5話 風にはためくジャージの裾に
「よう。来やがったな。思ったとおり正面から」
川口邸宅の門の前にあぐらをかいて座るソニックが白い息を吐きながら声を掛けると、シンクは立ち止まった。門から伸びる光が、スポットライトのようにソニックを照らしている。
「……なにしてんだ、ハの字。こんなとこで」
「あんたを待ち構えてるに決まってんだろ」
「うあーっ……いよいよめんどくせえぇ。帰りてぇええ」
回れ右しようとするシンクの頭を林胡が押さえる。
「待て。……大宮、あんた寒くないの? 気温、氷点下だよ?」
「寒みーよ」
ソニックは笑おうとするが、口元がかじかんで失敗する。腕組みをしているが、どちらかと言えば自分を抱きかかえているようで、全身が小刻みに震えていた。
「俺だって本当は屋敷の中で待たせてもらいははっはさ」
上手く発音できず、歯を打ち鳴らす。
「だが、やんわり断られた」
先程、『手をお貸ししましょう』と申し出たソニックに、川口は丁寧な口調で『ありがとう。是非お願いしよう』と言った後、同じ態度で続けた。
『では屋敷の中は我々が固めるので、外の守りをお願いしたい。ファーストコンタクトを託してしまうことになるが、あの男の専門家たるあんたになら安心して任せていいな?』
信頼を滲ませる声に『寒いから嫌だ』と言うこともできず、日没前から外に張り込んで数時間、(あれ? これ厄介払いされてね?)と気付いたころには身体が動かなくなっていた。
「というわけでだ。助けてくれねーか」
「なに言ってんのかさっぱり解んねえ」
シンクは呆れを混じらせた後、「林胡」と促す。林胡はつかつかとソニックに寄って、
「邪魔な奴が動けなくなっててらっきー」
声と顔には特に喜びを表さないまま、前蹴りをかます。
為す術なくソニックが仰向けに倒れた。
「なっ、なにすんだよぉ弘前。俺がこのまま朝を迎えて、冷たくなったらどうすんだ」
「泣いてあげるよ」
林胡は冷ややかな視線のまま言った。
「マジウケるわー、って」
「そんな涙!?」
ソニックのほうが、泣きそうな顔で叫んだ。
「おし。こいつが動けねーうちに、行こう。サクっと」
シンクが両手を開く。電脳創衣の手首の部分が開いて伸び、シンクの手の甲を覆った。そこには両手合わせて十個のリングがある。そこへ左右全ての指を通し、握り込む。
「扉、鍵かかってる?」林胡が訊く。
「ああ。一瞬だ」
シンクが空中で指をかちゃかちゃ動かす。メカニカルな音がした直後、錠の開く音がした。
横たわったままソニックが呆れる。
「うぁー……相変わらず出鱈目な詠唱速度。鍵なくして業者に頼んだって五分はかかるぞ」
門の電子錠を、電脳創衣によるプログラミング……すなわち魔術で開いたのである。
シンクが取っ手の金具を持ち、両手で扉を引く。左右に開き、それと同時に、
「ぉおおっ!?」
熱い突風が吹いた。上体がバランスを崩し、よろける。視界に投網が映った。
「マジかっ!?」
直線的に猛スピードで向かってくる網は、鋼鉄製だ。身体をひねって横に跳び、かわす。
「なんじゃこらぁああっ」
網が、倒れるソニックに覆い被さった。
息をつく間もなく、今度は数本の矢が飛んでくる。先端は鏃ではなく、餅状の物体だ。
「舐めんなっ!」
バランスを崩したままシンクは指を動かす。精密機器のように迷いなく打ち込まれたコードによって矢の軌道を変え、ソニックに向かわせる。鉄の網に触れると、ポップコーンが破裂するような音を次々と弾かせた。
「うぁああっ重ぃいっ! 潰れるぅうっ!」
悲鳴がこだまする。ソニックはひとつひとつが玉乗りの玉ほどに巨大化し重量を持った餅に埋もれかけていた。
よくある術である。ひとを傷付ける行為が問答無用で設定寿命を削り取る現代においては、相手の動きを拘束する術が主流と言える。相手に触れた途端質量を倍加させたり、強力な接着剤のように変質させたりする飛び道具は珍しくない。
体勢を整えたシンクは、門の中の庭園に五つの人影を認める。
「来客に随分な歓待じゃねえか。餅の前に茶でも出してくれよ」
立っている男女はいずれもリュックのように巨大な黒い箱、汎用的な電脳創衣を背負っている。前側には地面と平行の板を紐で首から提げており、さながら車内販売のようだ。板の上には前時代から脈々と使われ続けるQWERTY配列のフルキーボードが固定されていた。
服装は、五人ともジャージである。ただし左からピンク、ブルー、レッド、イエロー、グリーンと色が異なる。目にはARモニタとなるゴーグルをかけている。
「招かれざる客に出す茶などないっ!」レッドが雄々しく叫ぶ。
「色々突っ込みたいが、とりあえずその色違」
「我ら、川口家の魔術執事アンド家政婦!」
質問に答える気はないようだ。口々に、ひとりひとりが予め決められている台詞を吐くと同時に、大仰なポーズを取っていく。
「この世の悪を砕くため!」
「おうちの平和を守るため!」
「風にはためくジャージの裾に!」
「いつか浴びるぜスポットライト!」
「我らッ!」
中央のレッドが短く切ると、残りの四人が一斉にポーズを決め直し、五人で声を揃える。
『魔術師団、獅子の五本指ッッッッ!』
全員の右手は真っ直ぐ突き出されて『五』を示している。
ほぼ同時にイエローが左手でキーボードをカタカタ打って、コードを組む。
ゼロコンマ数秒遅れて、夜空に『どぉおおおおんっ』という轟音が響いた。
そのまま数秒、微動だにしない五人を前に、シンクは大口を開けたまま固まる。
不意に肩へ手を置かれて振り返ると、林胡がいた。見上げると、臨終した病人に向けるような悲痛さで、ゆっくり、声もなくかぶりを振る。
「林胡。あいつら、色々……色々ぉおお」
「解る。解るけど……突っ込んだら負けだ」
「くっ……くうぅっ」
耐えながら歯ぎしりすると、ムキムキのレッドが勝ち誇って指差してくる。
「圧倒されて声も出ないようだなッ!」
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