第2話 呪術
「おお! お客さんもお目が高い! この娘が気になりますか?」
「あ、ああ」
「この娘は去年、我がセントバリ王国が北方のある王国を滅ぼした際に連れてこられた、元貴族の娘ですよ。ご覧の通り、気品がよろしいでっしゃろ?」
「でも、他の王国出身ということは、言葉が通じるのか?」
「正直いうと、まだちょっと片言ですな。でもまあ、奴隷相手に多少言葉など通じなくても問題ないでしょう! どうです!? 3000ユニバーサルドルでいかがです!?」
どうやら、この市場の中では最も高額な奴隷なようだ。結構なお値段だが、何故だろうか、何か引き寄せられるものを感じるた僕は、彼女を買うことに決めた。
無趣味なおかげで、貯金だけはたくさんある。3000ドルなんて安いものだ。そんなことを考えて、つい電子マネーで支払ってしまった。
が、よく聞けば、手や首に付けられた枷の鍵や服は別売りだった。結局、全部で3500ドル払わせられる。
「はい、確かに頂戴いたしました。これは彼女につけられた枷の鍵です。先に渡しておきましょう」
そう言って、鍵を渡される。
「さて、品をよーく見定めて下さい!」
「えっ!? さ、定めるって、何を!?」
この店主、なんと彼女の服をばさっと脱がせ始めた。
この服は、前の紐を緩めれば、簡単に左右に開いてしまう。しかも服の下は、下着も何もない。彼女の皮膚を隠すのは、首輪と手枷だけ。他は全て丸出しだ。
「どないです? 綺麗なもんでしょ!」
「わ、分かったから! ちゃんと服を着せて!」
そういうと店主はささっと服を被せる。たった一箇所だけ止められた紐。それをほどき前を開けば、すぐに中身がおがめるとか、なんていい加減な服だ。
「おおきに! また来てください!」
いや、もう二度と来ないぞ、こんな店。僕は彼女の手を引いて、店を出た。
だが、見るだけのつもりが、思わず買ってしまった。僕は人を、買ってしまったのだ。
「沼」を出た辺りから、僕にだんだんと罪悪感が沸き起こる。
気づけば、手枷に首輪の付いたままの彼女を引っ張っていた。誰がどう見ても、奴隷を買ってきました、という姿だ。これはまずい。
立ち止まって、彼女を見る。やはり、不安そうな顔でこちらを見ている。
僕はそれを見て、持っていた鍵で手と首の枷を外す。そして、その場で投げ捨てる。
ああ、なんてことしたんだ……いくら機嫌が悪かったからと言って、明らかに非合法なことをしてしまった。拘束具を取り払ったあと、僕は彼女に言う。
「あの、もし行きたいところや、逃げたい場所があれば、逃げてもいい。僕は追わない」
だが、彼女は応える。
「私の国は、滅んだ。帰るとこなんて、ない」
片言と言っていたが、思ったより言葉は通じるようだ。そういえばあの店主、彼女の国は滅んだと言っていた。帰る場所など、あろうはずがないか。
「じゃあ、どうする? 僕に付いてくるかい?」
首を縦に降る彼女。そこで声をかけようとしたが、そういえば、名前を聞いてないことを思い出す。
「あの、君、なんて呼べばいいのかな?」
「イーリス、私の名は、イーリス」
「僕はランドルフ。ええと、仕方がないから、僕の家に連れて行こう。それでいいかい?」
また首を縦に降る彼女。そこで僕はスマホを取り出し、検索してみた。
あの宇宙港の街は、治外法権の街。基本的に
だが、どうにかして住まわせる方法があるはずだ。たしか、そういう方法があると、例の奴隷を買ったという乗員が言っていた。ネットで調べると、2通りの方法があることがわかった。
一つは、職業紹介所で登録して、住込みの使用人になってもらうこと。
だが、困ったことに、この時間はもう紹介所が閉まっている。その手は、使えない。
もう一つの方法は、夫婦になること。この星の人であっても、
こっちの方法なら、街の出入り口ですぐにできる。しかし、勢いに任せて買ってきた奴隷といきなり結婚? いいのか、そんなことして?
