第49話 雌雄

一体何が、始まるのか?


正面の敵は、混乱に陥って後退中だ。さっきに比べたら今の我が艦は、別に危機でもなんでもない。なのになぜ、このタイミングで精霊が発動する?

こんなことは初めてだ。それとも、見えない危険でも迫っているのか?

いつものように、僕の目の前に、僕がいる。その僕は突然、通信士に向かって叫ぶ。


「司令部に打電!」

「はっ!」

「『駆逐艦0256号艦艦長、ランドルフ少佐より意見具申!駆逐艦0171号艦から0270号艦までの100隻の指揮権を一時頂きたい!宛て、パルナパス中将閣下。発、駆逐艦0256号艦、ランドルフ少佐!』、以上だ!」

「はぁ?」


それを聞いた通信士が、唖然としている。それを言ってる本人も、その後ろで唖然としている。おい、何を言っているんだ僕は。100隻の艦の指揮権を譲れだって?そりゃ、いくらなんでも無茶苦茶だ。

だが、すぐに返答がくる。なんと、バルナパス中将の回答は「イエス」だった。突然、この艦を含む100隻に、次のような命令が下る。


「司令部より入電!『バルナパス中将閣下より緊急通達!現時刻を持って、解除命令が出るまで一時的に、駆逐艦0171号艦から0270号艦まで、0256号艦艦長ランドルフ少佐の指揮下に入れ!』、以上です!」


ああ、なんてことだ。おい精霊よ、おまえやることがどんどんエスカレートしてないか?というか、バルナパス中将もこんな無茶な意見具申に、よく許可出す気になったな。

でも少佐って、ギリギリ艦長になれる階級だぞ。。しかも僕は新米艦長だ。そんな階級の者が、本来なら准将以上にしか認められていない100隻の艦隊を指揮権を委譲されるなど、大胆にもほどがある。


「指揮下にある艦艇100隻に告ぐ!全艦後退せよ!」


僕が通信機を握り、100隻に向けて号令を発している。だがおそらく、他の艦長は不満だろう。いきなり30歳にも満たない少佐クラスの艦長の指揮下に入れと言われて、納得するはずがない。だが、軍の命令は絶対だ。おそらく渋々、僕の命令に従う100隻の艦長。

幸いなことに、正面にいる100隻の敵は混乱により後退している。ここで100隻くらい抜けても問題はない。だが、むしろ指揮下に入った100隻としては、まさに敗走するこの100隻を追撃し、武勲を挙げたいところだろう。そんな千載一遇のチャンスを、僕の後退命令は奪い取ってしまった。不満がなかろうはずがない。

だが僕は、というか精霊は、そんなことには構わず100隻を後退させる。

戦闘宙域から2万キロ後退したところで、転進を命じる僕。


「全艦、4時方向に転舵、前進せよ!」


目的も言わず、ただ移動を命じる僕。だが僕自身、何をするのか分かっていない。何をするつもりだ、この精霊は。


それから10分の間、戦闘のない静かな空間を航行する。すぐ後ろでは、10万隻の艦艇の撃ち合いが続いている。青白い無数のビームが、真っ暗な宇宙を照らしている。その光を横目に、ただ前進を続ける。


そして精霊のやつ、またおかしなことを言い出す。


「全艦、超空間ドライブ起動!ワープ準備!ワープ直後、直ちに砲撃を開始する!全艦、砲撃戦用意!」


だが、この唐突な命令に、エックハルト大尉が反論する。


「航海長、意見具申!ワープするにも、ワームホール帯が確認できません!」

「前方2千キロに、ワームホール帯が存在する。そこに突入せよ。」


おそらく、この時点でエックハルト大尉は、こいつは僕ではなく、精霊だと確信しただろう。いや、100隻も指揮すると言った時点で薄々気づいてはいるだろうが、この艦のセンサーでさえ捉えていないワームホール帯が見えるなど、精霊以外にありえない。

はたして、精霊の言う通りにワームホール帯がそこにあった。100隻の艦隊は、そのワームホール帯へと突入する。そして、100隻はその未知のワームホール帯を使ってワープする。


