第14話 戦艦デート

 7日間の戦闘訓練が、ようやく終わった。海賊の拿捕、そしてあらぬ誤解ネタが一つ増えたという、おまけ付きで。


 そして帰投前の最終日、7767号艦は補給のため、戦艦ヴェルテンヴェルクへ入港することになった。


「戦艦へ入港!? おい、戦艦というのは船ではないのか!?」

「いや、それがとても大きな船なんだよ。駆逐艦の補給や、その乗員の息抜きのために使われている船だから、駆逐艦が入港できるよう作られているんだ」

「大きいって、どれくらい大きいんだ?」

「これから寄るのは戦艦ヴェルテンヴェルクという船で、全長4300メートル、収容艦艇35隻、30門の10メートル級砲門に、100メートル級砲が2門搭載されている、やや旧式な戦艦だよ」

「うむ、ピンとこないな。だが、そんなものに入港してどうするんだ?」

「駆逐艦の燃料や食糧などを補給しないといけないんだ。だからその間、艦の乗員は戦艦の中に作られた街に行くんだ。ほら、駆逐艦には、イーリスの好きなスイーツがないだろう? ところが戦艦内にはショッピングモール同様、いや、それ以上のスイーツ店を持つ街があるんだ」

「そ、そうなのか!? アイスやパフェ、ドーナツが食えるのか!?」

「我が地球アース187でも古い船の一つだから、老舗のスイーツ店もいくつかあるよ」

「行きたい! 美味しいものがあると聞いて、黙ってはおれん!」


 この駆逐艦の食堂の食べ物に満足していたイーリスだが、唯一甘いものがないことに不満を持っていた。

 だがその不満も、ついに解消される。


 さて、僕は軍服のままだが、イーリスはお出かけ用のあの服に着替える。そう、カーリン少尉に選んでもらった。あの白いワンピース。例のパネル落下事件で汚されたが、その後、綺麗になって帰ってきた。銀色の髪、真っ白な肌、スラリとした身体に白いワンピース。久々に見せてくれた、まるで天使のような姿のイーリスに、思わず見とれる僕。


「何をじっと見ているんだ。ほれ、いくぞランドルフ!」

「ちょ、ちょっと待って、イーリス」


 艦橋に呼ばれて、大急ぎで行こうとするイーリス。その後を追う僕。


「戦艦ヴェルテンヴェルクより入電! 23番ドックへの入港許可、下りました!」

「両舷停止! 船体角度修正、左0.2度!」

「両舷停止! 取舵0.2度!」

「繋留ロックまで、あと300! ビーコン捕捉!」


 戦艦への入港作業は順調に進む。窓際で外を見るイーリス。そこに広がる光景に、目を奪われていた。

 一面、灰色の岩肌がむき出しの巨大戦艦。その岩の所々に、人工物が突き出している。砲門やドック、そして見張りや哨戒機格納庫など。

 そんなものが、虚空の宇宙にぽっかりと現れた。それを見て唖然とするイーリスにパウラさん。


「なにこれ……まさか私達、岩の牢獄に連れ込まれるんじゃないの?」


 なんだそりゃ、ここが牢獄? なぜ牢獄などという言葉が出てくるのか。


「いや、パウラよ、ここはイリジアス王国ではないから、岩場だからと言って牢獄などない。あの岩場には、ドーナツやアイスが食べられる店があるらしい」

「ええーっ!? 最高の牢獄じゃん! 本当なの!?」


 だから、牢獄ではないと言ってるのに。それにしても、イリジアス王国では岩場に牢獄を作るものなのか……まあ、そんな知識はともかく、その戦艦の35個あるドックの一つに、今まさに入港しようとしていた。


