三章 《魔法少女》と《ヒーロー》

13話 変態 VS おっさん①

 ソニックが屋敷の扉を開けると、トイレくらいの小部屋だった。


「あ、失礼しました」とっさに閉める。


 本当にトイレだったわけではない。

 人間ひとり立つのがせいぜいのスペースで、マッスルポーズを取る男と目が合った。


「なんで閉めたの?」


 ソニックに扉を開けろと促した後ろの林胡は、怪訝な顔をする。


「いや、男がいて」

「男?」

「筋骨隆々で奇抜な髪型で」

「だから閉めたの?」

「それだけなら俺、偏見とかないからいいんだけど」


 上半身裸、スパッツとニーソとスニーカーだけの格好を思い浮かべる。


「多分着替え中だったんだよね」

「玄関で? 気のせいじゃない?」

「そうかなあ。あれが着替え中じゃないなら……えっと……」

「着替え中じゃないなら?」

「あんまりひとをこんな風には言いたくないんだけど、変た」

「お主ら」扉が内側から開いて男が顔を出す。

「うわぁああああああああっ!?」


 ソニックは脅かされた格好になって肩をびくつかせた。

 同時に、普段ほとんど平坦な顔しかしない林胡の表情が、一気に崩れる。


「へっ、へへへぇんたぁいだぁああっ!」

「うぉおおおおおおおおおっ!?」


 その林胡にも驚いて、ソニックはもはやなにがなんだか解らない。

 絶叫顔を見合わせるふたりの間に、変態呼ばわりされた男が入って両方の肩に手を置く。


「落ち着け、お主ら。わしは怪しい者ではない」

「あんたが怪しくないなら世の不審者は大抵爽やか好青年だよ!」

「こ、こらこら弘前。初対面のひとに向かって失礼じゃ……眉毛濃いな!」

「うむ。チャームポイントでござっ!」


 味付き海苔のような太眉を持つ男は特に傷付いた様子もなく、腕組みして白い歯を見せた。ひとつひとつの歯が、ピアノの鍵盤のような大きさと白さだ。

 とにかく林胡とソニックは冷静になるため、男から離れようとする。が、また肩に手を置かれ、握られた。見た目のとおり怪力で、微動だにしない。


「あんた……寒くねぇの?」


 諦めの早さには自信のあるソニックが、とりあえず気になったことを訊いた。

 魔術による温度調整が入っているとは言え、冬であることに変わりはない。


「がははっ!」


 本当にこんな笑い方する奴いるんだ、と思うような感じで力任せに笑い、男はさらに踏み込み、肩を組んでくる。


「知らんのかぃっ、歴史上には『心頭滅却すれば火もまた涼し』の格言と共に、褌一丁で大気圏突入を成し遂げたおとこもおるんじゃっ!」

「あ、はは、そ、そうなんだあー」


 愛想笑いを浮かべるソニックと違い、林胡は身体を捻って逃れようとするが、大岩に潰されているように動かない。腰からナドロ・リニオの二本を抜き、脇の下の急所を狙う。


「こらこら」


 身体を微妙にずらされ、二本とも脇に挟まれた。当然抜けない。


「話を聞け。なにもすぐ危害を加えようというわけではない。訊きたいことがあるのだ」

「こっちは、なんも、答えることは、ないっ!」


 林胡はナドロ・リニオを握りながら、両足を地面から離して男の胴体を思い切り真横に踏み付ける。それでも微動だにしない。


「おや? よく見るとお前さん、滅茶苦茶べっぴんじゃな……しっかしなんじゃいその傷跡は。折角の綺麗な顔が台無しでは」


 言葉の途中で男がのけぞった。

 林胡がなにかしたわけではない。されるがままだったソニックが、顔面に拳を叩き込んだのだ。ナドロ・リニオがすっぽ抜け、林胡は受け身を取りながら回転し、体勢を整える。


「がっははぁ!」


 鼻面から軽く流血する男の顔には歓喜が浮かんでいる。


「悪りぃ。なんか、殴っちまった」


 ソニックの顔は相変わらずハの字眉にやる気のない半眼である。が、瞳孔は収縮し、静かな憤りが燃えていた。


「良き哉っ。魂を感じる拳である! しかし待て。お主ら、大和シンクの居場所を知らんか?」


 ソニックは眉を潜める。


「あんだよ……川口家のボディーガードかなんかと勘違いして加減しちまったじゃねーか」


 深いため息をついて、それから片方の口の端を上げた。


「お前、だな」

「おお、お主もか? これは失礼した!」


 男が両拳を掲げ、上半身の筋肉を盛り上げポーズを取る。


「わしの名はウムライ! 『ひとりクラウド・ヒーロー担当』でござ!」

「なに担当でもいい」

「んむ?」

「目的は? 大和を奴だ?」


 どんどん低くなっていくソニックの声を気にすることもなく、ウムライは高らかに叫ぶ。


「殺す! それが! わしらの! 生きる道ッ!」


 ソニックが腰を入れた拳をウムライの腹に繰り出す。寸前でウムライが掌で受けた。


「っっぐはは、痺れるのっ。お主の名は?」


 拳を引いて一歩後ずさったソニックは、林胡に呼びかける。


「なあ弘前、こいつぁ結構手強そうだ。ひとつ、共闘といこうじゃねえの」


 が、返事はない。

 あれ? と思って首を傾けると、林胡は既に扉の向こうに消えていくところだった。


「……ぇええええ」

「がはははは! ういではないかッ、おとこの勝負はタイマンと決まっておろッ!」

「はぁあ……駄目だ、やる気スイッチもげた」


 肩で大きく息を吸い、全力で溜息をつく。顔を上げてから名乗る。


国際中央管理局公認業務委託登録法人|大蛇《おろちの首》第三事ご……あぁ噛んだ」左の拳を前に突き出し、構える。「とりま、ソニックだ」


 リラックスしたように見えて、剣呑に開かれた瞳の奥の光は、危険なほど冷たい。


「一応、受け継いだ天職ライフワークを奪われるわけにはいかねーからな。……いくぜ」


 そしてふたりとも同時に床を蹴る。

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