「あの……僕の家に住むためには、入籍しなきゃいけないらしいんだけど……どうする?」
「ニュウセキ……?」
「つまり、夫婦になるってことだ」
すると、彼女は首を縦に降る。
「ちょ、ちょっと待って!?まだ出会って30分しか経っていない男と夫婦だなんて、本当にいいのか!?」
「いい……私はすでに、
「いや、しかし……」
「ここに置いて行かれる方が、困る」
正論で返された。確かに、選択の余地はないようだ。
そこで僕はイーリスを連れて、街の入り口にある事務所に入る。そこで入籍の手続きをする。
入籍自体は簡単なものだ。書類一枚を書けばいい。その書類も、僕の持っている軍籍証を当てるだけで大半が書きあがってしまった。あとは、彼女の名前を書くだけだ。
明らかにここの事務員にはバレているだろうな。彼女を、奴隷市場から買ってきたことは。
なにせ、見るからに粗末な服装、靴もなく裸足。誰がどう見たって、貧民か奴隷だ。そんな人間といきなり入籍だなんて、どう考えても勘ぐられているに違いない。だが、事務員は特に何も言わずに処理してくれた。
そして、彼女に入門証が渡される。この街で居住可能な、入門証だ。
この瞬間、僕は突然、図らずも既婚者になってしまった。
もっとも、勢いに任せてやってしまった結婚だ。実感もなく、罪悪感しか残らない。
とりあえず、彼女のこのみすぼらしい身なりを何とかしよう。僕は彼女を連れて、ショッピングモールに向かう。
彼女は、ショッピングモールに入るや、きょろきょろと辺りを見回す。すっかり夜だというのに、真っ昼間のように明るいこの場所を見て、驚いているようだ。
「まず、手近な店で服を買おう。その格好でここを歩くのは、いくらなんでもまずい」
すぐに吹き飛びそうな薄っぺらい奴隷服に裸足。しかも下着を着ていない。さすがにここでは、この姿は目立ちすぎる。入り口付近にある大きな服屋に飛び込んで、店員さんに頼んですぐに適当な服を見繕ってもらい、その場で着せてもらう。
厚手のシャツに、ジーンズ。他にも何着かの私服と寝間着、それに下着と靴もいくつか買う。
これでしめて150ユニバーサルドル。ちょっと待て、さっきの奴隷市場では、鍵が200ドル、服が300ドルと言われたぞ。半額で、あの服よりもずっとマシな服が何着も揃った。しかも、下着と靴も付いている。よく考えたら、なんて高い服なんだ、この奴隷服は。いいようにぼったくられたな。くそっ。今さらながら、悔しくなる。
何とか服を買い込んだら、イーリスが僕に言った。
「
「なんだい、イーリス」
「ゴハン、食べたい」
……そうだった、衣食住のうち、食のことを忘れていた。
というわけで、4階にあるフードコートへと行く。
そこにはたくさんのお店が並ぶ。が、僕は手早く済ませるために、ファーストフードの店に向かった。
「いらっしゃいませ! こちらでお召し上がりですか?」
「はい。チーズバーガーセット2つ。飲み物は、どちらもオレンジジュースで」
「かしこまりました! オーダー入りまーす!」
2人合わせて高々12ドルの買い物だというのに、さっきの奴隷市場の店主よりも丁寧な接客を受ける。頼んだハンバーガーのセットが2つ、すぐに出てくる。
空いているテーブルに座り、彼女を座らせる。イーリスにとっては見たことのない食べ物のようで、僕に尋ねてくる。
「これは……なんだ?」
「ああ、これはハンバーガーと言うんだ」
「……どうやって、食べる?」
「簡単だよ。ただこうやって、かじりつけばいい」
僕がやってみせると、彼女も同じようにそのハンバーガーに食いついた。
ひとくち口にしただけで、顔の表情がぱぁぁっと変わるのが分かる。よほど美味しかったようで、さっきま暗く不安げな顔をしていたのに、今は少し笑みを浮かべながら、頬を赤く染めている。そして、あっという間にそのハンバーガーを食べてしまう。ポテトも食べ尽くし、慣れないストローでジュースを吸っている。
しかし、こうしてみるとこの娘、可愛いな。奴隷市場での生活が長かったのか無口で無愛想だが、ストローと格闘するその一生懸命な姿は、どこか愛嬌がある。
でも、つい30分前に、僕らは夫婦になってしまったんだよな。勢いとはいえ、非合法な奴隷市場で彼女を買ってしまい、おまけに書類上は自分の妻にしてしまった。しかし、まだ出会って1時間しか経っていないから、夫婦だと言われても実感がない。罪悪感の方が、はるかに多い。
食事が終わると、彼女はジーッとこちらを見ている。そして、少し微笑みながら口を開く。
「願いが叶った」
突然、こんなことを言い出すイーリス。僕は尋ねる。
「あの……イーリスさん?何を突然……」
「いい
自分では、あまりいい
すると彼女は立ち上がる。そして僕にも立つように言う。
「私の前に、立って。儀式をしたい」
「儀式?何をするの?」
「私は
なんだか、おかしなことを言い出したぞ?
