35話 大和シンク⑦割と、好きなんでね

「そんで……爺は言ったんす。問答無用なのが《大いなるグレイト術式コード》なら、俺もそいつを使うと」

「へ?」


 ソニックは思い出し笑いをするように肩を揺らす。


「いいから四の五の言わずここで暮らせ! って」

「…………あ、はは」

「結局大和のじーさんは逃げるように故郷を出て……爺は、力尽くで連れ戻す、つって追いかけました。紆余曲折あったみたいすけど……最終的には今俺が所属してる《大蛇おろちの首》に、どうやったのか大和シンク専門管轄部署を作らせて、仕事にしちまった。その目的のひとつは、中央の《神十七》の動きを探ることでもあります。

 そして老化で引退する少し前、半ば強制的にオヤジに引き継いで……まあ、あとはご想像どおり。爺とオヤジで果たせなかったから、俺まで回ってきちまった。

 大和のじーさんは、逆恨みした奴らや、その能力を惜しんで連れ戻そうとする一部の《魔神》の手の者にも狙われ……何十年もそれを撃退してきました。俺たちの目的は、そいつらに大和シンクを渡さず、捕らえて罪を償わせ……最後には故郷に連れ戻すことです。

 どうです?

 生まれたときからこんな荒唐無稽な話に巻き込まれてるとか、たまらなくねーすか?」


 その言い草に、紅秋は先程ソニックが言った言葉を思い返す。


「あの、さっき『話を聞いたとき、たまらなくなった』って言ってましたけど……」

「ああ。今のす。『うっそマジ? 普通に嫌なんだけど。こりゃあもし爺とオヤジが駄目だったら、俺の代で絶対終わらせねーと、まだ見ぬ子どもが可哀想だわ』ってことで」

「そういう意味!?」

「まあ、今んとこ仕事仕事で彼女もいねーすけど。あ、紅秋さん、なります?」

「なりません! てゆーかじゃあ『幸せでならねえ』って言ってたのは!?」


 ソニックはふ、と諦めたように笑う。


「まあ、反面、食いっぱぐれない仕事があるのは幸せかなって。一応そこそこ給料出ますし、大和のじーさんを追ってると、会社の金で世界中色んなとこ行けますし」

「めっちゃ俗世的な理由だった! ああなんか胸がざわざわする! さっきと違う意味で!」

「あれ? 感動しました?」

「ちょっとしてたのに! 返してくださいっ!」


 さっきまで神妙だった紅秋が全力で突っ込み、ソニックはハの字眉でくしゃりと笑う。魔術の効きにくい素命の民ながら、紅秋の術式によって血は止まり、息は大分整ってきていた。


「はは……まあ、半分冗談す」

「……どこからどのへんが」疑いの半眼を向ける。

「あ、いや……全部本当は本当っすけどね。めんどくせーのも、やってらんねーのも、爺とオヤジから受け継いだもんを果たしてえのも……けど」ふ、とソニックが生真面目な顔をする。「俺が動く一番の理由はもっとシンプルっすよ」

「……なんですか?」


 冗談で茶化すつもりなんじゃじゃないか、と僅かに疑いを混ぜながら訊くと、ソニックは真顔のまま微かに笑って言った。


「あのじーさんを、放っときたくねえ」

「……それは……どうして?」


 紅秋の口からほとんどひとりでに漏れた質問が聞こえなかったかのように、ソニックは「さてと」と息を吐くと同時に肘と足の裏を地面に突き、一気に跳ぶように立ち上がる。


「ああ……ありがとうございます。おかげで、もう少し動けそうだ」


 ゆっくり、深く息を吸い、一気に細く吐き出す。拳を握りながら紅秋を見ずに呟いた。


「過去とか能力とか受け継いだ仕事とか関係なく……俺ぁ割と、好きなんでね」


 それがシンクのことを指していると気付くのに一瞬間があった。

 照れ隠しをするように皮肉げな笑みを浮かべると、ソニックは地面を蹴る。




 戦いは拮抗していた。


 最も苦闘しているのは林胡である。性格上、冷静な顔を保ってはいるが、一番前提条件が悪い。


 ラナ・ウムライは他人を傷付けてもINO値が減らず、シンクは減っても問題がない。それに対し、林胡はシンクに出会った時点で、死ぬ寸前まで減っていた。

 長年シンクから寿命を受け取ることで長らえており、五十日ごとに百日分受け取るので僅かずつ増えてはいるものの、旅の途中勃発する戦いや日常的なシンクへの突っ込みで増加分の大半を使い続けている。いわば常に崖っぷちの状況であり、いたずらに攻撃を当てるわけにもいかない。


 さらに言えば、林胡の技術は正面切って戦うより、不意を突くことに真価がある。大抵の相手ならまともに戦っても容易に打ち倒せるが、ウムライのように耐久力のある身体を持ち、魔術による遠隔攻撃も、拳による近接攻撃も使いこなす相手は相性が悪かった。


 シンクはラナの展開する術と張り合いながら、林胡をフォローしている。右と左で異なる術式を展開し、ラナが炎でフィールドごとシンクらを焼き尽くそうとするのに氷で抗し、林胡に対するウムライの攻撃を風で逸らし、あるいは林胡が攻撃の反動で受ける傷を塞ぐ。


 ラナも余裕はない。なにせ、高速詠唱を続ければ続けるほど、舌を噛んで口腔内が血で満たされる。痛みでつっかえるだけでなく、血が溜まると声が出せなくなってしまうのは根性だけではどうにもならなかった。


 ウムライも勝利の糸口を掴みかねている。最初に林胡から受けた脇の傷は血が止まるどころかその逆だ。拳を振り回し、駆け回っているので既にかなり失血している。故に短期で決着をつけたいが、林胡を不用意に近付けてはならないと感じてもいた。


 結果、四者四様、それぞれに決定打を欠いて攻防を続けている。

 ソニックはそこへ飛び込んだ格好になった。


「っしゃぁあっ!」


 四人の動きが同時に止まる。


 それは一秒の百分の一にも満たない時間だった。が、草を焼く炎の壁を殴り飛ばして姿を現したソニックが拳を振り上げた先に、視線が集中する。ソニックが跳ぶ。


「《爆神丸》!」


 叫んだのはラナだ。しかしそれとほぼ同時に


「『その拳、杭打つ重き槌の如し』!」


 拳を振り下ろす。

 そこにはラナが手放し、氷に突き刺さったままのステッキがある。全体重を乗せた拳がステッキの先端に触れる、当たる、当たった先から潰れていく。部品が弾け飛び、砕け散ってゆく。ラナが驚愕の表情で固まり、その顎を赤い筋が伝う。


「じいさんっ!」

「言われるまでも!」


 シンクがピアニストのように指を繰る。

 次の数秒で、せめぎ合っていた炎を氷が飲み込み、完全に沈黙した。

 続いて剣山のように尖った氷柱と化した元炎が、砕け、氷の粒となって舞う。きらきらと光を反射し、消えていった。


 張り詰めていたラナの精神は、限界を超えて引っ張った糸のように切れ、気を失う。

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