂は、あっという間に司令部内に広まった。
なにしろ僕など問題にならないほどの、特大のスキャンダルだ。艦の重責を担う人物で、将来は司令部直属を期待されるほどの人物が、女奴隷を買った。我々の常識からすれば、とんでもない話だ。
「何を考えてるんですか! いくらこの変態中尉の生活がうらやましいからって、少佐殿までそのような非合法な行いに手を出すことはないでしょう!」
なぜか僕を引き連れて、少佐のいる佐官クラスの部屋に乗り込むカーリン少尉。どうして僕を連れて来た上で、その場で僕の悪口を平然と言うかな。頼むから、抗議したいのなら一人で行ってくれ。
だが、ツェーザル少佐は慄然と応える。
「貴官の言うことは、納得できない。私が動かねば、ノーラという一人の女性はずっとあの非合法の街の中の、非人道的な暮らしを強いられていた。その方が正しかったと、貴官は言うのかね!?」
何という正論、そして、何という力技。階級差と結果論で彼女の反論を押し切った。この一言で、カーリン少尉は退かざるを得なくなった。
「ああーっ、もう!」
壁を殴るカーリン少尉。
「ダメだって、壁なんか殴っちゃ。穴でも空いたら、始末書ものだよ?」
と言うと、カーリン少尉は僕を睨む。
「うるさい! あんただって謹慎食らった人間でしょう! 人のこと言えないわよ!」
僕はどうしてこう、下の階級の人間からこうも罵られ放題なのだろうか?イーリスとはごく普通の生活を送っているし、自分の欲望を優先などしていない。罵られる理由などないのだが。
しかも僕は一度、あの艦の乗員全員の命を救ったんだ。精霊のおかげとはいえ、僕がイーリスと出会わなければ、なし得ないことだった。
だけど、そのわりには悪い噂のネタにしかされてないんだよな……僕って、やっぱり不幸?
と、そんなことを考えながら、シミュレータでいつもの砲撃訓練をする。
こう言ってはなんだが、シミュレータでは僕はかなりいい成績だ。いつもトップ3に入る。
そしてこの四半期の間で、我が艦の砲撃科はこの司令部内でもトップの成績を記録した。やはり、砲撃長が変わってから絶好調だ。そんなこともあって、先ほど押しかけた佐官部屋に、今度はシミュレータ結果の優秀者として表彰されるために向かう。
「貴官らの、今後の活躍に期待する!」
と言いながら、駆逐艦7767号艦の砲撃科一同は、ツェーザル少佐から賞状を受け取った。
敬礼して、部屋を退出する。が、その出口で、僕はツェーザル少佐に引き止められた。
「ちょっと個人的な話だが、少し時間をもらっていいか?」
「はい、よろしいですが……」
近くの自販機の置かれた休憩所に向かう。そこで僕は、ツェーザル少佐からある要望を受け取る。
「ノーラさんを、うちのイーリスに引き合わせる、のでありますか?」
「そうだ。おそらく、同郷の者同士。聞けば、ハーロルト中尉のライナさんを引き合わせたそうじゃないか。」
「ええ、でもあれは、ライナさんの引きこもりを相談されたためで……」
「私の方はそれほど深刻な問題があるわけではないのだが、ノーラにイーリスさんやパウラさん、そしてライナさんの話をしたら、ぜひ会いたいと言ってきてな」
「分かりました。同郷の仲間が増えるのはいいことですから、今度の休みにでもぜひ連れて行きます」
まあ、いつかは会わせることになるだろうと思っていたから、さほど驚きはない。だが、イーリスは会うだろうか?
それにしても、皆、同じイリジアス王国の貴族なのに、全然顔見知りではなかった。唯一、ライナさんがイーリスの名を知っていたくらいで、面識はなかったようだ。貴族同士の付き合いって、そういうものなのだろうか?