「ドックまで、あと30……20……10……ロック!」

「前後繋留ロック結合よし! 船体固定、完了!」

「機関停止! 通路接続!」

「了解、機関停止! 通路、接続信号を確認!ハッチのロック、解除します!」


 ガシャンという音とともに、船体がドックに固定された。この後、艦長が艦内放送で、戦艦内への立ち入り許可と、ここに10時間留まる旨が知らされる。


「……ところでランドルフ、あの大きな船には、どうやって入る?」

「エレベーターで一番下まで降りると、戦艦から伸びてきた通路に入れる。そこからあの戦艦の中に移るんだ」

「すると、そこにはドーナツ屋があるのか!?」

「いや、そこには駅があるんだ」

「エキ? なんだそれは?」

「電車という乗り物が停まる場所だよ。その乗り物に乗って、街に向かうんだ」

「なんだ、案外面倒なのだな、その街へ向かうのは。」


 ぶつぶつ文句を言うイーリスに対し、エックハルト中尉と一緒に歩くパウラさんは、なんだか嬉しそうだ。


「エックハルト様と一緒に宇宙にある街で過ごせるなんて、夢見たいですね……」

「そうだな、一緒に美味しいものを食べような」

「はい、エックハルト様!」


 ああ、なんだこの2人は。ちょっと羨ましい。僕も「様付け」を要求すればよかったかな?


「……なんだあの航海士、奴隷に自分の名前を様付けで呼ばせるとは、何て高慢なやつなんだ……」


 うーん、でもかえって、他の乗員から陰口叩かれてるな。やっぱり、これはこれでよかったのかも。


 考えてみれば、イリジアス王国ってところが滅亡していなければ、イーリスは「公爵令嬢」で、しかも「呪術師シャーマン」だ。とても僕なんかの手に届く相手ではなかった。そんな人物に、様付けで呼ばせるなんて、傲慢すぎるな。


 ……ちょっと待てよ?そういえばイーリスって、イリジアス王国の公爵令嬢であると同時に、国王の呪術師シャーマンだと言っていた。ということは当然、国王にもまじないをかけてたんだよな。てことは、国王とキスしたってこと?

 なぜか急にそんなことが気になって、イーリスに尋ねてみた。


「イーリスって、やっぱり国王陛下にまじないをかける時は、僕の時と同じで、口移しをしてたの?」

「そうだ。当然だろう。まじないをかけるのはあの方法しかないのだから」

「あの……国王陛下って、いくつくらいの方だったの?」

「私が最初にまじないをかけた時は、すでに50を超えておった」


 それってつまり、15歳で成人して呪術師シャーマンになって最初のまじないの時だろうな。だがその光景は我々風にいうなら、15歳の娘が、50過ぎのおっさんと、初めて異性とした交わしたキスということになる。


 ああ~っ……自分の妻のファーストキスの相手が、よりによって50過ぎのおっさんだったとは……こういう事実を知るのは、あんまり気持ちのいいものではないな。しかも、まじないの度にキスしてたってことだろ?50歳以上のおっさん相手に。ええと、あの国が滅んだのはおよそ1年前。つまり、イーリスがまだ19歳だった時だ。


 つまり4年間もの間、イーリスはおっさんのキスの相手をし続けたのか。僕はイーリスと出会ってまだ数か月で、すでに4回も災難に会い、まじないだけで5回もキスしている。4年もあったら、一体何回、キスをしたんだろうか?


「陛下へのまじないの回数? なんだ、そんなことが気になるのか?」

「そりゃそうだよ。で、どうなの?」

「陛下にまじないをかけたのは、一回きりだ。普段は王宮内におったし、戦さに出るお方ではなかったし、外出時も護衛が常についとるから、危機に見舞われることなどなかった。あの事件の時が、私にとって陛下にかけた、最初で最後のまじないの効果だ」


 ああ、そうだったのか。一回だけね、一回。でも、それでもあまり喜ばしいことではないな。「最初」がおっさん相手だったことは変わりないし、それ以上に僕はまじないを発動させ過ぎだということになる。しかしだ、国王と比べるのもなんだが、すでに4回も発動とか、僕ってちょっと不幸過ぎやしないか?


 それに、艦橋でのあの「儀式」のおかげもあって、さらに変な噂をされるようになってしまった。今も後ろの方でこっちを見てヒソヒソ話している士官がいるが、やっぱり僕とイーリスのことを話してるんだろうな。ああ、僕ってやっぱり、不幸な星の元に生まれてしまったのか。

 などと考えてると、駅にたどり着く。正面には、ガラス張りの壁に、いくつもの扉が並んでいる。その壁の向こうにけたたましい音を立てて、電車が滑り込んでくる。


「な、なんだ、この長い箱は!?しかも、なんといううるさい箱だ!」

「ああ、これが電車だよ。ほら、乗るよ」

「なんだと!? これに乗るというのか!」


 すでに大勢が乗る電車に入るイーリスと僕。中は満員状態で、イーリスはつり革につかまろうとするが、なかなか掴めない。


「いいよ、イーリス。僕につかまっていれば」

「分かった、そうする」


 というと、しがみつく、というか、抱きつくように僕につかまるイーリス。

 それを見た他の乗員の声が聞こえる。


「見ろよ、つり革ではなく、自分に抱きつかせるとか、本当に噂通りの奴みたいだな……」

「ああ、うらやま……いや、鬼畜すぎるぜ……」


 ああ、僕はもう何をやっても、変態呼ばわりされる運命なんだ。もしかしてこれは、まじないの反動か?

