五章 大和シンク
28話 共にイこうではないか
「なんっ……だこりゃっ!」
シンクは地面の方向を見失い、空中で首を回す。
ラナ・ウムライがレーザー砲に等しい炎の塊を放った。
その炎には質量があった。丸太が燃えているのだ、と理解したときにはシンクもソニックも吹き飛ばされていた。そして壁を突き破ってきたはずが、地面から飛び出した。
「俺らは除夜の鐘じゃねーぞっ!」
服が燃え始めている割に、ソニックが余裕のある突っ込みなのかボケなのか解らない台詞を吐く。ラナ・ウムライが丸太を使ったのは、重量のないただの炎ならソニックに殴られ、弾かれると考えてのことである。
シンクはコード入力をして、自分とソニックに燃え移る火を消し、着地する。
飛び出してきた丸太が横倒しになった先は草地で、みるみる燃え移っていく。
「おぉおおいっ、なんでこんなとこに草が」
「来るぞ、ハの字!」
燃え広がるのを防ごうと、シンクの指が高速で動く。しかし続いて飛び出してきたラナ・ウムライがそれを許さなかった。
きゅるきゅるきゅるきゅる。
と、ラナの口から壊れた音声データを再生したような音が漏れる。シンクとソニックの手前で爆発が起こった。ラナの術をシンクが直前で防いだ格好になる。
「よく防いだな!」
ラナは毛細血管が切れそうなほど充血し、見開かれた目で笑う。
「じーさん、今の妙な音はなんだ?」
「恐らく早口だ」
「あぁっ?」
「音声による詠唱が高速過ぎて、聞き取れねえんだ」
「よく舌噛まねえな!」
「噛んでっさ何度も!」ラナがさらに笑みを深める。血の筋が唇を染めた。「根、性、だ!」
「え、えええぇ……」
引いたソニックをウムライの拳が襲う。顔にも身体にも無数の血管が浮き出ていた。
「がっはははぁあああああああっ!」
「うぉっ!」
繰り出された拳に、ソニックは拳で応じる。ひとつ、ふたつ、正面から激突するがウムライは意に介さず、回転速度を上げていく。
「肉がッ! 歓喜ッ! 昇天ッ! しそうじゃぁっ!」
「ひとりで勝手にしてろっ!」
「つれないのうッ! 共にイこうではないかッ!」
ふたりの拳が真っ向から撃ち合う。
「イくイくイくイくイくイくイくイくイくイくイくイくイくイくイくイくイくイくイくイくイくイくイくイくイくイくイくイくイくイくイくイくイくイくイっくぅうううううっ!」
「来んなぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっ!」
ウムライのほうが巨体ながら、ソニックは一歩も引かない。拳の応酬は互角だった。
「あ、やっべ」
しかしソニックは気付く。
ウムライのそれが、詠唱を兼ねていると。
「逝けぇえええええいっ!」
ソニックが自分から真後ろに倒れ込む。
ほとんど同時に、たった今まで首があった空間を巨大な鋏が両断し、抉り取った。
「あっっっぶねぇえっ!」
「できたのう!」ウムライの足がソニックの腹を踏み付ける。「隙ッ!」
「がっ……は……ッ!」ソニックが血反吐を吐いた。
「アガッてきたぜぇえええええええええっ!」
そのときラナは、シンクにステッキを向けていた。
きゅるきゅるきゅるきゅる。
空から細かい炎の雨が降り注ぐ。それも、土砂降りの。
「なんっってことしやがるっ!」
シンクは身を守るのに精一杯で、草原に広がる炎を食い留めることができない。
そしてラナ・ウムライがソニックを踏み付け、シンクへ向けて跳躍する。
「なんだとぉおおおっ!?」
自らも炎を浴びて火だるまになりながら、ウムライの手がシンクに伸びる。シンクは氷の壁をとっさに地面から三枚生み出すが、纏めて一瞬で粉砕された。
『シンクたん燃えぇええええええええええええええええッ!』
奇声をハモらせ、ラナ・ウムライの炎上した指がシンクの首に届く、寸前膝を付いた。
「……あっ?」
急に崩れ落ちたことに一番驚いたのは本人である。シンクも一瞬、意識に空白ができる。
「熱っちいし気色悪い」
いつの間にかラナ・ウムライの背後に立っていたのは、嫌悪をあらわにしながらナドロ・リニオを手にした林胡だった。既に、攻撃は完了している。
「……? ぐっ、ぉおおおっ!?」
遅れてウムライの脇の辺りから血が噴き出す。林胡は自らの同じ場所を止血済みだ。
