絶命の32564

23話 《魔法少女》の下半身は、変態の尻から飛び出す

「……《ヒーロー》、てめぇ……やられたのかよ」

　先程の炎で表面は僅かに溶けたものの、まだ氷漬けのままのラナが言葉を落とした。

　床に叩き付けられ、転がるウムライはうわごとのように答える。

「すまぬ、《魔法少女》……だが、お主も……」

「ボクはまだ、負けてねぇっ……！」

「だが、その姿……」

「解ってんだろ！　ボクたちには、勝ち以外の道がねえ！」

「そう、だが……」

　傍らのソニックとシンクは、とりあえずひと息ついて床に座っている。とは言えシンクは、ラナが《爆神丸》と言ったらすぐ対処できるよう、電脳創衣のリングに指を通したままだ。

「なあじーさん。結局あいつら何者？」

「さあ？」

「さあって……素命の民を知らなかったから、普通の老いない人間だと思うけどさ……にしちゃ、危害を加えることに躊躇がなさ過ぎると思うんだよな。あの調子で今まで生きてきたんなら、とっくにINO値が尽きてておかしくねーんだけど」

「まあなんでもいいけどよ、ああいうのを捕まえて更生させんのがお前らの仕事だろ？」

「あんたが言うのか……つっても、ああいうのは第二の管轄なんだよなあ。俺が引っ張んの？　めんどくせー」

「しゃーねえだろ。というわけで、今回は俺に関わるな。とっとと奴らを連行して帰れ」

「いやいや、んなわけいくかよ。あいつらを仮に見逃しても評価には響かんが、あんたを見逃したらバツが付く」

「INO値がねーんだから、バツが付いたっていいだろ別に」

「いいわけあるかっ。素命の民にだって生活があるんだ。つーかだ、更生施設にぶち込んでもあんたが脱走しやがるから、俺がいつまで経っても楽できねーんだ。一度捕まえたら終わりだと思ってたのによぅ……親父らに騙された気分だ」

「おお、もう諦めろよ。お前が更生施設の監視役にでもならん限り、俺は何度でも出るぞ」

「あ、その手があるか。今度あんたを捕らえたら、異動願い出そうかな……」

「うぉしまった余計なこと言ったっ」

　内容の割に、ふたりの会話に緊張感はない。そのテンションのまま、ソニックがおもむろに立ち上がる。

「さてと」

「気をつけて帰れよ？」

「おう。っていやいやいや、帰るかっつーの」

　ノリ突っ込みにも特に勢いはない。

「そろそろやろうぜ」

「うわー、めんどくせえ。あ、でも、だったら先にあの魔法少女の口を封じとかねえと」

「そうなの？　口を塞ぐって、キス？」

「お前、発想までおっさんになったな……仮にも見た目幼女に向かってなんつう」

「どうせ外見は前からおっさんだよ！」

　論点がずれている台詞を、ソニックは拗ね気味に叫んだ。そこに、

「久しぶりだね、シンク！」

　声が投げ込まれた。

「……あ？」

　シンクはどこから聞こえたのか解らず、ソニックに問う。

「今の、お前？」

「んなわけねーだろ。さっきから話してる相手に久しぶりとか、どんだけ脳細胞死んでんだ」

「老化する人間って悲しいよな……」

「遠い目しないでくれる？」

「こっちだ！」

　再び投げかけられた声の方向を、今度はしっかり感じ取る。ラナとウムライのいるほうだ。

「なん……だ、よ！？」

　振り返ると、ラナとウムライが笑っていた。

　が、尋常な笑みではない。目は限界まで開かれた白目で、口も裂けそうなほど吊り上がっている。ウムライは仰向けに倒れたままだ。

「僕だよ！　僕！」

　表情と声の調子が全く合っていない。

「なんだよ！　解らないのか！？」

　これはラナの声だ。シンクはソニックを見る。

「……えっと、俺、どうすれば」

「俺に聞くなよ」関わりたくない、という目をした。「なに？　知り合いだったの？」

「いや知らねえよこんな奴ら！　過去会ってたら忘れねえインパクトだし」

「おいおい！」「つれないじゃないか！」

　ラナとウムライが続けて喋る。まるでひとりの台詞を、ふたりで喋っているようだった。

「……とりあえず、黙らせよう」

　シンクが気味が悪い、という顔でキーボードをかちゃかちゃ叩く。

　抱えきれないほどの雪の塊が空中に現れ、ウムライとラナの顔面に向けて飛ぶ。

「どーん！」「どーん！」

　雪が破裂して四散する。

　同時に、ラナは氷の壁を力尽くで割って抜け出し、ウムライは不自然な勢いで飛び起きた。

「……はっ？」シンクは大口を開ける。

　白目のまま、軽やかなステップを踏むウムライの肩に、ラナが飛び乗る。

「やあ！　情けないよな！」ウムライが叫ぶ。

「ヒーローや魔法少女は負けちゃいけないのに！」ラナも叫んだ。

「だけど！」

「大丈夫！」

「一度負けても！」

「最後には必ず勝つ！」

「何故なら」

　ふたりで声を揃える。

『正義だから！』

　ラナがぶつぶつ言い、ウムライはその場で拳を滅茶苦茶に振り回す。

「わ、やべっ！　ハの字！」

「解ってる！」

　あっけにとられていたシンクとソニックが動き出す。が、詠唱はすぐに終わる。

『合・体！』

　視界が光に覆われた。目を開けていられないほどの眩しさに動きが止まる。

　そして数秒で収まった後、そこには、異形がいた。

『しゃっきーん！　あ、いや、借金じゃないよ？』

　ラナとウムライが同時に声を発する。その身体が、ひとつになっていた。

　ベースは巨体で、ただしウムライの首は左の肩から生えている。右側には、ラナの腰から上が生えていた。ラナの下半身は、ウムライの尻から飛び出している。

　そして、胸が盛り上がる。

　皮膚を突き破り、もうひとつの顔が浮かび上がる。真顔でも驚愕しているように見えるほど大きな瞳に、高い鼻と分厚い唇。表情は、片目を半分閉じて舌を出す、ひとを食ったような笑みだった。その顔だけが喋る。

「もう一度言うよ！　久しぶりだね、シンク！」

　その顔と声で、シンクはようやくそれが誰なのか理解した。

　感情のたがが外れたような喋り方のそいつを、シンクは嫌悪を滲ませて呼んだ。

「お前は……ウェヴサービン……ッ！」

　その名に、ソニックが驚愕する。

「えっ……マジでっ！？」

　それは、あまりに有名な名だった。

　第二次生命革命を成し遂げた《魔人》……現（魔神）たちのひとりである。