宇宙駆逐艦砲撃手の妻は呪術師(シャーマン)
ディープタイピング
第1話 呪術師との出会い
この
僕がここに赴任して3年で、もう6回も大規模な艦隊戦が行われている。
今回も、我々はこの宙域を守りきった。だが、連盟の奴らも諦めない。きっとまた、やってくる。
味方も損害が出た。今度の戦いでも、1万隻中、42隻が失われた。0.4パーセント。数字上は些細であっても、そこには約4200人もの人命が失われた事を示している。家族を持つ人も、当然いることだろう。
だが、僕は今回もこうして生き残った。
これは決して、偶然ではない。
僕は
この星、
地政学的に、この星は場所が悪い。12光年離れた場所にある小型のブラックホールのそばに、ワープ航法に必要なたくさんのワームホール帯が集中しているため、いわば宇宙の大交差点となっている。おかげで、連合と連盟の2大勢力が頻繁に衝突している。
で、3年ほど前、この紛争星域のそばにある、この星が発見された。
まさにこのブラックホール紛争星域の橋頭堡ともいうべき場所にあるこの星を巡り、連盟軍の奴らはますます攻勢を強めてくる。
今回も、1時間ほど一個艦隊同士の戦闘を行ったのち、去っていった。
だが、今回は本当に危なかった。
僕のあれがなければ、多分「43隻目の撃沈艦」になっていたはずだ。
「いやあ、今回も助かった」
だが、これは僕の力ではない。
その力を与えてくれた人の待つ住まいに、僕はたどり着く。
「ただいま」
「おかえり、ランドルフ」
「はあ、疲れたよ……でも今回も、イーリスのおかげで助かった」
「そうか。また発動したのか。そなた、相変わらず、運がいいのか悪いのか分からぬな」
彼女の名はイーリス。22歳。僕の妻だ。
「じゃあ、すぐにやるぞ!」
「えっ!? 帰って早々に、やるの!?」
「当然だ、この後すぐに、何か起きてもいけない」
「そ、そうだね……じゃあ、お願いするよ」
銀色の髪に、すらりとした身体の彼女は、僕のすぐ前に立つ。そして、両手で僕を顔を抱き寄せる。
真っ白な肌の彼女の顔が、迫ってくる。僕の顔のそばで、つぶやき始める。
「デア シュピリッチ……アイザ ルガゼット マヌ エラ……」
呪文を唱える彼女。そして僕の顔を引き寄せ、ゆっくりとキスをする。
「……終わった。これで、いつ危機が迫っても大丈夫だ」
「あ、ありがとう、イーリス」
僕も彼女をぎゅっと抱き寄せる。クールで白い顔の肌が、ほんのりと赤くなる。
「ゴハンを食べるぞ。もう用意してある」
「うん、そうだね……でも、もうちょっと……」
お互い、抱きついたままなかなか離れようとしない。僕にとっては、いつまでも抱きしめていたいくらい可愛い妻だ。彼女はまさに、僕の天使だ。
いや、正確に言えば、彼女は
彼女との出会いは、2年半前のこと。
その時、彼女は「奴隷」だった。
◇
話は、2年半前に遡る。
あの頃、僕は気の弱い砲撃手だった。いや、気が弱いのは今でも変わらないが、あの時は今以上に気を強く持てなかった。
というのも、上司である砲撃長が、とんでもないパワハラ上司だったからだ。
「貴様がぼさっとしとるから当たらんのだ!! もっと気合を入れんか!!」
駆逐艦内の砲撃管制室は、砲撃手が2人座り、そのすぐ上に砲撃長の座席がある。その後ろには、バリア展開要員がいる。これは、地上のシミュレータでも同じだ。
このため、砲撃が当たらないと、その度に上にいる砲撃長が怒鳴り散らし、時折足で僕の頭を蹴飛ばしてくる。蹴られれば痛いし、何よりも屈辱的だ。
そんな日々を過ごしていて、心が荒(すさ)んでいた頃だった。
その日も砲撃訓練を終えて、宇宙港内に出来たばかりの司令部の建物を出て、宿舎である高層アパートに向かって歩いていた。
が、ふと足を止める。そのまま僕は、宇宙港に併設されたこの街の外に向かって歩き始めた。
今日は17回も頭を蹴られた。艦長も砲撃手への暴力をやめるよう散々忠告はしてくれているが、あの砲撃長は全くやめる気がない。
軍を辞めて、自分の星に帰りたい……だけど、今辞めたら、免除されている軍大学の学費を払わなきゃならない。全額免除まで、あと最低2年は軍人でいないといけない。
だが、あの砲撃長の下でもう2年も続くだろうか?気弱な僕は、とても持ちそうにない。
そんな時、僕はふとある話を思い出す。僕の乗る駆逐艦の乗員の1人が、この街の隣にあるセントバリ王国の王都サン・ティエンヌの街の中央に、いい店があると言っていた。
といっても、それは奴隷市場のことなのだが、そこで気に入った女性を買い、宿舎に連れ帰ったという話を、その乗員がしていたのを思い出したのだ。
しかし、なんだかとても気がひける。非人道的過ぎる。人が人を買うなんて、何という卑劣な行為だ。気弱な僕はそう考えて、特にこの時は、興味も持たなかった。
だが、今日はなんだかいつも以上にむしゃくしゃしている。何か、はけ口を求めたくなったというか、そういう気分だ。このため、僕の足は思わずその奴隷市場に向いてしまったのだ。
王都に入る。平民街を抜けると、見るからに治安の悪そうな場所に出た。
奴隷市場というのは、この王国でも非合法な存在だ。だがそこは、その非合法なものであふれる街。周囲からは「沼」と呼ばれている。
目印である2本の木のポールの間を通ると、そこから先は「沼」の街だ。こころなしか、ねっとりとした異様な空気に変わる。確かにここはまるで「沼」のようだ。周りを見ると、麻薬売り、犯罪請負い、売春宿、入れ墨屋もある。普段の僕なら、絶対に来ることなどない場所だ。
その奥に、ひときわ大きな店が見えてくる。あれが、奴隷市場だ。
すでに夕方。薄暗い「沼」の街で、周囲で最も大きなこのお店。たくさんの人がいてもおかしくないほど目立つ店だというのに、静かすぎる。それがまた不気味な雰囲気を醸し出している。
や……やっぱり帰ろう。そう思った時、中から店主らしき人物が出てきた。
「いらっしゃい! あんた、あっちの街の人でっしゃろ?」
宇宙港の方を指差しながら、僕に話しかけてくる店主。
「は、はい、そうですが……」
「あっちのお客さんも多いんですよ。どうです? せっかくですから、見ていかれます?」
まるで、こちらの心を見透かしているようだ。まあ……見るだけならいいか。僕は思わず、その店主の誘いに乗ってしまう。
中には、檻に入れられた人がたくさんいる。2段に積まれた檻に入っているのは、全て女性。聞いた話では、かつてこの王国が戦争を仕掛けて滅ぼした国から連れてこられた娘や、貴族の隠し子、そして金に困って売られた娘など、いろいろな事情で集められた娘たちのようだ。
買い手は、かつて貴族が多かったようだが、最近はどうやら
たくさんの娘がいる。15、6歳から20歳前後の娘まで、いろいろだ。
積極的に微笑んで誘う娘、目を合わせずじっと床を見ている娘など、まさに人が「商品」として売られている場所だ。
しばらく巡っていたが、その店の奥で僕は、1人の女性に目が止まる。
銀色の髪、真っ白な肌、すらりとした身体をした、妖艶で不可思議な雰囲気の女性。
これが今の僕の妻、イーリスとの出会いだった。
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