第3話 謹慎
「何てことするんですか! 砲撃長!」
……あれ?なんだ?僕が上官に向かって、叫んでるぞ。
「なんだ貴様! 文句あるのか!!」
砲撃長も怒鳴ってきた。そして、僕に向かって殴りかかってくる。
だが、それを巧みに避けて、砲撃長の顔めがけて1発殴る。
逆上した砲撃長が、再び蹴りを入れてきた。足元を蹴られて、僕はその場で倒れる。
「何てことするんだ! くそっ!」
だが、僕は叫びながら立ち上がり、砲撃長の胸ぐらを掴む。そしてまた殴る。
……という光景を、なぜか少し離れたところから見ているもう1人の自分が、ここにいる。
目の前でのこの喧嘩は、明らかに砲撃長と僕の喧嘩だ。だが、そこにいる僕の行動には、僕の意思がまったく反映されていない。しかしなぜか僕は逆上して、砲撃長に喧嘩を挑んでいる。
どう言うことだ? 幽体離脱か? でもあの身体は、明らかに意志を持って動いている。
でもなぜ、僕の身体が、僕の言うことを聞かない?
僕はなぜ、こんなところからこの2人の喧嘩を眺めていられるのか?
考えれば考えるほど、混乱してくる。
普段の僕ならば、多分あの場では叫び返すようなことはせず、黙ってやり過ごすだろう。たとえイーリスに暴力が振るわれたとしてもだ。上官に向かって、そんなことを言い返す勇気は、僕にはない。
なのに、僕は今、逆上して砲撃長を罵りながら殴っている。相手も本気で殴りかかってくる。
それを、まるでテレビドラマの一場面のように観ている自分が、ここにいる。
どうなっているのか?
この騒ぎを聞きつけて、すぐに数人の士官らが現れた。そして、この2人を制止する。
2人が取り押さえられ、喧嘩がおさまったところで、僕は「僕」に戻った。
目の前には、取り押さえられた砲撃長が見える。身体中に砲撃長から殴られたところが痛み始めた。
「あ……れ……?」
気づけば、僕も3人の士官に抑えられている。そりゃそうだ。さっきまで、あれほど暴れていた。だが、最初から終始冷静だった自分が取り押さえられていることに、違和感を感じる。
砲撃長も3人がかりで抑えられている。だが、あっちまだ逆上したままだ。口汚く、こちらを罵って、まだ暴れている。
それを見て、体の力が抜ける。顔が青ざめる。しまった……なんてことだ、僕は上官を、殴ってしまった。
いや、それ以上に心配なことがある。
イーリスだ。さっき砲撃長に蹴られて、その場で倒れているはずだ。
「あの! 誰か、イーリスを!」
「えっ!? イーリス?」
「そばに女性が倒れてるでしょう! 助けてやって下さい!」
「あ、ああ、分かった!」
突然、冷静に喋り出した僕に、そばにいた他の士官が応えてくれた。
その士官が、イーリスを抱き起こしてくれた。その士官は、何かをイーリスに尋ねている。
イーリスは、砲撃長を指差して、何かを話している。多分、あの砲撃長に蹴られたと話しているのだろう。
その後、僕と砲撃長、それにイーリスの3人は、司令部に連行された。そこで僕は狭い部屋に連れて行かれ、尋問を受ける。
まさか勝手に自分の身体が暴れ始めたなどと言っても、信じてはもらえないだろう。僕は、入籍したばかりのイーリスを砲撃長に蹴られて、逆上したとだけ応えた。まあ、あの場はそう説明するのが正しいだろう。
で、1時間後にやっと解放される。僕はその場で、7日間の謹慎を言い渡される。
まあ、謹慎と言っても、この街の中は歩ける。門の外は出られない。要するに、最低限の外出ならばOKだと言われたが、なるべく部屋にこもっているよう言われる。
上官を殴ったわりには、軽い処分で済んだ。だが、処分は処分だ。変な前歴を作ってしまった……今さら、気に病んで仕方がない。
廊下に出ると、通路の椅子でイーリスが待っていてくれた。僕は、イーリスの横に座る。
「イーリス! 大丈夫か!? 痛くない?怪我してないか!?」
「大丈夫、問題ない。」
短く応えるイーリス。だが、イーリスは微笑みながら言う。
「
僕はギョッとする。確かにあの時、ピーンという音がした。その瞬間から、僕はおかしくなった。でもなぜそれを、彼女は知っているのか?
「ああ、確かにピーンという音が鳴って、それから身体が勝手に……」
「あれが、私の呪術。危機が迫った時、守りの精霊が、発動する。」
「ええ~っ!? じゃああの時、暴れたのはやっぱり僕じゃないの!?」
「そうだ。あれは精霊の力。精霊はあの場で、最良の選択をする。だから精霊は、ランドルフを暴れさせた。」
「いや、最良って……7日間の謹慎処分を受けたよ。とても最良とは思えないけどなぁ……」
「そんなことはない。今に、分かる。」
謹慎処分を食らうのが、最良の結果だって?そんな馬鹿げた話があるものか。
しかし、確かに彼女の言う通り、あの時は自分が自分でなかった。砲撃長から殴られても、あの時だけはまったく痛みを感じなかった。
別の誰かが入り込んで、僕の身体を操っていた。そう表現するのがふさわしい。それが彼女の言う「精霊」なのだろう。
笑みを浮かべるイーリス。このとき彼女に少し、恐怖を感じる。しかも彼女は、こんなことを言い始める。
「
「あの、呪術って……もしかして、あの時の!?」
「ゴハン食べた後、かけた
「でも、それほどの力があるのに、イーリスの国は滅んじゃったのか?」
「王は民をかえりみなかった。だから、最良の結果として、滅びが訪れた。私も捕まり、奴隷として売られた。」
「それって、本当に最良の結果なの?」
「悪い事実が、悪い結果とは限らない。国が滅んで私は奴隷となり、ランドルフに出会えた。これがきっと、最良の結果なのだ。」
まるで人生の終わりまで見透かしたような話し方をする彼女。だが、不思議と彼女から恐怖を感じなくなった。僕と出会えたことを、最良と評してくれたからだろう。
といっても、そんなにいい
今日買った服や日用品を持って、椅子から立ち上がる。司令部を去ろうとした時に、声をかけられた。
「ランドルフ中尉。一応、貴官にも、あの砲撃長の処分を伝えておく。」
ああ、そうだ。私と一緒に暴れた砲撃長にも、当然処分があるはずだ。私はその士官の言葉を聞く。
「砲撃長は、本日付で除籍となった。明日にでも
それを聞いて、私は思わず尋ねる。
「あ、あの! なんで僕が7日間の謹慎で、砲撃長が除籍になるんですか!?」
「あの砲撃長は、軍人でありながら、民間人に暴力を振るった。貴官はその民間人を救おうとして、正当防衛行為に及んだ。それが理由だ。」
そう述べると、士官は私に敬礼する。私も、返礼して応える。そのままその士官は、建物の中に戻っていった。
最良の結果。そう、言われてみれば、これは最良の結果だ。あのパワハラ砲撃長と
それに比べたら、7日間の謹慎などなんてことない。謹慎が明ければ、別の砲撃長の元で働くことになるが、あれほど酷い上司には、なかなか巡り会えないだろう。
いや、この7日間の謹慎にも、何か意味を感じる。
この街で暮らすことになったイーリスに、ここでの生活方法を教えてあげないといけない。そう考えると、僕の7日間の謹慎はちょうどいい機会かもしれない。
僕の顔を、微笑みながら見つめるイーリス。そして、手を握って歩き出した。
2人で再び、宿舎へと向かった。
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