宿舎に戻る。イーリスがいつも通り、出迎えてくれる。
「ただいま……」
「おう、おかえり。今日も変態呼ばわりされてきたのか!?」
嬉しそうな顔で尋ねるイーリス。いや、だからそれは褒め言葉じゃないって。
「いや、今日は表彰されてきたよ。うちの砲撃科がこの司令部でトップの成績を取れたからね」
「おお、すごいではないか! さすがは精霊が付いているだけのことはあるな!」
「いや、精霊関係ないだろう。僕が操作した結果だし。」
「そうか? 精霊に取り憑かれると、運も増すと言うぞ」
艦内や司令部内で奴隷を買った変態野郎と噂されることが、運が増した結果と言えるのだろうか?そういえば最近、命の危険に晒される機会が多い。精霊がいなければ、2回死んでいた。運がいいのか、悪いのか……
「そうだ。そういえば先日会ったライナさんのことだけど……」
「おお、今日も連れ出したぞ、ライナ。始めはぎゃあぎゃあと喚いておったが、ショッピングモールの食料品売り場で好物のタラを見つけて、喜んで帰っていったな」
「えっ!? 今日も行ったの!? てか、タラが好物って……イリジアス王国って、海産物取れるの?」
「海に面しておるからな、魚料理は多いぞ」
「そのわりには、イーリスが魚を食べたところを見たことがないけど……」
「私は嫌いだ、魚なんて! なにゆえあんな生臭いものを、わざわざ食べなくてはならんのだ!?」
こりゃあ、こちらの魚料理を一度食べさせた方が良さそうだな。そのギャップに驚くことだろう。
「……で、そのライナさんと一緒に、ノーラというツェーザル少佐殿が買ったという話を聞いただろう」
「ああ、そういえば、そんなこと言っておったな」
「で、ツェーザル少佐殿が、イーリス達とそのノーラさんを会わせたいと相談されたんだ」
「ノーラという名前にはちょっと聞き覚えがあるな。やはりイリジアス王国の者なのか?」
「そうらしいよ。ライナさんと同じ出身だと言っていたそうだから、多分間違いない」
「ふーん、そうか」
しばらく考え込むイーリス。妙だな、いつもなら二つ返事でOKを出すのに、今回に限ってはなぜかためらっている。
「なにかあるの? そのノーラという名前の人と」
「いや、面識はない。だが、なんとなくちょっと気がかりな名前だ……」
名前で気がかりかどうかなんて、判断できるんだろうか?
ともかく、次の土曜日に会うことにはなった。他の仲間、パウラさんとライナさんにも、メールを送っていた。
そして、土曜日がやってきた。
ツェーザル少佐は、我々と同じ宿舎にはいない。やや司令部寄りの、佐官以上が暮らす一戸建て住宅街に住んでいた。
2階建てのこじんまりとした家。とはいえ、我々尉官には決して与えられることのない住居。
大抵の佐官は、家族持ちであることが多い。それゆえにそういう制度になっているのだが、ツェーザル少佐は佐官でありながら独身。なのに、2階建て住居で生活。僕はイーリスは2人暮らしで、あの3DKのアパート暮らし。なんという理不尽。
まあ、それはともかく、家の入り口にたどり着き、ベルを鳴らす。
『お、きたな中尉。ちょっと待っててくれ』
ドアホンで応えるツェーザル少佐。そして、玄関を開けて出てくる。
「少佐殿、皆を連れてまいりました」
その場に集まったのは、イーリスと僕、パウラさんとエックハルト中尉、そしてライナさんとハーロルト中尉。人見知りのライナさんがハーロルト中尉にしがみついているのを除けば、ごく普通の夫婦の訪問といった具合だ。
「おーい、ノーラ。イーリスさん達がきてくれたぞ!」
「はーい、ただいままいりますよ! ツェーザル様!」
なんだ、ここも様付けで呼ばせているんだ。奴隷に自分の名を呼び捨てをさせているのは、もしかして僕だけ?
現れたのは、小柄ながらやや活発そうな、赤い髪に白い肌の娘。あれが、ノーラさんか。
「初めまして! ノーラと言います!イリジアス王国出身の21歳でーす!」
話通り、妙に明るいな。本当に奴隷生活を経験していたのだろうか?イーリス達とはかなり対照的だ。
だが、ノーラさんが顔を上げた瞬間、それは起こった。
僕の耳の奥で、ピーンという音が鳴り響いたのだ。
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