「林胡っ!」
シンクが呼びながら、詠唱を開始する。
「くぉのべっぴんさんがぁあああっ!」
ウムライが立ち上がりざま、林胡に裏拳を繰り出す。が、再度崩れ落ちた。
「うぉ……っ?」
「おいっ、なにやってんだ《ヒーロー》ッ! 足に来てんじゃねぇだろうな!」
「ち、違うわぃっ! し、しかしこりゃぁ一体……っ!?」
戸惑うウムライを再度罵倒せんと口を開いたラナから、しかし続いて漏れたのは、
「うっ……うは、うはぁあっ! な、なんだこりゃ、や、やめっ!」
痙攣を伴うほどの笑い声だ。
「《魔法少女》ご乱心でござッ?」
ウムライの問いにラナは答えることができない。異形が混乱する間に、シンクはかちゃかちゃとキーを打つ。全速力でひとつのミスもなく、複雑で長大なコードを組んでいく。
実行。
燃え広がり、もはや天まで届こうというほどの勢いとなった炎を、地面から氷の塊が追う。揺らめきの形を残しながら、火炎は透明なつららへと変わってゆく。そして先端まで届いたとき、そこには氷の像が現れる。まるで火炎地獄を象った氷像だった。
その向こうには掌に収まる電脳創衣を握り締めた、小柄な魔術師が立っている。
「紅秋!」
シンクが解っていた、という顔で呼ぶ。膝かっくんと脇腹攻めを繰り出した紅秋が頷いた。
「お主の仕業かぁああああああああああああっ!」
ウムライが高速で拳を繰り出し、ラナがきゅるきゅる言う。
ウムライの拳とラナのステッキから指先大のハートが泡のように何百、何千と出、紅秋に向かって一直線に飛ぶ。
「わっ」
慌てながら紅秋は避けようとするが、左右どちらに避けるべきか迷って遅れる。
爆発が起きた。
最初は細かく、しかし次々とハートの粒が炸裂する度、規模が大きくなる。もはや爆煙で紅秋の姿は見えない。林胡がナドロ・リニオを構えて突進し、ウムライだけは避けるために詠唱を中断する。が、ラナの攻撃は止まらない。
「やめろ!」
シンクがキーを叩くと凝縮した突風が吹き、ラナのステッキを腕ごと弾く。
林胡がウムライの巨体をナドロ・リニオで弾き飛ばし、遅れて自らも反対側へ吹っ飛んだ。
「……ぐっ!」
受け身を取って林胡が顔を上げると、ともかく紅秋への攻撃は止んでいた。が、
「《爆神丸》ッ!」
倒れそうになったウムライの身体を、その尻から突き出したラナの細い脚が止めている。氷の地面に先端が突き刺さったステッキが、光を放つ。
きゅるきゅるきゅるきゅる。
シンクの作った氷像にひびが入り、その中から生き物のようにうねる炎が再生する。噴火の如き勢いで渦巻き、シンクはそれを留めるためにコードを打つ。火炎と氷が絡み合い、代わる代わる上書きされ、まるで喰らい合う獣のようにせめぎ合った。
「ちぃっ!」
ラナとシンクが詠唱を続ける。一瞬でも途切れたほうが飲み込まれるほど拮抗する。
「当たれぃっ!」
ウムライは拳で小爆発の術式を展開し、次々と林胡を狙い撃つ。林胡はよろけつつかわすものの、近付く隙を見出せない。
「……う。痛」一方、爆発の寸前から頭を抱えていた紅秋は、爆煙が晴れると、閉じていた瞼を薄く開く。「……………………くない?」
直撃を覚悟したのに、身体のどこにも傷はなかった。
煙が晴れ、目を完全に開ける。
「あ……」
手が届くほど近くに、デニム生地の背中があった。
「ソニックさん!?」
「にゃろぅ……対策、しやがったな」
拳を突き出した姿勢のまま、軽く咳き込みながら、ふらついた、と思った瞬間膝から崩れる。かろうじて手をつき、倒れるのを防いだ。
「爆発そのものじゃなく、爆弾を具象化……それも、手数が間に合わないほど大量に」
「大丈夫ですか!?」
紅秋がしゃがみ込んで正面に回り込む。顔も身体も黒くすすけ、上半身の服がぼろぼろになっていた。残った後ろ半分の布きれが、肩から滑り落ち、肌があらわになる。
「……無事すか」
ところどころ血にまみれた顔で、ソニックは微かに笑ってみせる。
「わたしはなんとも……! ソニックさんこそ」
「ああ、情けね……ぇ。弾ききれなかっ……ごふっ」
身体の制御を失い、うつ伏せに倒れ込んだ。
みるみる血が地面に吸い込まれていく。
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