第28話 凱旋

そして、1週間後。


帰還した僕らは、王国で英雄扱いされていた。

王都宇宙港を群衆が囲んでおり、我々は熱烈に歓迎される。

考えてみれば、この星の艦隊が結成されて初めての勝利だ。

もっとも、主役はバルナパス少将である。彼の指揮が、勝利を導いた。その前に、僕の中の精霊が敵を見つけたことなど、皆は知る由もない。

この一件で、少将閣下の評価はうなぎ上りだろう。それにまだこの星は、すべての国との間で同盟関係結ばれたわけではない。地球アース853内の統一のために、この勝利が政治的に使われることはまず間違いない。


……にしても、すごい人数だな。宇宙港のロビーからは、外のロータリーを埋め尽くす群衆が見える。

大歓声と共に、多くの民衆が手を振るのが見える。


「王都艦隊、バンザーイ!」

「この歴史的な勝利を、陛下のために!」


こう言ってはなんだが、たかが100隻単位の局地戦に勝利しただけだ。練度の低いこの未熟な艦隊であることを思えば、奇跡的な勝利には違いない。が、宇宙全体から見ればこれは、些細な勝利だ。

それでも、セントバリ王国の貴族でもあるバルナパス少将のもたらした勝利ということもあって、皆、熱狂している。


この王国にとっては、3年半ぶりにもたらされた戦さの勝利ととらえている人が多い。

その3年半前とは、まさにイリジアス王国を滅ぼした時の戦いだ。

おかげで、ニュースなどでは「イリジアス戦役以来の勝利」などと書かれたものが多い。

そう考えると、イーリス達にとってはあまり気分のいい話ではないのではないかと思ったが、そうでもないらしい。


「おう!ランドルフよ!勝利の祝いだ!何か食べて帰ろうぞ!」


この通り、イーリスは無邪気に勝利を喜んでいる。


「いや、イーリス……そんなに浮かれていてもいいの?」

「何を言うか!こういう時しか浮かれられないではないか!実にめでたい!そうだ、せっかくだからステーキにしよう!」

「ちょ、ちょっと!イーリス!」


私の手をグイグイと引いて、宇宙港内のレストランに向かうイーリス。と、その途中で、セラフィーナさんにばったり出会う。


「あれ!?艦長様に、イーリス。何をしてるんですか?」

「なんだ、セラフィーナ様もまだおったのか!」

「外があれじゃあ、私、帰れないでしょう!イリジアス戦役以来の勝利だなんて言ってるから、このまま私が出て行ったら、元王族ってことで血祭りにあげられちゃうかもしれないじゃないの!」


変な心配をするやつだな。別に今回の戦闘はイリジアス王国は関係ないし、いまどき血祭りなんてことはしないし、第一、彼女が王族だったことを知る者はほとんどいない。


「なんだ、そうなのか。ならば、我々と共に勝利の祝賀ステーキを食べに行くか?」

「ステーキって……そんな高いもの、私が食べられるわけないでしょう!」

「それなら、おごってやろうか?」

「えっ!?ステーキを食べさせてくれるの!?」


というわけで、セラフィーナさんも一緒に夕食を食べることになった。


「いやあ、美味しいわ!これもイーリス様のおかげでございますね!」

「何をいうか、セラフィーナ様よ。このランドルフ艦長のおかげだぞ。」

「ああ、ランドルフ艦長様!私に職と食を与えて下さったこと、感謝してます!」


本当にこの元王族は、プライドのかけらもないな。この変わり身は処世術かと思ったが、最近一緒に働いて思うのだが、彼女なりに案外、楽しんでいるのではないだろうか?


