六章 総力戦

36話 正義は正しい、『正しい』は正義

 ウムライが我に返り首を振る。視界に収まっていたはずの林胡の姿はもはやない。

 ナドロ・リニオがウムライの鳩尾に突き刺さる。


「うっ……ぐっはぁああああああああああああああっ!?」


 ウムライが身体をくの字に織り込んで咳き込んだ瞬間、


「落っちろぉおおおおおっ!」


 林胡の双剣はウムライの首を背後から刈っていた。

 額を地面にめり込ませ、ウムライが沈黙する。ほぼ同時に林胡も吹っ飛び、地面に叩き付けられた。が、すぐに立った。よろめきながら軽く咳き込む。


「大丈夫か?」シンクが声をかけた。

「死なない、程度、には」


 林胡のダメージ返りが起きた瞬間、シンクは術式で傷の対処を行った。完全に回避はできないが軽減はできる。それに林胡自身、来ると解っていれば覚悟ができる。不意打ちを受けた人体ほど脆いものはないが、身構えればある程度力を逸らすことは可能である。


「終わったか……?」構えを解きかけたソニックに、

「まだだ……!」


 シンクが緊張を纏った声を投げた。


 うつ伏せで天に突き出されたウムライとラナの尻から、煙が立ち上った。

 煙はくるくると弧を描き、溜まり、大きくなってゆく。

 徐々に塊となって、形を成す。


 それは人型だった。手ができ、頭ができ、目が、鼻が、口が、耳が形成される。腰から下は、不定形のままラナ・ウムライの尻と繋がっている。


 そして人間と変わらない色が付いたところで、その目が開いた。

 瞳孔の開きかけた、巨大な白目に小さな黒目。ウェヴサービンが、笑った。


「昔から不思議だったんだ!」


 大音量が、シンク、ソニック、林胡、紅秋の肌を打つ。


「強敵に敗れても敗れても、諦めず挑み、最後には勝つ! 正義はいつだって諦めない! 倒れても倒れても立ち上がる! でも悪がそれをやったらこう思うよね!

『しつこいとっととくたばれ!』って!」


 林胡が音もなく動いた。ウェヴサービンの呼吸の合間を突き、瞬時に間を詰め、ナドロ・リニオを振り上げる。


「林胡!」


 シンクがコードを打つと同時に爆発が起き、林胡の身体が吹き飛んだ。その先へ立つシンクにぶつかり、ともに倒れる。


「く……っ」

「痛ぇ……間一髪防げたか」爆発が直撃する前に氷の壁で緩和した。

「ひとの話は最後まで聞こう! 大人でしょ!?」


 ウェヴサービンは微動だにしない。


「レフェリーに殴りかかるようなことをするなんて、さすが悪の仲間だね!

 いいよ! 君らが卑劣な行為を繰り返せば繰り返すほど、僕らの正義は確立される!」

「……レフェリー?」


 ソニックが眉を潜める。反応があったことに、ウェヴサービンは笑い皺を深める。


「なんだい!? 次は僕が戦うとでも思ったかい!

 馬鹿だな! それじゃまるで悪じゃないか!

 いいかい!

 ひとりのボスに大勢でよってたかって襲いかかるのも、『みんなで力を合わせる』!

 弱くて勝てなくても、誰かをかばって死ねば『尊い犠牲』!

 僕は気付いた! 正義はなにをやっても許される!

 正義は正しい! 『正しい』は正義!

 だから僕は正義を名乗った! 故に僕の敵は全員悪! 正義は悪に負けてはならない! 負けるなら、死んで誰かに遺志を託さねばならない! 勝利か感動を生まなければならない!

 何故なら! それが! 正義だからっ!!」


 ソニックの目が見開かれ、口元が悲痛に歪んだ。ウェヴサービンの声に対する反応ではない。視線の先の変化に関するものだ。


 ラナ・ウムライの上体が起き、立つ。しかし明らかに自立していない。腰はのけぞり、泥酔したように姿勢が定まらなかった。剥き出しになった白目から涙が溢れ、口は放心したように開く。ラナの口から下は血に染まっていた。ウェヴサービンの口調に歓喜が滲む。


「酷いなあ! こんなぼろぼろになるまで叩き伏せるなんて! 四対一で!」


 ソニックは気付き、憤りで全身に震えが走る。


「……まさかそれを言うために、『合体』させたのか」

「ははは! なんのこと!?」


 身体がひとつになっていいことなんてほとんどないはずだと、戦いながらソニックは感じていた。人数が圧倒的に不利、と言える状況づくりこそがウェヴサービンの意図だった。


「狂ってやがる……っ!」


 なにが、と説明できないほど根本から違和感を覚えた。ウェヴサービンは無邪気に語る。


「ここから勝てば、こいつらは新しい自分になれる! 強敵を打ち倒した先に成長があるんだ! 僕はそれを陰ながら見守ろう! 正義の神として!」


 ラナ・ウムライが雄叫びを上げた。

 もはやそれは言葉にならない、獣の悲鳴に等しい。

 身体が動く。否、動かされる。ウェヴサービンの仕業であることは明らかだった。


「おい! 止まれ! もうよせ!」


 ソニックが迎え撃つ。体当たりをかわし、ウムライの両手首を掴む。


「無駄無駄無駄ぁぁっ! 言葉で止められる正義なんてない!」


 ウェヴサービンの声と同時にソニックとウムライの間で爆発が起き、両者吹き飛ぶ。ソニックは拳で防御したが、ウムライはまともに喰らって吹き飛ぶ。


「我が身もろとも悪を討つ! なんて感動的っ!」


 爆発を起こした張本人のウェヴサービンが、宙に浮きながら拍手する。



 ぷちん。



 と。

 ソニックは、自分の血管が切れる音を聞いた気がした。

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