まあ、なんだかよくわからないが、かつて食べたことのない食べ物を食べられて、嬉しいのだろう。
すると、彼女は何かを唱え始めた。
「デア シュピリッチ……アイザ ルガゼット マヌ エラ……」
な、なんだ?なんて言ってるんだ?意味のわからない呪文を唱え始める。
そして僕の頬を両手で持ち、顔を引き寄せた。そのまま僕の口に、キスをした。
このフードコートには、たくさんの人が食事をしている。こんなところで、いきなり始まったキス。周りの人達は、このハプニングを唖然とした顔で見ている。
ゆっくりと顔を離すイーリス。うっとりとした顔で、僕の方を見ている。そして、イーリスは僕に言った。
「この
自信満々に言う彼女だが、その
だが、彼女なりに僕への気遣いをしてくれたのだ。この気持ちを、無碍にするわけにはいかない。僕は応える。
「あ、ありがとう。いやあ、心強いよ。あ、そうだ! そういえば、イーリスのための日用品も揃えないといけないよね!下に行って、買い物をしようか?」
「うん、
彼女は手を握りたがったので、僕も手を握る。ああ、まるで本当の夫婦のようだ。いや、そういえばすでに夫婦だった。しかし、出会ってまだ1時間と45分。だが、すっかり彼女は、僕にべったりだ。
に、してもだ。僕はどうしてこんなに好かれたのだろう?まだ出会って2時間も経っていない。やったことといえば、拘束を取って、服を買ってハンバーガーをあげただけだ。大衆の面前でキスをするほどの何かを、僕は彼女にしたのだろうか?
まあ、食事はこの星の人から見ればファーストフードでもとてつもなく高級な食べ物に見えるらしい。
なにせここは文化レベル2の星。いわゆる中世と呼ばれるレベルの星だ。一般人が食べられるものといえば、固いパンに臭みの強い肉ぐらいがせいぜいだ。香辛料なんて高価で、とても買えない。平民ですらそうだ。ましてや奴隷だった彼女の食事なんて、さっき食べたチーズバーガーと比べたら天地の差だろう。
きっと彼女は、あの食事を見て僕が金持ちか何かだと思ったのだろうな。まあ、実際にはさほど金持ちではないけれど。でも、こうなったらできるだけ、彼女を大事にしてあげよう。そう思っていた。
にしても、気になるのはあの呪文だ。そういえば、あれを
そんなことを考えながらも日用品を買い揃え、ようやく宿舎に戻る。そういえばあの部屋で、彼女と一緒に暮らすんだった。出会ってまだ3時間も経たない彼女と、一つ屋根の下の生活が待っている。
が、ここで予想外のことが起きる。
エレベーターに乗ろうとした時、後ろからある男が声をかけてきた。
「おい、中尉! なにこんなところに、女を連れていやがる!?」
振り向くと、それはあの砲撃長だった。僕は敬礼し、応える。
「あの、プライベートなことなので……」
そう言うとこの砲撃長は、突然キレ始めた。
「なんだと! 上官に向かって、言えねえことがあるってえのか!」
どうやら砲撃長は、酒に酔っているようだ。ただでさえ気が短いのに、酔っ払っていて手がつけられない。この一言を聞いて突然、蹴りが飛んでくる。やばい。こんなところでもパワハラか!?僕は身構える。
が、その時、イーリスが前に出た。そして、僕の代わりにその蹴りをもろに受けてしまう。そのまま、エレベーターの前に倒れこむイーリス。
と、その時だ。
僕の耳の奥で、ピーンという音がする。
これが、彼女の「力」の発動を知らせる合図を聞いた、初めての瞬間だった。
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