45話 きっとまたすぐ、会えるから

「で、なに? 俺たちと一緒には行かねーんだな」

「うん」


 数日後、町の外れまで見送りに来た紅秋に、シンクは首をかしげた。


「なんで? まあ、確かに俺は今後も色んな奴から狙われるだろうが……とりあえずウェヴサービンは《解魔》で手駒を減らされたくねえだろうからしばらく静観だろうし、他の《魔神》の連中はどうやら俺が死んだら云々ってのを知らねえみたいだし、ガチでは干渉してこないと思うぜ?」

「そういうのは気にしてないよ」

「なら、一緒にいたほうが寿命を伸ばしやすいんじゃねえか? あんた、旅慣れてもいねえだろ? 俺も紅秋のコード構築には学ぶことがたくさんありそうだし」

「それなら大丈夫」


 紅秋は、シンクの言葉を肯定する笑みを浮かべながら、首を横に振る。


「きっとまたすぐ、会えるから」

「……そうか」


 シンクはそれ以上は訊かず、笑い返してみせた。

 紅秋は、右手を差し出す。


「ありがとうシンク。あなたが、わたしの世界を広げて、延ばしてくれた」


 シンクはその手を取り、おどけた溜息をつく。


「おかげで俺は人生の目標を果たせず、一からまた考える羽目になったけどな」

「それは、楽しいね」


 なんの裏も含まず言った紅秋に、シンクは一瞬だけ目を丸くして、それから「そうかもな」と笑い皺を深めた。


「紅秋」


 続いて、傍らの林胡がおもむろに手を広げ、紅秋の背に腕を回す。


「ありがとう」

「いえ、わたしこそ」


 そっと紅秋も、林胡の背に触れる。そのタイミングで


「絶対寿命返せよ?」


 ドスのきいた声を耳元で出され、青ざめて硬直する。


「は……はい……もちろん」

「なんてね! やだなぁ、冗談だよ!」


 引きつった声で応じると、林胡は明るい声色で背中をばしばし叩いてくる。


(そういえば出会い頭に殺されそうになったんだった……)


 目と口をつぐみながら身体を強ばらせ、紅秋は震えた。

 林胡はふ、とフラットな笑みを浮かべ、軽く肩に手を置いてくる。


「これは本気で。それまで、死ぬなよ?」


 紅秋も笑顔で応じる。


「林胡さんも。特にこれからは、ひとを傷付けたらばかばか寿命減りますからね?」

「あ……っ! そうか!」

「気付いてなかったんです!?」

「うわー危ねえ。やらかすとこだった。助かったわ」

「ほんと気を付けてくださいよ……?」


 この調子だと、すぐ忘れてしまいそうな気もする。

 苦笑いしながら、紅秋は林胡と改めて握手を交わした。


「また、お会いしましょう。今生で!」




 シンクと林胡が見えなくなるまで手を振って、紅秋は、大きく礼をした。

 しばらく頭を下げ続けていると、隣にひとが立つ音がした。


「行っちまいましたか」


 顔を上げると、顔面に白い包帯をぐるぐる巻き付けた男が立っていた。黒い髪は逆立ち、唯一覗く目は鋭い。反面、眉はハの字だ。


「ソニックさん。見送ればよかったのに」

「そーいうわけにゃいかんでしょう。俺らの関係は捕らえるか、逃げられるかっすよ。この身体じゃ、まだ渡り合うのは無理なんでね。今回はやむを得ず取り逃がした、てわけです」


 口調は特に残念そうでもなく、やる気のなさを取り戻している。


「……なら、まだしばらく養生しててもいいんじゃ?」

「やー、移動するくらいなら問題ねーすよ。とにかく一度、本部に戻って報告しねーと。奴らの護送も早くしろって連絡来ましたし」

「そう、ですか……」

「たく、管轄違うつーに……人手が足りなくてここまで迎えは出せねえんですと」


 そこでソニックは、前方から紅秋へ視線を移す。


「こんなんすけど、本当にいんすか?」

「改めて訊かれると答えに困りますけど……」紅秋は目と口を糸にする。「とりあえず、ここから初めてみようかな、って」


 ソニックの目が笑んで、細められる。


「うちとしちゃ、間違いなく大歓迎す。つーか俺が」

「そう言ってもらえると嬉しいですけど、わたし、魔術以外ほんとポンコツですよ?」

「ま、そこはおいおい。あ、せっかくなんで、俺の彼女になってみません?」

「なにがせっかくなのか解りませんが、なってみません」


 内容と裏腹に、紅秋は緩やかなテンポとにこやかな表情だ。

 ソニックもそんな紅秋の反応を楽しむように、包帯の奥で口の端を上げる。


「さて……んじゃ、そろそろ準備して行きますか。俺たちも」


 伸びをして振り返り、町の中に歩き出すソニックの背に向けて、紅秋は頷く。


「はい」


 そして一歩を踏み出す。

 手にはライトブルーに光る電脳創衣が握られている。


 空は快晴、陽光に温められた空気が肌に心地良く、春が近付いてきたことを示す。微かに吹く風も今は頬に優しい。てっぺんで括った筆のようなひと房をぴょこぴょこ揺らしながら、紅秋はソニックについていく。


(次に会ったとき、ふたりはどんな顔するかな)


 そのときの顔を想像すると、自然と笑みがこぼれた。

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