11話 十人の裸エプロン秘書

 部屋の壁全てが、毒々しい緑と赤のペンキで交互に汚されたような色に発光していた。床からは鉄パイプのような色の木がそそり立ち、葉の間からフケのような粉雪を降らせている。そして、一方向にだけ壁がなく、鏡張りだった。


「……これが紅秋の想像した『春』か?」


 正気を疑う目で見られ、全力で否定する。


「そ、そんなわけ! シンクさんの世界観でしょう?」

「おいおい、俺は色彩センスには定評あるぞ」

「ならその馬鹿みたいにどぎつい金髪はなんです?」

「す、スーパーな男は髪が金になるもんなんだよ」

「想定以上に馬鹿な答え!」紅秋は自分の頬を挟む。「です」

「ば、馬鹿って言うな」

「じゃあその赤い電脳創衣も『血染めだ』とか言うんでしょう?」

「言わねえよ」

「または自分とかけて『真紅の電脳創衣』? とんだナルシスト野郎だよ! ですよ」

「ですます調なら失礼にならんと思うなよ……? つかやめろ。中途半端な気遣いは要らん」

「おっけぃっ!」

「適応早ぇな」


 なかなか話が進まないので、シンクは言い合いをやめ、予測不能な術式グリッチコードが発動したのかもしれない、と説明した。複雑なふたつの術式を同時に実行し、さらに同じ空間であの乱入者たちの魔術が発動中だったので、なんらかのバグが起きたんじゃないか、と。


「そんなことあるの?」

「正直解らん。基礎コードはともかく、応用コードは個々人の創作だからな。電脳創衣プログラムってのは、基礎開発者たちの想像を超えて発展してる……だろ?」

「へぇええ、そうなんだ」

「……あんた、本当に魔術師か?」

「わたしは、学校を途中で辞めたし。ここでも、他のひととはあんまり馬が合わなくて」

「ああ……」


 カラフルジャージの連中が浮かぶ。


「ここに来た当時は、『本当は五人で定員なんだが、特別枠のブラックに任命しよう!』ってフレンドリーに誘われたんだけど、『普通に嫌です』って拒否ったら、ハブられるようになってさ……旦那様が気遣って、わたしだけ傍付きにしてくれたんだけど、さらに目の敵にされるようになって……はは」


 少しだけ寂しげに笑う。


「あいつらのノリは、旦那様の趣味じゃないのか」

「全然違うよ」


 紅秋は両手を振る。


「世間のイメージがおかしいの。すっごくストイックなひとだよ? でも、他人には凄く寛容。自由にさせてくれるし、態度はともかく優しい。今夜だってあなたが来るから、屋敷の皆に暇を取らせて……だからほとんど誰もいないんだよ」

「そうなのか」


 前に屋敷に忍び込んだとき、言い合いになった目つきの悪い坊主を思い浮かべる。


「堅物に見えたけどな……一般的にゃ、川口獅子はエロ坊主だし」

「こらっ!」


 紅秋が素早くコードを叩くと、シンクの首筋に冷たくぬるっとした感触が生まれる。


「うわなにすんだっ!」

「蒟蒻」


 笑顔の紅秋をシンクは無言で非難した。


 川口獅子は、多角的事業を展開するKWグループを一代で築いた事業主である。業種にこだわらず金融から小売まであらゆる事業に挑戦し続ける姿勢は、ベンチャースピリッツを持つ事業者たちからは尊敬の眼差しで見られる。


 だが一方で、初めて大きく成功し、今でも中核とされる事業がアダルト関連であることから、世間一般の川口に対する見方はやや穿っている。噂では十人の秘書を常に裸エプロンで侍らせてるとか、百人の美女を囲った現代の後宮を所持しているとか、散々な言われようである。川口自身噂を否定せず沈黙を貫くので、世間では言いたい放題である。


「しかしまあ、どうするかな」

「勝負の話?」

「や、それどころじゃねえだろ。さっきは広間にいたはずなのに、見ろ。この部屋はそこまで広くねえし、なにより扉がねえ。どうやら色彩だけじゃなく、空間が歪曲してるぞ」

「あぁ!」

「な、なんだよ?」

「どどどうしようっ、屋敷をこんな風にしちゃって、旦那様に怒られるっ」

「いまいちずれてんな……まあいい。幸いさっきの奴らは別の場所に飛んだみてえだしな」

「そういえばさっきのひとたちは誰? シンクを呼んでたよね?」

「初めて見た顔だが、まあ、想像はつく。俺の命でも狙ってんだろ」

「そんな、よくあることみたいに……」

「よくあるんだ」

「そうなの!? でも、他人を殺したりしたら、自分の寿命がなくなるよ?」

「世の中にはな、それでもいいって奴がいるんだよ。またはそのルールの外にある存在ってのも、少数だが存在する。さっきの奴らがどっちかは知らんが」

「なんか……大変なんだね」


 感心するような紅秋の態度に、シンクは自然と笑みが浮かぶ。あれほどの実力を持つ魔術師なのに、話せば話すほどただの世間知らずに思えた。

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