4話 『第一次生命革命』

 人類が『老い』を克服したのは、もはや新聞のニュースではなく歴史の教科書に刻まれるのが当たり前になるほど昔の話だ。詳しく語れば辞典のようなボリュームが必要になる。


 端的に言えば、とある科学者が発見したとある物質によって細胞の老化を防ぎ、細胞分裂の回数制限の壁を撤廃することに成功した。そしてその技術を民間に普及させることができるほど安価に実現できるまでの研究開発が進んだ時点で、ごくあっさりと、人類は歳を取っても老化しない、という新常識ができた。


 中世の技術先進国に行ってその辺の町人に、


「未来の世界では、世界の端と端にいるひと同士がリアルタイムに会話できます」

「人類は空を飛んで、欧州から亜細亜を僅か半日で移動できます」

「一冊の辞書より軽く薄い道具を使って、図書館の蔵書以上の情報を簡単に検索できます」


 などと言っても、誰が信じただろうか。しかし二十一世紀以降の人類の多くにとって、それはなんら驚くような技術ではない。


 同じように、もはやその時代以降『人類が老いない』というのはごく当たり前のこととなり、電話や飛行機やインターネットおよびスマートフォンがそうであったように、老化を克服する技術は、根本的に世界の成り立ちを変えた。


 老化しないということはすなわち、老いによる寿命がなくなるということである。

 人類が、特に権力者や大富豪が古代から追い求めてやまなかった不老不死は、社会保障の一環となり、多くの国で税金と引き換えに国民へ提供される基本的サービスとなった。




 極東の島国の話を例に出そう。


 その国では当時、少子高齢化が行き着くところまで行き着いていた。まともに働くことのできない高齢者が人口の半分以上を占め、働ける人間ひとりあたりが、じーさんばーさんを五人は養わないと駄目、みたいな人口比になっていた。


 当然不可能なので、税金はまともに集まらず、かなり昔から財政破綻と言われていた赤字と借金続きの政府はいよいよ崩壊秒読み段階だった。


 ちなみにこのときの総理大臣は『ええじゃない改革』というのを謳い、


「使えばええじゃないか、今こそ国民みんなで貯金を使えばええじゃないか」


 と、大々的なキャンペーンを打ってみたりもしたのだが、結末は語るまでもない。



 もはや現政府を武力討伐して新政府を立て、「前の政府の借金は知りませんわー」と新政府が踏み倒すしかないんじゃねーか、みたいな案すら半分マジで国民が語り出したころ、老化防止技術が実用化され、どの国より早く導入された。


 結果、高齢者は若い姿を取り戻し、リタイアしたはずの国民たちが一気に生産人口に舞い戻った。これによって一挙に経済は再活性化した。



 それとほぼ同時に、とある商品を作っているメーカーが爆発的に業績を伸ばした。


 お察しいただきたい。うっすいゴム製のアレである。


 アレが爆発的に売れたということはそれだけご盛んな人口も増えたということで、ニアリーイコール、アレを使わずにご盛んな人口も増えたということだ。


 もはやみんながみんな十代後半から二十代半ばくらいの外見を取り戻したものだから、価値観の違いなどはあれど、歳の差カップルなんてものは別に珍しくもなんともなくなった。八十代の元ばーちゃんが美女だったり、ひとによっちゃあつるぺただったりするのである。百歳のじじいが草食系ショタになり得る時代だ。恋愛市場は歴史に例を見ないほど盛り上がった。


 とまあ、こんな感じで経済も夜の営みも活性化し、出生率はうなぎ登り、減る一方だった人口は再び増加に転じた。


 もちろん病気や怪我で死ぬ人間はゼロにならなかったが、寿命で死ななくなったという事実は、人々の『死』に対する意識をも変え、危機管理意識も高まった。そもそも若い肉体は免疫力が高く丈夫なので、病気にかかりにくく、怪我も治りやすい。以前と比べれば比較にならないほど国の医療費負担も減った。


 このような動きが全世界的に、国ごとの差異はあれど順番に起きていった。


 これが世に言う『第一次生命革命』である。




 しかし結果的には、そのせいで世界は一度滅びかけた。




 まず十数年も経つと、人口の増加によって食料と資源不足になった。


 どの国も食料自給率が百パーセントを切り、国土に限りがある国は他国からの輸入が止められた時点で餓死者が出るようになった。


 化石燃料も尽きた。発電施設も足りなくなった。それらを補ってくれる画期的な新技術というものは発明されず、中には昔からよくある物語のように


「地球が駄目なら他の星に移住すればいいじゃない」


 という論を展開する者もいたが、そんな技術こそどこにもなかった。



 比較的平和な生活が維持できている国では、国民の多くが「戦争反対」と唱える。

 しかし心の中で


「自分たちの生活が保障されるなら」


 という枕詞を無意識に付けている者も少なくない。


 平和が一番、という意見に反対するのは一部の戦好きくらいかもしれないが、食料と資源が自国になく、他国にある状況はそもそも平和じゃない。追い詰められた状況で


「戦争反対」


 とそれでも言い続ける尊き声は、


「生きるためには仕方ないんだ」

「子のため、家族のためには鬼になることも厭わない」


 などの束になった声にかき消され、史上最大規模の世界大戦が勃発した。



 このように、人口がこの星のキャパシティを明らかに越えたとき、老いを克服したという歓喜の時代が嘘のように、人類はコミカルなほど滅びの道へ一直線となった。



 それから長い年月が経ち、冗談抜きで『人間』が絶滅危惧種に含まれるレベルまで減ってようやく、新しい時代が訪れた。


 それが今からほんの数十年前のこと。


 世に言う『第二次生命革命』後の時代である。

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