31話 大和シンク③十八人の《魔人》
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六十数年前、戦を終結させた《魔人》たちは『寿命の数値化』システムを完成させた。
ごく僅かな素命の民を除いた人々は新たなアルゴリズムで老化防止処置を施され、それによって同時にシステムへ繋がれ、初期寿命を設定された。
「さあ、革命の総仕上げだ」
大和シンクは自分たちにも新しい老化防止処置を上書きし、寿命を設定しようとした。
だが、《魔人》のひとりが言った。
「俺たちは、このままがいいんじゃないか」
シンクは眉を潜めた。元々、『命の数値化』を考案した時点で、シンクは『人類全員に等しく処置を施す』と計画し、《魔人》らの間でも合意されていたはずだった。
「おいおい、なに言ってんだ……皆に寿命を設定しておいて、自分たちだけ、制限のない寿命を持ち続けるなんて……許されるはずないだろ。なあ、みんな?」
促す声に、他の面々は、誰ひとりとして動かなかった。
「……どうしたんだよ。まさかお前たちまで、自分たちが可愛いって言い出すのか?」
「そうじゃないよ、シンク」
と言ったのは別の《魔人》だ。
「私たちは革命を成し遂げた。けど歴史を見れば、革命を成すこと以上に、その先、維持するほうが難しいんだ。誰か不変の存在が管理していかなければ、いつまた平和が脅かされるか解らない」
「……正気か? 俺たちはただの人間だぞ!?」
「違う。《神》になるんだ」
また別の《魔人》が言った。
「これまではただ、はったりをきかせるために《魔人》と名乗ってきた。けど……これからは事実、他の人間とは一線を画す存在になる。老いず、死なない身体を持つことで、俺たちが世界の平和を永遠に」
「思い上がるな!」
シンクはその《魔人》の胸ぐらを掴む。
「人間が神になんてなれるか! どんな綺麗事を並べたって、俺たちは人間を超越した存在になんてなれやしない!」
「なってみせるさ! お前は努力もせずに否定をするのか!」
「違う……! 今、お前の言葉に一片の私欲もないとしても、人間は変わる。神と名乗って自分たちが特権を持ち、長い時間を経ることで、確実に『見えなくなる』。寿命で死なない奴らに、死の恐怖と向き合って生きる人間の気持ちが解るわけないだろう! 同じ目線で生きなければ、吐く言葉がどんどん生々しさを失うことに何故気付かない!」
「うるさいこの死にたがり! これだから素命の民上がりは!」
「やめろふたりとも!」
また別の《魔人》が割って入る。
「今さら僕らが争うべきじゃないだろう! ここまで来るのに、どれほどの犠牲を払ってきたか忘れるな! 革命の犠牲となって死んだ仲間たちのためにも、僕たちは失敗できない!」
「ふざけるな……」
シンクの目尻が震え、涙が流れ出す。
「だから、だろう……!」
三十四の目が、シンクを思い思いの感情で見ていた。
「俺が……俺が故郷から連れ出した奴らは、みんな死んだ! 全員だ! ひとり……ひとりずつ……目の前で事切れていった。俺は必ず革命を成し遂げる、それまでなにがあっても生き抜くと、あいつらに約束したんだ。個人差はあれど、お前たちもそうじゃないのか!」
「話を聞いてよ! シンク」
遮るように叫んだのはまた他の《魔人》だ。
「だからこそ、冷静に決めなきゃ。あたしたちが素命の民には戻れないように、一度新しい老化防止処置を施して寿命を設定したら、元には戻れない。そういう風に作ったでしょ? だから慎重に」
「言い訳だ。全て……言い訳になる。自覚がなくても、お前たちは寿命で死ぬ恐怖と向き合いたくないだけだ。または自分たちを脅かす、別の人間が現れることを怖がってるだけだ。
システムを管理する役割に就き続けたいなら……そうしなければならないと心底思い続ける自信が、覚悟があるなら……っ、世界の誰よりも努力し続けなきゃいけない!
電脳創衣プログラムを習得し! 自力で世界のためになる功績を出し続けろ! そうすれば自ずと寿命はついてくる……そういう風に設計したじゃないか!」
答える者はなかった。空気を締め付けるような視線が絡み合い、シンクをがんじがらめにしてゆく。十七人の意思は厳密には全て少しずつ異なっていたかもしれないが、シンクだけが目立って浮いていることは明らかな雰囲気だった。
「……結論は出ているようだぞ」
初めに「このままがいいんじゃないか」と言った《魔人》が言った。
「が、ひとまずこの場は決議を取らずここまでにしよう。仮に、お前の言うようにするとしても、急を要する話じゃない。それとも……力尽くで決めるか? お前の《異能》がこの中の誰より出鱈目なことは無論全員知っている……が、ひとりでは勝手が悪いのも事実。ましてや十七対一ならどうなるか、言うまでもない」
「やめようよ! そんなの絶対駄目……!」
シンクに同調はできずとも、争いを望まない《魔人》もおり、その場は結局解散となった。
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