12話 大いなる術式(グレイトコード)

「さて、こっからどうするだけどな。俺は、《大いなるグレイト術式コード》を使うのがいいと思う」

「えっ……」


 紅秋は素直に驚いてから、疑るような半眼になる。


「その手には乗らないよ。話の流れでわたしを言いくるめようとしてるでしょ?」

「おお、意外に賢いじゃねえか」            


 紅秋がコードを打ち込もうとするのを、素手で手首を握って止める。


「やめろっ! 紅秋の術、地味にストレスになるんだ!」

「なら騙そうとしないでよ」

「意外に賢い、とは言ったが、肯定はしてねえ」

「どういうこと?」

「川口獅子が持ってる《大いなるグレイト術式コード》の効力を知ってるか?」


 紅秋は濡れた犬が水を飛ばすように首を横に振る。シンクが答えを言った。


「《かい》だよ」

「……具象化された術を無効にする、ってこと?」

「ああ」

「でも、それって一般的な術にもあるよね?」

普通解魔を行う場合、具象化された術を構成する複数のコードを紐解いて、ひとつひとつの手順を逆から上書きする必要があるだろ。《大いなるグレイト術式コード》っつーのは、通常コードの完全な上位互換コードの総称だ。対象のコードを紐解かなくても、強制的に上書きできる」

「んー……つまり、鍵穴の形を知らなくてもなんでも開けられるマスターキーみたいな?」

「まあ、そういうことだ」

「それがあると、この状況がどうよくなるの?」


 飲み込みがいいのか悪いのか微妙な質問をしてくる紅秋に、シンクは苦笑いを浮かべる。


「なんでこうなったのか解らん、この異次元状態を強制的にキャンセルできるだろ」

「おおっ!」


 紅秋が勢いよく顔を上げ、頭の右側にぴょこんとひと束括られた筆のような髪が跳ねる。

 しかしすぐに、伏し目がちになって肩を落とす。


「……でもそれが本当でも、《大いなるグレイト術式コード》をシンクに教えたらどっちみち怒られる」

「子どもみてえに正直だな。そんな紅秋に、いい方法を教えてやる」

「……え?」


 親指を立てて爽やかな笑みを向ける。


「黙ってりゃ、ばれねーよ」


 聞いた途端、紅秋は軽蔑するような目で溜息をついた。

 が、その顔のまま数秒止まった後、にひ、と笑い直す。


「それも、そうかもねぇ」

「だろ?」

「大和屋ぁ、お主も相当なワルよのぅー」

「いえいえ、紅秋様には敵いませぬ」


 初対面の割に大分会話のテンポが噛み合うことを互いに感じつつ、こうしてふたりは共謀関係を結ぶのであった。

 とは言え紅秋も《大いなるグレイト術式コード》がどこにどういう形で保管されているかは知らない。

 ひとまず、川口に見つからないように探そうということになった。


「ところでさ」紅秋が思いついたように言う。「シンクはその、《解魔》をなにに使いたいの?」

「……ああ」

「あ、言いたくないならいいけど」

「いや……そうだな。協力するんだ、隠し事はなしにしよう」


 シンクはあっけらかんと笑い、躊躇うこともなく言った。


「俺のINO値を正常化したいんだ」

「……え?」


 胸がざわめく。意味は解らなくても、口調どおり軽い話題のわけがないとすぐに解った。


「世界中が知ってるよな、大和シンクは寿、って。あれ、正確には、表示がバグるほど天文学的な数値になってんだ。俺はそいつを減らすために、寿命の《譲渡》って術式を開発したが……それより前に、予め、それを見越したような術式をかけられていた」

「……どんな術?」

「《譲渡制限》……譲渡できるのは一度に百日まで。そして、五十日経つまで同じ人間に譲渡ができない。さらに、五十日間で譲渡できるのは最大十人まで。この制限のせいで、俺の寿命はいつまで経ってもまともに減りやしねえ」

「……意味が解らない」


 紅秋は真顔になった。本気で困惑した声を向ける。


「死にたいの?」

「そうじゃねえ、むしろ逆だ」


 紅秋の視線に笑みを浮かべてシンクは答えた。


「生きたい、んだよ。初期設定寿命まで、きっちりと」

「そんなの……変だよ」


 紅秋はいつか感じたことのある、焦燥のようなもどかしさを伴う熱が心の奥に灯るのを感じた。しかしそれがいつのことかはとっさに思い出せない。


「普通の寿命を持つ人間には、理解できなくて当然だ。けど俺はそのために旅をしてきた。そしてようやく、ぎりぎりのところで《解魔》の《大いなるグレイト術式コード》の在処を見つけた」


 ともすれば後ろ向きに聞こえることを、とてつもなく前向きな顔で語るシンクに、紅秋はどういう顔でどういう言葉を向ければいいのか解らず、立ちすくむ。

 そして気付く。


「……ぎりぎりのところで?」


 ああ、とシンクは優しさすら混じらせた笑みで、性癖を明かすに等しい言葉を吐いた。


「俺の本来の初期設定寿命は32,564……そして俺は今日、八十九歳と七十八日」


 紅秋は暗算し、次の瞬間喉が引きつったように動かなくなる。目の前の、同い年くらいの姿をした青年から視線を動かせなくなった。

 八十九歳と七十八日は、32,563日である。つまり、


「絶対誰にも言うなよ? 明日が、俺の死ぬべき日だ」


 紅秋がなにかを言おうと口を開きかける。瞬間、鏡の壁にヒビが入った。音に気付いてシンクと紅秋が視線を向けるのとほとんど同時に、割れて砕ける。


「みぃいいいいいいいいいいっけたっ!」


 頭も服もどピンクのラナが、ステッキを振りかざして飛び込んできた。

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