 いや……それ以前に僕は、イーリスを「買って」いるからな。彼女を無理矢理、自分の妻にした。そういうイメージが先行しているらしい。そんな偏見を前に、何をやっても無駄だろう。


 さて、イーリスをしがみ付かせたまま7駅ほど進むと、急に窓の外が明るくなる。

 街だ。ようやく街にたどり着いた。減速する電車の窓の外には、ビルが見える。あれは紛れもなく、街の建物だ。


 この街は400メートル四方、高さ150メートルにくり抜かれた四角い空間の中に作られた街である。4、5階建の建物が並んだ街が、全部で4層重なっている。一番下の階層だけは道路があって、無人タクシーが走っている。その上の階層へは、所々にあるエレベーター、階段、エスカレーターを使って登る。2階層目より上は歩道だけがあって、歩道の間はくり抜かれて穴になっている。その下には、車道が見える。そんな街だ。


 空間の壁と天井は岩肌むき出しで、そこにはライトが埋め込まれているが、一辺だけは豪華なホテルの建物が張り付いている。今回は10時間の滞在時間のため、宿泊することはないが、20時間以上の滞在する者はあのホテルに宿泊することができる。

 さて、イーリスはというと、この街の駅を出るやその光景を目の当たりにして絶叫した。


「なんという素晴らしい街だ! こんなに大きく素晴らしい街だったとは……同じ船だというのに、今までの狭い場所での暮らしが、嘘のようだ!」


 駆逐艦でのあの部屋のことを言っているのだが、このイーリスの何気ない一言のおかげで、やれ僕が噂通り彼女を監禁している変態だと、僕のことを指しながらヒソヒソ話をしている乗員がいるのが分かる。


「さて、食い物だ! ここにある人気のスイーツの店から攻めるぞ! どこに行けばいいのか!?」

「ええと、ちょっと待って。戦艦ヴェルテンヴェルクの街で人気ナンバーワンのスイーツ店は……」


 スマホで検索すると、とある店が出てきた。

小さなスイーツが、たくさんあるお店。ちょうどあのショッピングモールにも似たような店があるが、ここのは規模が違う。早速、イーリスとその店に向かう。


「その店は、どこにあるのだ?」

「ええと、2階層目の3ブロック目だから……ここから登ればいいのかな」


 長いエスカレーターに乗る。なにせビル5階建分を登るエスカレーターだ。どんどん上に上がるエスカレーターから、下に見える街を興味津々な様子でご覧になるイーリス。

 で、目的の店に着く。さすが女性に大人気のお店。女性か、カップルが多い。

 まあ、僕らもカップルみたいなものだ。イーリスを連れて入る。

 そこには、小さなスイーツがたくさん並んでいる。これをトレイに取り、その先で会計をしてから席に座っていただく。そういう店だ。

 トレイを2つ取り、並ぶ僕とイーリス。気になるスイーツを、一つ一つ選んではトレイに載せていく。

 ベイクドチーズケーキ、チョコレートケーキ、生クリームたっぷりなショートケーキにイチゴのスフレ……ケーキだけで、いくつあるんだ?その奥にはプリン、パフェ、ババロアなどが続く。

