43話 それからいい体臭
○
「と、いうわけで、あたしとあなたは今日から運命共同体です」
紅秋は、目を覚ました。
見慣れない部屋で、ベッドの上だった。どうやら宿の一室らしい。
隣には浴衣姿の林胡が横たわっている。肘を突き、紅秋の顔を覗き込む姿勢だった。
「……………………え?」
なにがどうなったのかさっぱり解らない。
紅秋も浴衣を着せられている。
「えーと…………ここはあの世というやつですか?」
「宿屋というやつですねえ」
淡々と、無感情っぷりを取り戻した林胡が説明になってない回答をしてくる。
「今日は何日ですか?」
日付を聞くと、紅秋は丸一日眠っていたことになる。時間は朝方だった。
「……なんで、わたしは死んでないんですか」
「そりゃあ」
林胡は一度、なんて答えるべきか迷うように天井を見て、それから紅秋の頬をつまんだ。
「あのまま死なせるわけにはいかないっしょ。流れ的に」
「でも……シンクのINO値って」
「《固着》されたよ。
「それは……穏やかじゃないですね……」
「あんた……自分がやったくせに……」
「すいません……」
話は理解できているが、起き抜けということもあって、まだ夢の中にいるようだった。
「でも、じゃあ……わたしのINO値は」
「だから言ったじゃん? あたしとあなたは今日から運命共同体です、って」
「というと?」
林胡は僅かに上体を起こすと、紅秋の肩を掴んで押し倒し、上になった。
端正な目に見つめられ、思わず紅秋はどきりとする。
「シンクが《寿命譲渡》の術式で、あたしの寿命をあなたに分けたの。きっちり半分」
「え」さすがに鈍くなっていた頭が覚醒する。「えぇええええっ!?」
思わず起き上がろうとするが、それを予想して上になっていたのか、びくともしない。
「知ってのとおり、あたしもほぼゼロになった状態からじわじわと増えたり減ったりを繰り返して今に至るからね? そんなに余裕があるわけじゃあないんだよね」
「あ、そ、そうですよね……」
林胡の唇が笑う。が、目は笑っていない。
「ご……ごめんなさいぃ。い、今からでもお返し、あ、でも一日はもう」
「こら」
涙目になった紅秋に、林胡は頭突きを噛ましてくる。
「痛いっ!」
本格的に涙が滲んできて、額を押さえる。
「あんたね。ひとにあんな啖呵切っておきながら、勝手に死ねるわけないでしょ」
「うぅ……正直なにを口走ったかあんまり覚えてないです。必死で」
「マジかこの女……まーいい」
林胡は心底呆れつつ、大きく溜息をつく。紅秋の鼻に息がかかってこそばゆい。
「それにね、譲渡元の人間の協力なしに、
「え……それってつまり」
「あんたと寿命を分けたのは、あたしの意思」
「……どうしてです」
「ど・う・し・て、だぁ?」
半眼で引きつった笑みを向けてくる。右手で鼻をつままれた。
「い、痛いれふ」
「感謝してるからに決まってんでしょ」
「へ?」
「あんたが空気読まずにぶちまけて動かなかったら、今ごろシンクは死んでた。あたしは一緒に死ぬっつってもまだ残ってる分の寿命はあったから、どう生きればいいか途方に暮れてただろうね。八つ当たりでクソニックあたりは致命傷に次ぐ致命傷を喰らわされてたかもしれない。つまり、あんたはあたしたち三人の恩人というわけだ」
「ソニックさんのは違うんじゃ……」
「とにかくあんたはあたしより先には死なせないから。覚えときな」
「……凄く嬉しいこと言われてるはずなのに、なんか怖いぃぃ」
「あぁ?」
今度は両頬を引っ張られる。
「痛い、いーたーいですーっ」
「あはは、可愛い可愛い」
紅秋が悲痛な声を上げると、初めて林胡が笑う。そして胸に顔を埋めてくる。
「それからいい体臭!」
(まだよく飲み込めないけど、えらいひとの寿命を貰うことになってしまったんじゃ……)
一旦浮かんだ確信に近い予感を、紅秋は黙殺してされるがままになった。
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