すぐに、ワームホールを抜ける。目の前に、通常空間が広がる。

その光景に、艦橋内の全員が驚愕する。


「しょ……正面に、艦影多数!距離、10万キロ!数……5万隻!」

「艦色識別、連盟艦隊!」


レーダー手と光学観測員から、信じがたい報告が続く。なんとワームホール帯を抜けた先は、敵艦隊中央の真後ろだった。距離、10万キロ。

精霊のやつ、おそらくここに出ることを知った上で、艦隊をあのワームホール帯に突入させたようだ。なんてやつだ。やはりこいつ、化け物だ。


「全艦、砲撃開始!」

「砲撃開始!撃ちーかた始め!」


間髪入れずに、僕が叫ぶ。射程内で背中を向けた敵艦隊だ、こちらが攻撃される心配はない。撃って当たれば、確実に沈められる。100隻のビームが、敵艦隊の背後に向けて放たれる。

おそらく正面の敵は大混乱だろう。いきなり後方から、少数ながら連合側の艦隊が出現した。艦にとって真後ろはバリアが効かず、無防備極まりない。命中即、撃沈だ。


「敵艦に命中、撃沈30!」


観測班より報告が入る。だが僕の身体は、またもやおかしなことを言い出す。


「砲撃しつつ前進!3千キロ先のワームホール帯に突入し、ワープせよ!」


なんだって?こんなところで、またワープするのか?一体、今度はどこに行くつもりだ。


敵艦隊も背後をついた我々に向けて、砲撃を開始する。いくら背後を取ったとはいえ、所詮は100隻。たいした数ではない。

もっとも、我々を撃つべく反転した艦艇は、連合側の艦隊主力から見れば背中を見せている。しかも正面にいるのはあの地球アース001の艦隊だ。反転した艦艇は、たちまち、数十隻を撃沈される。

だが、連盟側も犠牲を払いながらも、我々へ向けて砲火を放つ。

が、敵がやっとの思いで反転して我々への攻撃を始めたというのに、ほぼ同時に我々100隻はワープし、その宙域から消えてしまう。

またもや真っ暗なワームホール内の超空間を進む100隻。すぐに通常空間に戻る。

が、今度もまた敵艦隊が現れる。。


「正面に、敵艦隊!左翼側面です!」

「砲撃開始!撃ちーかた始め!」


今度は側面だ。忙しいことだ。しかも状況判断もできていないうちに、いきなり砲撃とは……たかが100隻とはいえ、まさか側面からあらわれるとは思わなかった敵は、またしても大混乱に陥る。正面、背後からの攻撃に対して、駆逐艦は回避運動がとれるが、側面というのは厄介だ。300メートルもの長い船体ゆえに、ビームに当たりやすい。再び、30隻ほどを撃沈する。

しかし、100隻いて30か……さっきもそうだが、これが地球アース187艦隊なら5、60隻は沈めているだろう。練度の低さが、こういうところで露骨に出る。

が、再び敵の一部が方向転換をしてこちらに向かって砲火を浴びせる。が、敵の砲撃開始と同時に、我々は再びワープする。


今度は一体、どこに出るんだ?またしても通常空間に出る我が艦隊。

再び、敵が目の前に現れる。


「敵艦隊捕捉!」


今度はどっち向きだ?横か?後ろか?


「敵艦隊左翼の……真上です!」


はぁ!?真上!?また予想外なところに出た。再び我々は、敵艦隊を攻撃する。

今度の砲撃でも20隻ほどを沈める。で、また敵の反撃の前に、ワームホール帯に飛び込む。


で、この調子でワープを7度ほど繰り返す。ある時は敵の真上、ある時は背後、そして下面に側面。

その度に2、30隻沈めたところで、都合よく正面に現れるワームホール帯に飛び込み、敵の攻撃を避ける。そして、敵艦隊の別の方向に現れて攻撃する。またワープする。これの繰り返しだ。


こうして我々は、200隻ほどを沈めた。再びワームホール帯に飛び込む。

それにしても、どうしてこう都合よくワームホール帯が存在するんだ?まさかと思うがこの精霊、ワームホールを作ってるんじゃないか?いくらワームホール帯の多いブラックホール宙域とはいえ、こんなに都合の良いワームホール帯が点在するものだろうか?

さて、今度はどっちに出る?背後か?真上か?それとも側面か?