 ケーキ、プリンエリアを抜けたところで、イーリスが叫ぶ。


「ランドルフ! 問題が起きた!」

「えっ!? 問題!? どうしたの!」


 イーリスの方を見ると、もうトレイの中がギッチギチだ。


「とても足りない。そなたのトレイの空きを使わせてもらうぞ!」

「えっ!? ちょっと待って、どんだけ食べるの!?」

呪術師シャーマンは体力を使うのだ! こんなトレイ一つ分では足らぬ!」


 いや、いくらなんでも食いすぎだろう。しかし、御構い無しにイーリスは僕のトレイの空きにポンポンと気になったスイーツを放り込んでくる。

 結局、トレイ1つ半がイーリス分となった。僕の分は、トレイ半分だけ。しかし今日のイーリスは、よく食うな。


「ちょっと、本当にそんなに食べて、大丈夫?」

「大丈夫だ、問題ない! しかし美味いなこれは、この味は初めてだ!」


 やや離れた場所で、ひそひそと話をしている女性士官が見える。確かあれは、我が艦の士官だ。どうせいつもろくなものを食わせていないのでは、とでも言っているのだろう。

 しかし僕もだんだんと陰口に慣れてきた。僕も、強くなったものだ。


「さあ、食ったぞ! 次に行こう!」

「えっ!? 次!?」

「そうだ。当たり前であろう! そなたの相手は、体力を使う! ここで蓄えねば!」


 多分、まじないで体力を使うと言っているのだろうけれど、あの辺で彼女の言葉を聞いている我が艦の士官は、別のことを想像していることだろうな。

 あれだけケーキとプリンにパフェを食べたというのに、今度はドーナツ屋にきた。


「ええ~っ!? ここのドーナツを食べるの?」

「当然だ。ここからは美味そうな匂いがプンプンする」


 はちみつの匂い惹かれて、そのドーナツ屋に飛び込むイーリス。そこでまた、5つほどドーナツを買って食べる。それにしてもよく食うな、この呪術師シャーマンは。まさか、普段からそうなのか?

 しかし、これだけよく食べるのに、全然太らない。胸も小さいままだ。不思議なものだな。


「イーリス、まさか昼間のショッピングモールでもこの調子なのかい?」

「いや、普段はこれほど食べんぞ。だがすでに4回も精霊が発動したからな。ここにきて精霊のやつ、相当腹をすかせているのだ」

「でも、精霊って今、僕の身体の中にいるんじゃあ……」

「栄養は、こっちの身体から与えることになっている。だからこうして、栄養のありそうなものを選んで食べておるのだ」


 うーん、単にイーリスが好きなものを食べているだけのように見えるけど……確かに、スイーツは栄養分は豊富には違いない。

 しかし、だ。言われてみれば、30万キロも離れた敵艦や海賊を探知できるほどの精霊だ。イーリスが言うように、たくさんのエネルギーを使うのだろう。

 こうして、3軒ほどスイーツ店を回り、さらに食事を摂ると言う、さっきからずっと、食い物屋ばかりだ。とんでもないデートになってしまった。


「ふう……ようやく満腹になった」


 最後の食事は、この戦艦で大人気のステーキ店。とにかく、肉が分厚い。

 そんなステーキ肉の大きめのサイズのやつを平らげて、ようやく落ち着いたらしい。

 僕の方は、さすがにスイーツ店だけでもう一杯だった。そこでは、小さなカットステーキで済ませる。


「よ、よく食べたね。しかしあれだけの量の食べ物、その小さな身体のどこに入ったの?」

「ほとんどが精霊に送り込まれておる。私に残っているのは、この最後のステーキくらいだ」


 うわぁ……精霊って、そんなに食うんだ。いや、食うと言っても、イーリスが味を楽しみ、精霊自体には栄養素しか送られていない。たとえ栄養素を持って行かれても、イーリスにとっては美味しいものを味わえて、とても満足しているようだ。

 さて、こんなところまで来て映画を見ても仕方がない。残り時間も少ない。そこで、なんとなく駅の近くの雑貨屋に寄る。

 この店には、呪術師シャーマン的には、気になるものが多いようだ。水晶玉だの、お香だの、そしてペンやノート。なぜ、ペンやノートが気になる?


