32話 大和シンク④《魔人》から《魔神》へ

 それから幾度となく似たやり取りを繰り返した。しかし議論は同じ線をなぞるようで、次第にシンクがその話をすると「またか」という空気が流れた。


 一度システムを運用し始めると十八人全員がそれぞれの役割に忙殺されるようになり、ろくに集まる機会すら取れなくなっていった。いつしか《魔人》は《魔神》と呼称されるようになり、なし崩しにこのままずっと《神十八》が寿命を持たないことが世の常識となりそうな雰囲気を感じたある日……シンクは行動を起こした。


 自らの身体に、新たな老化防止処置を施し、初期寿命を設定したのである。

 そして、自ら組み上げた電脳創衣とモニタとなるARゴーグルを装着し、あとは身ひとつで中央を出ようとした。


「待ちなよ!」


 夜も更けてからひと知れず抜け出したはずが、建物を出て外周の林を歩いていると、突然背後から声を掛けられた。


「何故、解った」


 シンクが振り返ると、闇の中に中肉中背、これと言って体格に特徴のない男が立っていた。しかし、顔だけは別だ。瞳は真顔でも驚愕しているように見えるほど大きく、月明かりを受け不気味に光る。鼻は極端に高く、唇はクレヨンで塗ったように分厚い。


「ウェヴサービン」


 呼ぶと、片目を半分閉じて舌を出し、ひとを食ったような笑みを浮かべる。


「処置の履歴に気付いてね! わざわざ暗号化した上削除してるから復元して解読した! そんなことするの僕だけだろうけど! まさか本気で寿命を設定しちゃうとか、ウケる!」

「なにをしに来た? お前は自分にしか興味ないだろ」

「そんなことはないよ! 他の連中より君の話は退屈しない! いなくなるのは残念だ!」

「なら一緒に来るか? 寿命を設定して」

「やだよ! みんな綺麗事ばっか言ってるよね! はっきり言えばいいのに! 優越感に浸りたいって! 革命を成した僕らが優遇されるのは当然だって!」

「ハハ……」


 シンクは指に通したリングをかちゃかちゃと動かす。


「相変わらずだな」


 実行。


 ウェヴサービンの手足に霜が付く。数秒遅れて、首をかしげた。


「……なにこれ!」言ってから、理解の色が広がり、爆笑する。「ぶはっ、え、マジで!?」

「くっ……」

「これが電脳創衣プログラム! ダサっ、弱っ! 長々とコードを入力して、この程度!?」


 後の世で魔術と呼ばれることになる電脳創衣プログラムは、《魔人》が革命を成すのに使った《異能》とは仕組みが全く異なる。魔術は習熟すればある程度は誰にでも習得でき、電脳創衣さえあれば行使できる。ただし一般にはあまり知られていないが、電脳創衣の役割はあくまでコード入力と情報処理であり、具象化の仕組みはない。


 それを担うのは、新世代の老化防止処置によって血中に埋め込まれるチップである。平たく言えば、寿命を設定された人類だけが魔術を行使できる。


 そして生み出す効果にも、術を受ける側のチップによって一定の補正がかけられる。元々出力が弱く、実用化が難しいと言われていた技術を応用し、人類全員にチップを埋めてブースト補正を行うことで問題をクリアする、という構想だ。故に、想定される効果を与えられるのはやはり寿命を設定された人類だけであり、動物や物質、素命の民に対しては魔術が効きにくいという構図ができあがる。


 対して《異能》は突然変異の不可思議な能力であり、前時代に超能力と言われていたものに近い。訓練すら難しく、ある日突然行使できるようになり、弱まることも強まることもない。過去の調査解析の結果、この力は第一次生命革命の老化防止処置に関連するものであることが解っており、割り切った言い方をすれば原因不明のバグと言っても過言ではない。


 すなわち新世代の老化防止処置をすれば、その時点で《異能》は失われることが解っている。一部の《魔神》らは、寿命のことよりそれを懸念して反対したのである。


 電脳創衣プログラムのメインの考案者でもあるシンクは、革命前からある程度の習熟を行っている。既に多くのコードを記憶し、独自開発したリング式キーボードでブラインドタッチする技術を身に付けているが、実戦経験はないに等しく、ただでさえ新世代の処置をしていないウェヴサービンには効果が出にくい。


「君は! 失ったのか! あの美しく絶大な《異能》を! こんな、こんな……ふふっ」


 ウェヴサービンが言いながら、涙を流し始める。一瞬シンクは見間違いかと思うが、確かに頬を川のような勢いで流れていた。


「馬っっ鹿じゃないか! こんなんなら、余計に、誰が、失うもんか! 君! 外に出てなにをするつもりか知らないけど! 恥ずかしいからここで死んでけば!?」

「……やぶさかじゃねえ」

「ほう!?」

「俺はそのときが来れば必ず死ぬさ。ただ、その前に俺は俺たちが変えた……変えてしまった世界を見て、肌で感じたい。それを自分で知ろうともせず、高みから管理して『革命を成した』と言うなら……俺には違和感しかねえ」


 ウェヴサービンが前にかざした手を握り込む。その直前にシンクは屈み、前に走り出していた。遅れてシンクがいた場所が爆発する。その間も、キーを打ち続けていた。


 実行。


 シンクの背中を突風が押し、一瞬でウェヴサービンの懐へ潜り込む。自らへかける術なら、百パーセントの効力が発揮できる。


「なっ!?」


 口を菱形にして驚くウェヴサービンの腹に頭突きを食らわせる。一緒に地面へ倒れ込む。


 馬乗りになったシンクが胸ぐらを掴み、ウェヴサービンの上体を引き起こした。

 この距離なら、自分が傷付くことを恐れて爆発は使えない、と踏んでいた。


「いいか、よく聞け。処置をする前に、俺は自分に最後の《異能》を適用した」

「なんのだい!」


 数秒もったいぶってから、シンクは死刑宣告をするように言い放った。


「俺が死んだら、お前たち十七人に寿命が設定される」

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