37話 そこは、化物で
かつて《龍拳》と呼ばれた父が引退する前、ソニックに言った。
『自分の生き方は自分で決めろ』
既に、父は《
『オヤジは……爺から継がされたんじゃねえのか?』
率直に疑問をぶつけた。すると父は『そうだが、そうじゃねえよ』と、様々な感情が渦巻く複雑な笑みを浮かべて答えた。
『その先の話だ』
倒れるソニックは指で草を掴む。肘をつき、身体を起こそうと力を込める。
限界はとっくに超えていた。もう寝ていいと言われればすぐに気を失える。紅秋に塞いでもらった傷はまた開き始めていた。
ソニックを支え、立たせるのは矜恃である。
成すべきことを成さぬ前に倒れることを、自らに許さない矜恃。
その先の話だ、と答えた父の意図を、当時若かったソニックには察することができなかった。だが今は、こう解釈している。
「なにをするかじゃねえ、どうするか……だ」
目的を達するためのやり方。なにをするときでも変えない、自分のスタンス。
「それだけは己の意思で決めなきゃぁ……それだけは……奪っちゃならねぇ……だから」
故に、ソニックは立ち上がる。
「おいおい! なにをぶつぶつ言ってるんだい!」
独り言のように小声で呟くソニックに、ウェヴサービンは嘲る声を浴びせた。
「俺は!」
ソニックは拳を握り、ウェヴサービンを睨んで吼える。
「てめぇを! ぶっ倒す!」
ウェヴサービンは一瞬あっけにとられ、馬鹿にするような笑みを浮かべる。
「おいおい! 相手を間違」
「神だかなんだか知らねえが……!」
全身から怒号を響かせる。
「てめぇなんぞに《魔拳》は負けん!」
一瞬間ができる。
そこに差し込まれたのは、つい出てしまったという紅秋の声だった。
「え……寒っ」
無意識の駄洒落に赤面し、
「冬っすから!」
誤魔化すようにソニックはウェヴサービンを狙って駆けた。
「林胡」
一方シンクは、飛ばされてきた林胡を抱き留めようとして失敗した体勢のまま呼んだ。林胡もそのまま首だけ傾け、至近距離で応じる。
「……シンク」
シンクは、履いているブーツの紐を解き、脱いでいた。
「全力を出す。その間、頼む」
林胡は大きな瞳でシンクをじっと見る。もの言いたげな視線の果てに、全てを呑み込んだ。
「……マカロンタワー」
「ピラミッドより積んでやる」
「……約束だよ」
シンクの頷きを確認し、林胡が瞼を閉じる。聞いた声を身体の隅々まで浸透させるような間の後、開いた目は戦士のそれだった。
立って、ステップを踏む。
ひとつ、ふたつ……。
みっつ。
音もなく、シンクの前から消える。
次の瞬間、ウェヴサービンを狙うソニックと、行く手を阻もうとするラナ・ウムライの間に割って入った。
「弘前!」
ソニックの声を背後に聞きつつ、ナドロ・リニオでウムライの拳の方向を逸らす。
「こいつの攻撃は全て捌く。その煙野郎は魔術でしょ。あんたなら殴れるんだからさっさと」一瞥し、昔の呼び方で口の端を上げる。「やれ、クソニック」
「その呼び名はやめてくれ! ……ねーさん」
ソニックも一瞬少年のような目をして呼び、互いに標的に向けて再度動き出した。
「紅秋! 来てくれ」
状況が動くのを所在なく見ることしかできなかった紅秋は、シンクに呼ばれ、駆け寄る。
「シンク。どうして、靴を……?」
「《
シンクは紅秋の質問には答えず、地面に座ったまま両肩の電脳創衣の表面パネルを開け、ケーブルを引っ張り出す。その先端に、片側五個、計十個のリングが付いている。
「見つけた……と、思う」
紅秋はメモリーブックを差し出した。蕨の紹介状と一緒にあったもう一枚のほうだ。
「おお! やったな!」
シンクは一旦ケーブルを地面に置くと、メモリーブックを受け取って目を閉じ、片手だけでコードを打って読む。数秒後、唐突に瞼を見開いた。
「……なんだこりゃっ!?」
「えっ、ち、違った!?」
「いや……解らねえ」
「え?」
「……読めねえ、と言ったほうが正しいのか……や、確かにこいつは《
「えっと、実はまだ中身を見てなくて……ちょっといい?」
紅秋が手を差し出すと、シンクがその上にメモリーブックを置く。
目を閉じ、もう片方の手に電脳創衣を握って指を滑らせる。
「読めるか?」
「……え…………これって……!?」
紅秋は瞼を薄く開く。遠くを見るような顔で呟いた。
「読める……けど」
「おお!」
「……これ、わたしのだ」
「は?」
シンクが困惑する。が、紅秋も同じかそれ以上だった。
そのコードを自分がいつ組んだか、すぐ思い出せた。
「……あの……ときの」
あれは蕨が亡くなったと聞く数日前のこと。学校で『創作プログラミング』の演習中、五つの課題を早々に終わらせた紅秋が、思いつきと暇つぶしで新規のコードを組んだ。
『……あ? なんやこれ? 六つ目ある』
『あー。暇だから組み合わせてみたの。これをこーして、こうしたら……ほら、面白くない?』
「確かにあれは……《反射》を応用してコードをトレースしつつシンプルなコードに上書きして、ひとつひとつ消去してあたかも最初からなかったみたいに処理して……だから」
自分の言葉を聞いて、自覚する。
「……《解魔》だね」
「……………………紅秋が、これを?」
シンクはようやくそう言うと、興奮した様子で目を見開き、微かに笑って続けた。
「怪物め」
その言葉で紅秋の意識は現実に戻る。酷く懐かしい思いに襲われて、困ったように笑った。
「そこは、化物で」
その声になんらかの思いを感じ取ったシンクは聞き返さない。
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