「ねえ、イーリス。何を熱心にペンやノートを見ているの?」

「ああ、魔法陣を描くためだ」

「魔法陣? そんなもの書いて、どうするの?」

「それで精霊を強化するのだ。その中心に水晶を置き、香を焚くとなお良い」

「強化? でも、こんな店の紙とペンで書いた魔法陣に、そこら辺の水晶と香でいいの?」

「結構効くのだぞ! バカにするでない!」

「いや、バカにはしてませんけど……なんだか、あまりに普通の材料すぎて。どこかの霊力のこもった山から取れた木材とか、森の奥深くから取ってきた薬草とか、そういうものを使うんじゃないの?」

「別になんでもいいぞ。要は、私の力を込められるかどうかだけが問題なのだ」


 案外適当だな、呪術師シャーマンって。でも、それだけ我々の作り出しているものが、良い素材を使っているってことなのだろう。彼らのレベルの文化が作り出す物品に比べたら、この雑貨屋に売っているものの方が、格段に品質は高い。

 ところで、さっきからそのノートのコーナーに、どこかで見たことのある後ろ姿が見える。ノートを数冊、それに、ペンを買い込んでいるようだ。あれはもしや……


「あれ? レーナ准尉じゃないか?」

「えっ!? あ、変態中尉殿ではないですか!」


 いきなり変態呼ばわりしてきたぞ、この変態秘書め。


「……何をしているんだ、こんなところで」

「決まってるじゃないですか! ここのノートとペン、結構描き心地がいいんですよ! だから、いつも愛用してるんです!」


 愛用した結果が、あの妄想画か。彼女の変態妄想を支えている店にまさか足を踏み入れていたとは、僕も驚きだ。


「イーリス殿も買い物ですか!」

「そうだ。いいものを見つけた」


 そう言って、カゴの中のノートとペン、それに水晶にお香を見せる。


「なんですか、これは?」

「精霊強化の儀式に使うんだ。」

「ええーっ!? 儀式!? まさか、そのお香で変な気分にさせられて、その変態中尉に後ろから……」

「バカか。それではお香以外いらぬではないか!そんなわけなかろう!」


 イーリスに怒られてシュンとするレーナ准尉。


「ところでレーナ准尉、もう僕の異常行動を観察したから、監視が終わって秘書業に戻るのか?」

「いやあ、実はですね……秘書をクビになっちゃいまして」

「は?」

「だから、ここに来る機会が減るので、買いだめしておこうと思ってですね」

「ちょっと待て! まさか、無職になったのか!?」

「いえ、違いますよ。転属になったんです。駆逐艦7767号艦の主計科に」

「へ? うちの艦の主計科へ転属? カーリン少尉のところか?」

「ええ、私はあの艦との相性が良さそうだと少将閣下が仰るので、艦長に預けられ、主計科で働くことになったんです」


 一瞬、頭がくらっとしたのを覚える。こいつと同じ艦に乗船?嘘だろう……


「と、言うことで、ランドルフ中尉殿! 以後、公私ともによろしくお願いします! あ、イーリス殿にももちろん、お世話になります!」


 このど変態秘書、いや、ど変態主計科員から深々と敬礼を受ける2人。そんなことを言われても、ため息しか出てこないな。

 さて、これらをレジに持って行こうと店の入り口付近に向かって歩いていると、イーリスがふと足を止める。


「どうした?」


 イーリスが指を差す。その先には、地球儀があった。

 直径20センチほどの地球アース187と、853の2種類の地球儀が置かれている。それをまじまじと見つめるイーリス。


「おい、ランドルフ! これはもしかして……」

「そうだよ。地球儀と言って、球面状の地図だ。で、こっちがイーリスの星で、こっちが僕らの星」

「今住んでいるセントバリ王国はどこだ!?」

「ああ、このあたりだな」


 僕は地球儀を回し、大陸の端にあるこの王国を指差す。

 当然、イリジアス王国の場所も聞かれる。ただ、それはここには書かれていない。だが、都市の名前で場所を特定した。


「なんと……随分と遠い国だと思っていたが、こんなに近くだとは……それに、他にもこんなにたくさんの国や大陸があるのか!?」

「そりゃそうだよ。ほら、こっちの地球アース187だって、こんなにたくさんの島や大陸があるんだ」

「……全然違うな、陸の形が」

「それはそうさ。だって、別の星なんだから」

「860もの地球アースがあると言っていたが、もしかして全て違うのか?」

「そうだよ。全て違う」


 それを聞いて、なぜだかじーっと地球儀を見つめるイーリス。そこにこの呪術師シャーマンは、何を感じたのだろうか?

 で、この2つの星の地球儀がとても気に入ったらしく、これも買うことになった。


 これが、今回の街訪問での一番の収穫だったようだ。駆逐艦に戻って帰りの途についた際も、テーブルの上に2つの地球儀を並べて、いつまでもくるくると回しながら眺めていたイーリスだった。

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