14話 《魔法少女》 VS 《大災害》①

「《爆神丸》!」


 ラナがステッキをバトンのように回すと、先端の宝玉が赤く点滅した。


「世紀末に降り立つ北斗の礎それは愛それは肉それは爆砕殺られて殺るかもう死んでるか」


 独り言をぶつぶつ呟く。ひとの頭くらいのピンクのハートが、紅秋の眼前に現れた。ハートにはリアルなおっさんの目と鼻と口が付いており、眉と髭まで付いている。


「へ?」


 紅秋が虚を突かれる。ラナが叫ぶ。


「愛は、派手に死ね!」


 ハートが、いやらしくにぃい、と笑った。

 その瞬間、光を放って爆砕する。


 が、その衝撃は紅秋の顔には届かない。ハートを囲む正方形の透明な氷の箱を、シンクが魔術によって生み出していた。


「ちぃっ! やるな!」


 ラナはしてやられたという感じで眉を吊り上げつつ、口には笑みを浮かべている。


「こ、怖いぃっ。め、目が、鼻が、口が、飛び散ったぁっ」


 紅秋は泣きそうな顔でシンクを見る。


「描写すんな、気持ち悪い」

「だって、目の前で濃いひとの顔がばらばらになるんだよ!?」

「あぁ、解った解った」


 言いながらシンクは指を動かしている。

 実行。


 ラナの眼前に氷の柱がそびえる。地面から天井まで何本も突き出て、ぐるりと取り囲む。


「《爆神丸》!」


 ラナがステッキを振る。またぶつぶつ呟くと、全方位の氷柱が真ん中辺りで砕けた。が、


「なっ!?」


 ラナの目が見開かれる。砕けた氷は霧となって、ラナの視界と身体を覆い尽くした。


「紅秋」その隙にシンクが呼びかける。「こいつの相手は俺がする。あんたは、探せ!」


 ラナの前なので、なにを、とは言わない。

 紅秋は一瞬だけ躊躇うような顔をしたが、目の前の男が何者か思い出し、頷く。


「ひとつ注意だ」


 シンクは微かに笑うと、懐からなにかを出して放る。紅秋が受け取ると、懐中時計だった。


「これは?」

「俺の仲間で、弘前林胡って女が一緒に来てる。変な女だから会えばすぐ解ると思う。もし鉢合わせたら、そいつを見せて、俺と協力関係にあるって説明しろ」

「変ってどんな」


 という呟きは、轟音にかき消された。強い風が吹き、紅秋の髪とマフラーをばさばさとはためかせる。シンクが「行け!」と叫んだのが、口の形で解った。


 両手で丸を作って、紅秋はラナの向こう側へ走り出す。霧を爆風で吹き飛ばしたラナは、紅秋に向けてステッキを突き出す。


「小さな恋の連続殺人!」


 小規模な、拳大のハートが連なって紅秋に伸びながら順番に爆発していく。しかしその先端が紅秋に届く手前で、シンクの作り出した氷の壁に阻まれた。壁は左右円形に広がり、部屋を一回り小さく覆い尽くす。完成した氷壁の内側で、シンクとラナは向き合った。


「密室に女を連れ込んでどうしようってーの?」ラナの瞳は不敵に歪んでいる。

「魔法少女とか言うなら、もうちょい可愛らしい態度をしたらどうだ?」

「あー、やだねこれだからじじいは」


 ラナは剣士が刀を担ぐように、ステッキを肩に載せる。


「知らないものを固定観念で語りやがる。役割に合わせて性格を変えるなんざぁ三流のすることさ。ボクは魔法少女である前に、ボクなんだ」

「そう言うなら、『これだからじじいは』ってのも固定観念だと思うが?」

「揚げ足取んじゃねえよ」ラナは不機嫌そうに頬をむくれさせる。「ま、魔術師同士だ。言葉よりで語り合おうや」


 ステッキを持ち替え、切っ先をシンクに向ける。


「いや、つーかおめーら何者だよ。目的は俺の命か? だとして、なんのために」

「当ててみなぁ」


 ラナは可愛らしい服も目鼻立ちも台無しにするような、ひとを食った笑い方をする。


「じゃなきゃ、力尽くで吐かせてみ?」


 ステッキを持たないほうの中指を立て、片目を半分閉じて舌を出す。


「……なんだろ。なんかその感じ、見覚えあるような」

「さぁ行くぜぇ?」


 ラナはステッキを派手にぶん回し、上段の構えを取った。


「見せやがれ! てめぇが世界を巡って見出した、熱き魂の煌めきってやつをなぁ!」


 なんだそのノリ……とシンクが呆れるのも構わずラナが床を蹴る。


          ○


(ああ、上手く抜け出せた)


 林胡は屋敷の中を駆けていた。

 ウムライの姿を見た瞬間、生理的に受け付けない震えが来た。その瞬間から、どうにかしてソニックに押し付けよう、と強い意志を抱き、機会を窺っていたのだ。


(ったくあいつは……恥ずかしーんだよ。大体やる気ないくせにあんなことで怒って。

 あたしが喜ぶとでも思ってんのかね)


 と呆れつつ、不快な顔ではない。


(しっかし、なんて悪趣味な館……)


 間取りも内装もイカれた芸術家がデザインしたみたいに、実用面を無視して個性を追求している。こんなところに住む人間は頭がどうかしていると思う。

 まるで魔王の屋敷……と言ったら、魔王が怒るかもしれないレベルだ。


 部屋から部屋へ移動しつつそんなことを考えていると、血が染み込んで乾いたようなどす黒さの廊下で、初めてひとを見かけた。相手も林胡に気付く。


「あっ」


 驚いたように目を見開く小柄な少女は、ぱっと見普通の人間だ。

 だが、ひとが見かけによらないことを、林胡は嫌になるくらい知っている。こんな屋敷に普通の人間がいるということ自体が、既に普通ではない。少し距離を置いて立ち止まる。


「あ、えっと」


 少女が何事かを言おうとした瞬間、林胡はナドロを抜いて切っ先を突きつけた。


「質問に答えて」


 少女がびくつくのも構わず、言う。


「大和シンクを見なかった?」


 少女は僅かに考えるような躊躇を見せたが、ややあってコートのポケットに手を入れる。武器を出すつもりかと警戒するが、ゆっくり取り出したのは丸い金属の塊だった。


 掌の上に広げて見せたそれに、林胡は見覚えがある。


「それは、シンクの時計……!」


 はい、と少女が頷く。さらになにかを言おうと口を開きかけるが、みなまで言えない。

 林胡の頭が瞬時に沸騰し、怒鳴り声で遮ったからである。


「お前、シンクになにをした!」


 林胡は、少女に飛びかかった。

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