第50話 戦いの後
さて、精霊が戦闘中の間、セラフィーナさんの姿を横目で見ていたが、なかなか面白かった。とにかく彼女は、喜怒哀楽が激しい。
ワープで超空間に入る度にオロオロし、敵艦撃沈の報を聞けば喜び、当たらなければ怒り、最後の局面、敵艦隊正面に出てビームに囲まれた時は顔色を失っていた。
ヘルヴィさんがいたら、先輩ヅラしてもうちょっと違う態度を見せていただろうが、今はそんな遠慮もいらない。なりふり構わず喜怒哀楽表現をするセラフィーナさんは、その場で感情を余すことなく撒き散らす。にしても、あまり王族らしくない落ち着きのなさ。本当に彼女、王族だったのか?
だが僕は、そんなセラフィーナさんと艦内の思わぬところで出くわすことになった。
戦闘態勢が解除されて数時間後、ようやく非番になった僕は風呂に入った後、居住エリアの通路を歩いていると、ある部屋からそっと出てくるセラフィーナさんを見かけた。
はて?変だな。この階には男性士官しかいないはずだ。彼女の部屋は、女風呂がある一つ下の階のはずなのだが……
そんなセラフィーナさんと僕は、目が合ってしまった。途端に顔色を失う彼女。
「あ、いや、これは、エルマー少尉の部屋の電球が切れたので、その……」
この状況を必死に説明しようと試みるセラフィーナさん。だが、なぜセラフィーナさんが主計科の仕事をする必要があるんだ?それにエルマー少尉といえば、主計科の士官じゃないか。電球ぐらい、自分で替えるだろう。
しかもセラフィーナさんの言動から、ここがエルマー少尉の部屋だと判明する。別に僕は何も聞いたわけではないのに、いくらなんでも迂闊すぎだ。
「どうしたの、セラフィーナ……って、あれ!?艦長殿!」
すると今度は、ドアの内側から顔を出したエルマー少尉とも目が合ってしまう。慌てて僕に向かって、敬礼する少尉。返礼で応える僕。
うーん、これは気まずいな……僕は、遭遇しちゃいけないところに遭遇してしまったらしい。
「セラフィーナ二等兵、明日の艦隊標準時1700より、各所長を集めてブリーフィングを行う。その際、資料を7部、用意しておいて欲しい。」
「……はっ!了解しました!」
「それからエルマー少尉。」
「はっ!」
「貴官が短時間ながら行った整備のおかげで、トラブルもなく無事に戦闘を終えることができた。一度お礼を言わねばと思っていたところだ。感謝している。」
「はっ!ありがとうございます!」
うん、我ながら上手くごまかしたな。僕は2人に敬礼しつつ、その場を去る。
「……まったく、あんたって人は、いち艦艇を預かる指揮官にしては、ちょっと優し過ぎるのよ。」
そのまま展望室に行き、風呂上がりに一本のジュースを飲んでいたところへ、カーリン中尉が現れる。
「なんのことだ?」
「さっき、エルマー少尉の部屋から出てくるセラフィーナちゃんに出くわしたでしょう。状況分かってんのに、何も聞かずに上手くごまかすんだもん。私だったら艦内におけるそんなふしだらな事態、許してはおけないわ!」
「いや、別に当直時ではないんだし、プライベートなことだ。構わないだろう。」
「良かぁないわよ!ここは軍の艦艇内よ!風紀上の問題があるわ!まったく、エルマー少尉なら安心だと思ってたのに……やっぱり男って、みんなダメね。」
「おい、あまりそういうことをエルマー少尉の前で言うんじゃないぞ。彼は有能、有望なんだろう?変なことを言って、信頼を失ったらおしまいだぞ。」
「なによ、彼のこと、よく分かってるじゃない。」
「そりゃあ、戦闘前の主計長の彼への仕事の頼りっぷりを見ていれば、期待の高さがよく分かるからな。」
「なんだ、私の態度を見て言ったのか。細かいところまでよく見てる艦長だなぁと感心したのに……ガッカリね……」
仮にもこの艦で最高権限をもつ艦長に向かって、吐き捨てるように言い放つカーリン中尉。もっとも僕は、こういうカーリン中尉に慣れている。今さら卑下されたところで、痛くも痒くもない。
「にしても、精霊が2人も出現するだなんて……やっぱり今回は、とんでもない戦いだったわね。」
展望室に置かれたテーブルに寝そべってつぶやくカーリン中尉。ひどくお疲れのようだ。
「そりゃあ、5万隻の艦隊同士のぶつかり合いという、かつてない規模の戦闘だ。当然だろう。」