「それにしても、こんな分厚い肉を食べたの、いつ以来かなぁ……宮廷での食事で、あの時はまだ陛下もご存命で、母上もいて……」


急に、セラフィーナさんが静かになる。彼女の目には、涙が出ていた。


「うう……私だけ幸せで、いいのかなぁ……他の王族は、女子供も含めて一人残らず殺されたっていうのに……私だけ、こんな美味しいもの食べて……」


いかんな……なにかを思い出させてしまったようだ。目からぼろぼろと涙を流す、セラフィーナさん。

そうだよな。本来なら彼女は、他の王族と共に殺されてるところだった。

聞くところによると、セントバリ王国がイリジアス王国を攻めた時は、たまたま彼女だけが王国外にいて難を逃れたらしい。

だが、その後の逃亡生活は、筆舌に尽くし難いものだったという。付き添っていた従者は、イリジアス王国滅亡の報を聞くや皆逃亡し、一人取り残される。それからというもの、来ていた服や装飾品を売り払ってお金に変えて、それから粗末な服を着て平民のふりをし、物乞いに日雇いをしつつ、各地を転々としたという。そして、この王国に来てからは貧民街で暮らし、そこで地球アース187政府が建てた工場で職を見つけて、イーリスを襲ったあの日まで、せっせと働いていたらしい。

これまで必死に生きてきて忘れかけていた昔のことを、つい思い出してしまったようだ。

だが、イーリスは言う。


「いいのではないか、幸せになっても。」


セラフィーナさんは、反論する。


「ど、どうしてよ!他の王族はみんな殺されちゃったのよ!?私だけこんな思いして、いいわけないじゃない!」

「そんなことはない。誰でもいつかは死ぬ。早いか、遅いかだけだ。他の王族は皆、天国バルハラで待っている。残った我々はこっちで幸せになって、先立った者達への土産話として持っていく。それが、生き残ったものの使命だと思っている。」


ステーキを貪りながら、イーリスはいつもの持論を唱える。


「何言ってんのよ……そんな土産話なんか持っていったところで、どうして天国バルハラにいる陛下や母上が喜ぶと思うのよ……」

「では聞くが、あなた様がこの先、苦しい人生をひたすら歩んだ挙句、つまらない人生を送りましたと天国バルハラで語る方が、陛下や母上様は喜ぶと思うか?」

「いや、それはないでしょう……きっと嘆き悲しむと思うわ。」

「ならば、その逆をすることは正解ではないか。今は目の前のステーキを味わう。それを、幸せに感じる。その方が、天国バルハラにいる王族一同は喜ぶ。いいことづくめではないか。こんなところで、何をめそめそ泣く必要があろうか?」


なんだかうまく丸め込まれているような気がするが、確かにイーリスの言う通りだろう。ここで過去を悔やんでも、何も変わらない。


「うん……分かったわ。そうよね、せっかく生き延びたんだから、楽しく生きなきゃね。」


イーリスの屁理屈に納得してしまったセラフィーナさん。ちょっと無理がある説得だったが、当人は前向きになれた。決して悪いことではないだろう。


「ところで、ずっと気になってるんだけど、なんだってあんた、いつもそう上から目線な喋り方なのよ!私は王族なのよ!なんなのよ、もう!」

「何を言うか。セラフィーナ様は今、我が主人あるじ下僕しもべ。悪いが、私の方が立場は上だぞ。」

「くぅーっ!いちいち腹立つことを言うわね!いいわよ!こうなったら私は艦長のその上の、司令官の妻になるんだから!」

「すでに司令官のバルナパス少将閣下には、3人の妻がいるそうだぞ。4人目を目指すのか?」

「うう……それはさすがに嫌ね……じゃあ、司令官と艦長の間くらいの身分の人を探すわ!」

「そのいきだ。せいぜい頑張れ、セラフィーナ様よ。」


なんだ、艦長と司令官の間って……うーん、司令部付の幕僚長辺りかな。でも、未婚の幕僚長なんていたっけ?それはともかく、いきり立つセラフィーナさんを挑発するイーリス。こいつ、わざとやってるな。


せせら笑うイーリスに、意地になって騒ぐセラフィーナさん。元々の立場を思えば、随分と歪んだ関係だが、これはこれでいいのかな。少なくとも、セラフィーナさんは、明日も元気に生きる目的を得たようである。

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