29話 大和シンク①あのひとを、世界から奪い返す
ウムライにやられ、倒れ伏していたはずのソニックが、紅秋をかばった。それを、言葉より遥かに生々しい質感で受け取った紅秋は胸を締め付けられるような思いに襲われる。
「待ってください。できるかぎり治療してみます」
紅秋はコードを打ち始める。焦りからか、上手く指が動かず、涙が滲んできた。
「どうして……わたしなんか」
「はは……そっか。自分で、防げました……か」うわごとのように声が漏れる。
「そうじゃない」紅秋は嗚咽を混じらせる。「わたし、どうせもう死ぬんです」
「……え?」
「劣等人の寿命です。だからわたしを助けて傷つく必要なんて」
「そう……なんすか……」
ショックを受けたように固まるものの、一旦息を大きく吸い、仰向けに転がった。
「でもそれ、関係ねーす」
ソニックは細めた目を紅秋に向ける。口の端は、上がっていた。
「すんませんね……なんか」
それから起き上がろうとして地面に肘を突くが、また血を吐いて倒れ、盛大に咳き込んだ。口を押さえた指の間から、血が滴る。紅秋が剥き出しになった太い腕を掴む。
「無茶ですよもう! 戦うなんて」
「はっ……は……」ソニックはハの字眉のまま微かに笑みを漏らす。「ひとに心配してもらうとか、何年ぶりだろ……なんか嬉しっすね」
「なにを言ってるんです……」指が震えて、コードが上手く組めない。
「見てのとおり、俺ぁ、生来やる気のない男でね」
ソニックは肩で息をしながら、半分焦点の合っていない目で紅秋を見る。
「随分、叱られたもんです。爺にも、オヤジにも……あそこのふたりにも。根性叩き直してやるって、大分酷ぇ目に遭わされましたよ」
紅秋はソニックの言いたいことがさっぱり解らず、反応に困る。じっと見つめていると、ソニックは肩をすくめておどけた。
「けど、結局直んなかったなぁ……ざまぁみろすよ、はは」
「ごめんなさい。あの、意味が解らないです」
困惑をそのまま口に出してみたが、ソニックは表情を崩さない。
「素命の民って……老いるんすよ」
「はい……」
「老いると……人間って、割とすぐ、死ぬんす」
「え……?」
「体力が落ちて、免疫が低下して……大昔はそれが当たり前で、高齢者は色んな病気にかかるものだったから……医療もそれに見合って発達し、国の医療支援制度もそこそこしっかりしてたみたいす。でも、今じゃ老いないのが当たり前だ。病気にかかる奴も少ない。だから……病気の研究は進まず、医者も薬もなにもかも不十分で、必然、
「……そう、なんですか」
「《重拳》と呼ばれた爺も、《龍拳》と呼ばれたオヤジも、もういない。結局、目的を果たせなかった。けど、ふたりが鍛えた拳は……《魔拳》は、届くかもしれねえ。あと、もう一歩で。だからあんな奴らに、大和シンクを横から殺されるわけにゃいかねえんです」
「やる気がないのに……?」
「やる気はなくても……身体が、動くんす。だって……俺だけの身体じゃねえから」
「……もしかして、あのひとたちみたいに身体がくっついてるんですか?」
「ああ、ははは」肩を揺らして目を細める。「ちげーす。精神の話」
血を流しながらも、ソニックは徐々に呼吸を整えていく。
「俺らはどれだけ努力したって長くは生きられねえから、誰かに繋ぐ。まー、託されたほうはたまったもんじゃねえ。重くて……自由に動けねえほど重くて、投げ出しちまいたくなる。
なのにね……そいつを、手放せない。それなのに受け継いだものから逃げ出せねえことが」
観念したように、笑った。
「幸せでならねえ」
紅秋の胸がざわめく。
(まただ)
この短い間に、似たような感覚に幾度も襲われた。シンクに、林胡に、ソニックに、全く共通点がないような話を聞いて、等しく胸の奥がかき回される。
「どうしてです?」
「え?」
「どうしてシンクをそこまで強い想いで捕まえようとするんですか? ソニックさんにとって、シンクってなんなんです?」
「ああ……そっか」ソニックは肩をすくめて息を吐く。「ひと言で言やあ……家族す」
「……か、ぞく?」
まるで初めて聞いた言葉のような音でなぞった。
「爺の弟なんすよ、あのじーさんは。一度は神の一柱とも呼ばれ、今でも人間では世界で一番長寿命とされる有名人ですがね……生まれは素命の民でした」
「シンクが……素命の民……?」
「ああ、俺が言ったって内緒すよ」
ソニックは人差し指を自分の唇に軽く載せ、ハの字の眉で笑ってみせた。それから軽く目を閉じ、深呼吸をする。紅秋はその様子を見て僅かに気持ちが落ち着き、いつもよりは大分ゆったりめながら、止血など、治癒の術式を構成していく。
すいません、とまた軽く咳き込んだソニックは、しかしその目に光を取り戻していた。
「捕まえるのは、ただの第一段階。
俺たちの目的は……あのひとを、世界から奪い返すことです」
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