「だけどさ、まさかあんたが100隻を率いて戦うなんて思わなかったわよ。なによあれは?」
「いや、何だと言われても、あれは精霊がやったことで……」
「そうだけど、他の99隻の艦長はそうは思っていないわよ。あの戦いぶりについて他の艦長から尋ねられた時の言い訳、考えておいた方がいいわ。」
そうだよな。その通りだ。どこかでその艦長達には会うわけだし、一応、何か言い訳を考えた方が良さそうだ。
……が、どうやって言い訳するんだ?あんな人間離れした業、どう考えてもうまく言い訳できない。
で、ジュースを片手に一生懸命考えてみた。そこで思いついたのは、バルナパス中将からの指示で動いたということにしよう、というものだ。あのワープ航路は司令部が事前に調べていたもので、その経緯や方法については軍事機密とでも言っておけばいいだろう。
実際、バルナパス中将も一度、ワームホール帯を使って敵の背後に出る戦術を実行したことがあった。中将の指示で予め取り決めがあったと言えばおかしくはない。そういえばきっと、99人の艦長も納得することだろう。
「それじゃあカーリン中尉、僕は部屋に戻るから……」
そう言いかけたが、よく見るとカーリン中尉のやつ、テーブルの上で寝てしまっている。
だらしがないことが大嫌いなカーリン中尉だが、その本人がたった今、だらしない姿をさらけ出している。いくら何でも、これはまずいだろうな。
そこで僕は彼女を起こすため、彼女の頬に冷えたジュースを押し当てる。
「うわぁぁぁ!ちょっと待って、ピエリック!」
……突然、旦那の名を叫ぶカーリン中尉。だが、僕がジュースを頬に押し当てたと知ると、顔を真っ赤にして怒り出す。
「まっったく!なんてことするのよ!もういいわ!帰る!」
相変わらず沸点が低いな、カーリン中尉は。プリプリしながら部屋に戻っていくカーリン中尉。それにしても一体、どんな夢を見ていたんだ?
まあ、あの寝言を聞く限りは、旦那さんとはうまくいっているようだな。プライベートをほとんど明かさないカーリン中尉だが、少しだけその姿が垣間見えて安心した。
さて、その翌日。僕の艦は、戦艦サン・ティエンヌに寄港していた。
そこで街に行って羽を伸ばす……はずだったのだが、残念ながら僕は戦艦の艦橋にいる。
そこで、あの100隻の艦長の数人と会う。
「いやあ、ランドルフ少佐殿!我々を率いて、まさかあのような戦術をとるとは思いもよらなんだぞ!」
「まったくだ!私の艦はあの戦闘で、4隻も沈めることができた!大変な武勲、部下も皆、喜んでいる!本当に素晴らしい戦術だった!」
「あ、いや、あれはですね……」
うわぁ……いきなり賞賛の嵐だ。困ったな。まさか精霊のせいだとも言えず、なんて言えばいいんだろうか?勢いに押され、昨日考えた言い訳が、なかなか出せない。
だが、そこにバルナパス中将が現れる。
「皆、ご苦労だった。実はな、ランドルフ艦長の駆逐艦0256号艦には、いざという時に備えて、最新のワームホール帯検出装置の試作品を取り付けておいたのだ。あとは私の言う通りにそれを操り、皆を率いて攻め入るよう予め通達しておいたのだ。」
「そうなのでありますか、閣下。ですがなぜ、ランドルフ少佐の艦に?」
「彼は優秀な砲撃手だ。その検出器はかなり癖のある機械でな、その砲撃手の感性がなければ使いこなせない機器だったので、ランドルフ少佐に託した。それが理由だ。」
「ははぁ、なるほど。確かに少佐は以前、一度の戦闘で7隻を沈めた英雄。その少佐でなければ使いこなせない機器だったとは……いやはや、納得です。」
あれ、バルナパス中将がうまいこと言い訳してくれたぞ。それを聞いた艦長達は皆、納得する。
しかし、駆逐艦0256号艦には最新のワームホール帯検出器などない。だけど我が艦は、哨戒用の大型レーダーを搭載するために少し長い船体をしている。それゆえにあの説明で、皆は納得してしまったようだ。
「……さてと、ランドルフ少佐。貴官にぜひ会いたいというお方がいる。私につきあってくれないか。」
「はっ!お供致します!」
で、それに引き続き、もう一人の人物と会うことになった。だが一体、誰なんだ?
何気なくバルナパス中将についていくが、なんとその相手とは
「こちらは
「私は
ひえぇぇぇ!