だが、今度のワームホールは長い。なかなか通常空間に出ない。ここで僕は、いや精霊は、奇妙なことを言い出した。


「全艦、雷撃戦用意!眩光げんこう弾、装填!」


なんと、砲撃ではなく、雷撃用意の指示を出したのだ。

眩光げんこう弾とは、艦の脇にあるレールガン発射口から打ち出す、半径数百キロの巨大な光の玉を作り出す弾のことである。撤退などの際に、この光の球で敵の目を眩ませるために使う防御兵器で、それゆえに眩光げんこう弾と呼ばれている。

だが、こんなところでなぜ撤退用の眩光げんこう弾など使うのか?わけも分からぬまま、我々は通常空間に出る。


飛び出した瞬間、レーダー手からの報告に、僕の背筋が凍る。


「か、艦影多数!敵艦隊、正面!距離、200!」


なんだって!?敵の正面だって!?しかも200キロという、未だかつてないほどの至近距離での会敵。その正面の敵は、バンバンとこちら側にビーム砲を撃っている。背後からは味方艦艇のビームも飛んでくる。我々のすぐ近くを、敵味方双方のビームの束が通過している。

今までは敵の弱点である正面以外を突いていたというのに、なぜ敵味方の間に現れたんだ、精霊よ。

だが直後、僕の身体は号令を発する。


「全艦、雷撃開始!眩光げんこう弾、撃てーっ!」


言われるがままに、各艦は左右にあるレールガン発射口から、眩光げんこう弾が2発ずつ放つ。その数、200本。

その200本の眩光げんこう弾は、吸い込まれるように敵艦隊に向かって飛翔していく。それを見届けることなく、僕は叫ぶ。


「全艦、ワープ準備!」


と、ここで僕はまたワープの指示を出す。おい、またワープするのか。今度はどこに出るつもりだ?敵艦隊に向けて飛んでい眩光げんこう弾はまだ炸裂していない。また都合よく現れたワームホール帯に突入し、ワープする100隻の艦隊。

再び、真っ暗な超空間に入る。そして今度はすぐに通常空間に戻る。

今度は……敵がいない場所に出た。


「敵艦隊捕捉!距離は……ええと、35万キロ……射程外です。」


これまで、敵艦隊を射程内に収める場所にばかり出ていたが、ようやく静かな場所に飛んだ。やっと、あのイカれた砲撃とワープのコンボが終わったようだ。


そしてここで、僕は僕に戻る。


おい、ちょっと待て。なんてことだ、ここで戻るのか?精霊よ、お前が勝手に指揮下に組み込んだあの100隻は、どうすればいいんだ?こんなところで指揮を丸投げするんじゃない。最後まで責任を持て。

……などと皆の前で言えるわけもなく、腕を組み黙って前を向いている僕。その目の前の窓の外、敵艦隊の真ん中あたりで白い光の玉が光り始める。


あれは、さっき我々が放った眩光げんこう弾だ。敵艦隊の只中で、猛烈な爆発を起こしているようだ。あれは元々防御兵器だが、半径数百キロの光の球を作り出すために、主砲1発分のすさまじい破壊力を持つ兵器でもある。そんなものを、彼らの鼻っ面で炸裂させた。多分、その近傍の艦は、無事では済まないだろう。


そしてこれが、どうやら決定打フィニッシュになったようだ。


神出鬼没の少数艦隊にいいように引っ掻き回され続けた敵艦隊は、ここでようやく後退を始める。味方の艦隊は、追撃戦に移行する。


「これより、我々は通常戦闘に戻る。全艦、このまま味方艦隊の後方に回り込み合流する。」


あれと同じ指揮をとれといわれても、生身の僕には無理だ。かといって、動揺する姿を見せるわけにはいかない。敵が後退しているのをいいことに、しれっと通常戦闘に戻る宣言をして、さりげなく艦隊に合流を果たす。

で、戦列に戻った時点で、僕は指揮権をバルナパス中将にお返しする。


「司令部に打電、『お預かりした100隻分の指揮権を返上する。宛て、バルナパス中将閣下、発、ランドルフ少佐。』、以上だ。」


するとすぐに、司令部から返信があった。


「司令部より入電!『了解した、100隻を通常体制に移行する。直ちに艦隊に合流し、追撃戦に参加せよ。宛て、ランドルフ艦長、発、バルナパス中将』、以上です!」


バルナパス中将のことだ。この通信で僕の中の精霊が引っ込んでしまったことを悟ったことだろう。同じことをもう一度やれと言われたらどうしようかと思ったが、あれが人間業ではないことはさすがに中将も承知している。


そして、それから30分後。追撃戦は終わり、敵艦隊は全面撤退した。


こうして連合側は、この宙域を奪還することに成功した。困難と思われたこの戦いに、我々はたった一度の会戦で勝利をおさめた。

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