30話 大和シンク②神を人間にして、革命を完遂する

 第二次生命革命によって国際中央管理局が発足した当初、《魔神》たちの総称は今の《神十七セブンティーン》ではなかった。


《神じゆうはち


 それが当時の呼び名だった。数字のとおり十八柱だったからである。


 だがその中で、電脳創衣プログラムの考案者のひとりにして、第二次生命革命の肝と言っても過言ではない『命の数値化』システムを考案、実際にそのコードの基礎部分を書いたとされる一柱が、自らを唯一神とせんがため、他の神と敵対した。


 残りの十七柱は協力し説得を試みたが、我欲に駆られた一柱の心は頑なだった。


 十七柱はやむを得ず、ようやく世界に訪れた平和を守るため、一柱を追放した。革命の功績により命までは奪わなかったものの、一般人同様に寿命を設定……それが誰よりも長いものであったことは、せめてもの情けであったと言われる。


 だが、世界に出た一柱、いやひとりは……その思いを汲むことなく、追放された腹いせに人間たちに八つ当たりをするようになった。自然を破壊し、街を荒らし、人々を傷付けた。


 世界を転々とし被害を振りまくうち《大災害》と称されるようになったそいつが現れると、街の人間たちは被害が出る前に一刻も早く追い出そうと団結した。が、人相書きが出回ると髪を染めるなど変装を施すようになり、結局いつまで経っても被害がなくなることはなかった。

 責め立てられた自らの罪悪感を軽減するためか、そいつは被害を出した街で、金と寿命をばら撒いて去った。その行為は悪行の罪をいささかも軽減するものではなく、むしろ手に入れた者と手に入れられなかった者の格差により、しばしば軋轢が生じた。


 国際中央管理局が委託した民間企業は長年そいつを追っているものの……一度は革命の功労者として英雄視されたほどの実力者を相手取ることは容易ではなく、結局今に至るまで野放しとなっている。




「そいつの名が、大和シンク……きっと、紅秋さんの認識はそんな感じでしょう?」

「……はい」


 ソニックの顔を上から覗き込みながら、紅秋は頷く。それが世界の常識であり、子どものころから繰り返し聞かされるお伽噺に近いものだった。

 それでも紅秋がシンクと会った時点で過剰に敵視しなかったのは、ソニックや林胡の外見をフラットに受け入れたのと同じ理由だ。つまり、元々偏見というものがない。それに、物語の中の存在みたいなものだったので、目の前の、自分と同じ年頃の姿をするシンクと上手く結びつかなかったというのもある。


 だが、世間の見方は違う。


 第二次生命革命から早六十年以上が経ち、革命前の戦の爪痕は薄れ、復興後の生活に慣れた人々はこう思うようになっている。


『奴のせいで人間は不老を失い、寿命を設定されてしまった』


 寿命の管理をされている、言い換えれば生殺与奪を握られている一般人に、国際中央管理局や《神十七》を表立って批判することはできない。そんな彼らにとって、大和シンクの存在は、憎しみのはけ口として好都合だった。


 細胞の不老処置と高度な電子機器の普及によって、誰もが半永久的に、しかも楽をして生きることができるようになった第一次生命革命後の世界。

 それなのにわざわざ寿命の設定を行い、さらに電脳創衣プログラムによって動作する機器しか使用できなくなったことにより……努力しなければ文明の利便性を満足に享受することもできず、多大な成果を上げなければ死を免れることができなくなった第二次生命革命。


 第一次生命革命によって得た人類の恒久的な幸せを、大和シンクが奪った。


 そう論じる者すら決して少なくはなかった。《神十七》はそういった論調になんら否定的な見解を出さなかったし、シンク自身それを肯定するかのように、各地で被害を出し続けた。人類の敵とされたシンクを、犠牲を厭わず打ち倒そうとする勇者も過去に数多く存在したものの、成功した者がいないことは今も被害が出続けることが証明している。


「まあ……そう言われちまうのも無理はねえと、思います。戦を忘れちまったが故の論調だとオヤジは言ってましたが……まあ俺ぁ、その時代を知らねえんでね。

 ただ……そもそも、全部事実と違ぇ。少なくとも俺の爺は、死ぬまで違ぇと信じてた。

 身内の贔屓目と言われりゃそれまでだけど……爺は、本人から聞いたんす。本当はなにがあったのか。何故、大和のじーさんが《神十七》と対立し、中央を出たのか。

 俺ぁその話を聞いたとき、たまらなくなった。あの瞬間、決めたんす。別に強制されたわけじゃねえ。だけど……もし、爺とオヤジが駄目でも、必ず俺が果たすって」


 ソニックはまた何度か軽く咳をしてから、絞り出すように吐いた。


「大和シンクの最終目的は……神を人間にして、革命を完遂することです」

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