「
こういう時、イーリスが隣にいるともうちょっとパリッとするんだが、ここは僕一人で乗り越えなきゃいけない。とんでもない人物を前に、緊張しながら接する僕。
「単刀直入にうかがいたい。貴官と、貴官が艦長を務める艦の砲撃手に、精霊というものがいると聞いたが?」
なんと、その提督からいきなり精霊のことを尋ねられた。
「は、はい、その通りです。」
「それは一体、どういうものなのかね?」
「ええとですね、例えば危機的状況に陥った時に、耳の中でピーンという甲高い音がしてですね……」
僕はこの
にしてもこんな荒唐無稽な話、よく信じられるな。僕がいうのもなんだが、無茶苦茶だぞ、この精霊は。100万キロ以上先の敵艦やワームホール帯すら見通し、工作員も見抜き、たったひとりで拳銃のみで40人もの連盟兵を倒し、そしてたった100隻を率いて5万の連盟艦隊を翻弄した。普通に考えて、誰が信じるんだ、こんな話。
「なるほど、で、私の目の前で見せられた不可思議な戦術は、精霊とやらの仕業だったと言うのか。」
「はっ!……えっ!?目の前!?」
「我が艦隊は連合艦隊中央に位置し、連盟艦隊中央に攻撃を加えていた。最初は敵の背後から、そして最後に正面に現れて、
うう……
「いや、ぼ……小官ではとてもあのような戦い方は……」
「無論、分かっている。人間離れしたその精霊というものの存在のおかげなのだろう?私は先ほど、そう伺った。」
「は、はぁ……」
「我々連合にとって、精霊は心強い存在だ。これからも、よろしく頼む。」
「はっ!」
えらく上機嫌だな。まあ、あれのおかげで勝利を得たようなものだし、それは当然か。
しかし、
「で、こちらのアラステア中将麾下の艦隊は、当面の間、
「えっ!?そ、そうなのですか!?」
「あの星は、このブラックホール宙域における最前線だからな。連合としても、ここを重要拠点の一つと位置付けている。防衛力強化のために、
「はぁ、さようで……」
ありがたいやら、畏れ多いやら……バルナパス中将から、なんと反応していいのか分からない話を聞かされた。
そんなやりとりの後に、帰還の途につく駆逐艦0256号艦。大気圏を突入し、王都が見えてくる。
実に7日ぶりに見る王都、あれだけの会戦をやったことを思えば、これでも早く帰れた方だろうな。
すでに王都サン・ティエンヌでは日が沈み、街明かりがまるで夜空の星のように見えている。ちょっと先の宙域で計10万隻もの艦艇が死力を尽くした戦いをしていたなどとは思えないほど、ここは平和だ。
思えばこの街も、以前に比べたらずいぶんと電化がすすんだものだ。その星空のような街の上空を通過し、宇宙港の軍用ドックに入港する。
家に着いたのは、それから1時間ほど後のことだ。
「ただいま。」
僕は玄関に入る。すると、イーリスとマイニさんが出迎えてくれた。
「おかえりなさいません、旦那様。」
「おお、ランドルフ、大変だったな。」
「ああ、やっと帰ったよ……」
僕はイーリスに、大変な戦いがあったこと、そして精霊が発動したことを話す。
「……で、100隻もの船を指揮して、敵の背後や側面、それに真上に回り込んでさ。もう、死ぬかと思ったよ。」
「精霊が操っているのだ、ランドルフが死ぬことはなかろう。にしても大変だったな、今夜はゆっくり、休もうぞ。」
ニコッと微笑みながら、僕の手を握るイーリス。
「そうだ、
「ああ、そうだった、頼むよ。」
イーリスは僕の前に立ち、いつものように呪文を唱える。
「デア シュピリッチ……アイザ ルガゼット マヌ エラ……」
そして、いつものように口づけをする。今日はなんだか、トウガラシ臭いな。あのクッキー地獄を乗り越えて、今度は辛いものにはまっているようだ。そして離れながら、うっとりとした顔で僕の顔を見つめるイーリス。
この顔を見ると、僕は実感する。ああ、今度も生きて帰ってこられた。連合に連盟共に、どちらも引けないあの場所での数個艦隊同士の大会戦が、たった1日でけりがついた。まさに奇跡のような戦いだった。
僕だけではない、カーリン中尉にエーリク少尉、それにセラフィーナさんとその恋人らしき人物も、無事にこの王都に帰ってこられた。
すべては、イーリスから授かった精霊のおかげだ。
だが僕はこの時、考える。
この先のことを思えば、精霊のことをもっと知らなければならない、と。
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