6話 裸ランドセル

 ムキムキのレッドが勝ち誇って指差してくる。


「圧倒されて声も出ないようだなッ!」


 続けて病弱そうなブルーが、さらにグラマーなピンクが一歩前に出ながら喋る。


「無理もねえ。ビビっちまってるんだろう」

「ねえ、さっさとやっちまおうよ。あたしたちのアレで」


 肥満体のグリーンがげはげは笑う。


「だな。終わらせてカレーでも食いに行こう」

「グリーンは本当にグリーンカレーばっかだなあ」


 少年のような体型のイエローが呆れた。


「ならば行こうッ、力を合わせッ! ひとりひとりは小さくとも、ひとつになれば無敵ッ! いかに大和シンクが達人だとて、ひとつのコードを五人で組めば、詠唱速度は五倍ッ!」


 おもむろにレッドが「セット」と呟き、肩を丸めて腕をコンパクトにたたみ、指をキーボードのホームポジションに載せる。四人も一糸乱れぬ揃いの動作でそれにならった。


「レディ……ゴゥッ!」


 一斉に、キーボードを叩き始める。一心不乱に、まるで滝に打たれながら念仏を唱え続ける仏僧のように、堅く目を閉じ指先だけに意識を集中させる。見事なほど動作の揃ったタイピングだった。だが、


「遅え」


 五人の指が止まるより早く、既にシンクは術式を完成させていた。中空に打ち込んだコードの最後に、Enterの動作をして実行する。


 パァンッ、と小気味よい破裂音とともに服が弾ける。


 五色のジャージがまるで内側から爆発したように、無数の布きれになって四散した。庭園に舞い上がり、色とりどりの布がひらひらと空間を彩る。


「いゃぁああああんっ!」「まいっちんぐぅっ!」


 女性のピンクとイエローは羞恥に頬を染め前を隠して屈み、それを見た男性のブルーとグリーンは違う理由で屈む。レッドだけは微動だにしない。シリアスな顔で目尻を震わせた。


「……な、んだと」


 マッチョな裸身に電脳創衣だけ、という姿は成人アスリートが全裸でランドセルを背負い、首から画板を提げているのに等しい。真面目な顔をすればするほど、変態であった。


「五人同時に、服だけを狙って破裂させるだと……一体どれほどの精度だというのだ。しかも我々五人の捕縛術の詠唱より早く……ッ」

「感心してねーで、ブツを隠せ」


 シンクは半眼で呆れて言った。


「敷地内とは言え、門開いてっからな。もしかしたら寿命減るかもしれねーぞ? 猥褻物陳列罪で」

「くっ……撤退! 撤退だぁあっ!」


 わぁああ、とわめきつつ、五人はそれぞれ手近な植物の葉をむしって局部を隠し、多様な尻を並べて屋敷のほうへ退散していった。


 なんとも言えない気分で、シンクが腰に片手を当てて溜息をつく。

 その瞬間、背後で物音がした。


 シンクが振り返ると同時に、黒い革に包まれた拳が顔面に襲いかかる。その間に、黒く平べったい棒が差し込まれ、互いに弾き合う。


 殴りかかってきたのは餅と網に潰されていたはずのソニックで、防いだのは黒い強化ゴム製の、へらのような形状をした短剣を腰から抜いた林胡だ。シンクが数歩後ずさって距離を取ると、ソニックがやる気のない目のまま、薄笑みを浮かべた。


「あー、やっとあったまってきたあぁー」


 どうやら温室から流れた空気と、餅の断熱効果で身体が動くようになったらしい。そうなれば数十キロの重みも鋼鉄の網も、ソニックにとってものの数ではない。


「あぁ……しくじった」シンクは餅をソニックに当てたことを後悔する。「林胡」

「い・や・だ」

「まだなにも言ってねえよ!?」

「解るよ」

「なら、頼む」

「やだって。こいつしつこいもん」

「そこをなんとか」拝み倒す。

「今日は逃がさねーぞ? 大和のじーさん」ソニックが両拳を撃ち合わせる。

「いっつも言ってっけどな、見た目はお前より遥かに若えよ!」


 言い返しながら、シンクは片手でさりげなくコードを打ち込む。

 実行。

 空気が震え、空中に拳大の氷の塊が十個ほど現れた。それらが一斉にソニックを襲う。

 が、全てソニックの眼前で粉々に崩れた。


「喰らうかって、こんなん」


 ハの字眉のまま、ソニックは歯を見せて笑う。目に映らない速度で、殴り落としたのだ。


「魔術師ってのは不便だよなぁ」


 重心が傾き、足の指で地面を掴む。


「いくら詠唱が速くたって、手を捕まれちゃおしまい……だっ!」


 ソニックが地面を蹴り、大股一歩でシンクに迫る。伸ばした両手がシンクの手首に触れる寸前、横から叩き落とされた。林胡である。

 左右一対の短剣『ナドロリニオ』が、ソニックの手の甲を打った。続けて林胡は流れるような体捌きで、ソニックの胸板をふたつの刃で突く。当たる寸前、ソニックは自ら後方に跳んで回避した。


「あぁ、しょうがないなあ」


 特にかわされたことには驚かず、林胡はソニックの正面を向き、両手をだらりと下げる。


「チョコバナナパフェ」


 仏頂面の呟きは独り言ではない。


「バケツで!」


 シンクが反応し、庭園の先の屋敷に走って行った。ソニックは焦らない。


「……追わないの?」むしろ林胡が怪訝に眉をひそめた。

「弘前が立ちはだかってちゃ容易じゃねーだろ。それに」


 林胡はソニックの口元に、やや愉快そうな笑みが浮かんでいるのに気付く。


「じーさんからあの子がどう見えんのか、ちょっと興味がある」

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