27話 性交するところを見せてください
○
「それからあいつは、あっさり組織を壊滅させた」
シンクはまるで子どもがお使いをしてきたみたいに「行ってきた」と笑った。
組織を運営する上層を片っ端から瀕死にして、非合法活動の証拠を押さえ、
もちろん彼らも《
しばらくしてからばれて、真っ向から対立した。
「当時から《
語る顔は呆れと共に懐かしさを含んでいる。
紅秋は先程の蕨や川口のことを含め、あまりに多くの情報が一度に入ってきたことに上手く頭を整理できない。ひとまず、目の前の言葉だけに反応し、質問する。
「その相手って……ソニックさんですか?」
林胡は二、三度まばたきをする。
「あ、いや……そのときはまだ、あいつの父親が現役だったんだ」
「え?」
「三代にわたってシンクを追ってんの。大宮……ソニックの祖父が、シンクと同世代」
「えっ、ええっ……そうなんですか」
「特にあの……今の大宮三世は見てのとおり、性格的には仕事熱心な奴じゃないし、どうも初代のころから、仕事が先に来てるわけじゃないみたい」
「シンクを追うのが先で、だからそれを仕事にしてるってことですか?」
「ぽい。なんでかは、あんま興味がなくて聞いてない」
「そうですか……」
「ま、だから、あいつのことは、あたしもシンクもガキのころから知ってんのよ。十代半ばくらいのときには、もう連れてこられてたから。最初は笑っちゃうくらい弱くてドジで、しかも泣き虫だったの。親父に怒鳴られてばっかでさぁ、笑ったのなんの。
あたしらも面白くなっちゃってさあ、断崖絶壁の中腹に置き去りにしたり、ひと喰い鳥の巣に突っ込ませたり、裸にひん剥いて《
「ひ、ひどい……」
「散々馬鹿にしたせいか、二世よりめっちゃしつこく食らいつくようになっちゃって……とうとう魔術をぶん殴るなんてわけの解らない力まで身に付けて……実はシンクを初めて捕まえたのは三世。まぁ、何回か捕まって、その度割と簡単に脱獄してるけど。まー、多分あいつは、あたしらに相当恨みを抱いてるね」
「……そうなんだ」
紅秋はソニックの若い姿を想像しようとして、失敗する。
ただでさえ老いの始まってる人間を見たのは初めてだし、これまで紅秋はほとんど、他人の外見が時間の経過に伴い変化するのを見てきていない。周囲の人間は大体、既に外見固定した後に出会っている。故にソニックの見た目についても、最初から『そういう顔』という捉え方をしており、若かったころ、と考えても上手く組み立てられない。
(て、ゆーか……)
紅秋はうっかり口にしてはならない、と自らを戒めながら思った。
(逆算すると、林胡さんっていくつなんだろう……)
訊いたらあっさり答えてくれるかもしれないが、恐ろしい目に遭わされる可能性も否定できず、口をつぐむ。実年齢の話題を他人にさせるのは「性交するところを見せてください」と頼むのと同等以上に失礼なことだ。
紅秋がごちゃごちゃした頭を未整理のままほったらかしにして、林胡の年齢に思いを巡らせていると、林胡が頭に手を載せてきた。
「なんか、混乱させちゃったかな。ごめんね、ぶっちゃけ過ぎたか」
「い、いえ」
都合良く勘違いしてくれたのだと解り、内心ほっとする。
「そういうのは、全然……あの、話してくれてありがとうございます。凄くその……素敵だなと思いました」
「素敵」林胡は眉を潜める。「どのへんが」
「え……や、普通にそう思ったので。林胡さんは、凄い美人だと思ってましたし」
「気、使わなくていいよ? さっきの話にあてられた?」
「いえ……違います。気を悪くされるかもしれませんけど……わたし、どうも感覚が鈍いのか……ありのまま『そういうものだ』って受け止める傾向があるみたいです」
ソニックさんに対してもそうでした……とは、言わないほうがいい気がして黙っておく。
あっけにとられるように目を丸くした後、林胡がおもむろに、きつく抱き締めてくる。
「痛ぃっ。ど、どうしたんですっ?」
「あ、ごめん。なんか、嬉しくて」
林胡は身体を離すと、目を細めて鼻を数回鳴らす。
「ところであんた、いい体臭するね」
「たた、体臭って! なんなんですシンクといい!」
紅秋が自分の身体を抱きかかえるようにして後ずさる。林胡は軽く笑ってからひとつ、大きく息を吐いて表情を引き締めた。
「まあ、そういうわけでさ……長い間あたしはシンクと旅をしてきたんだけど……あいつはずっと、大宮みたいなのじゃなくて、もっと冗談にならないような奴らに狙われたりしてきた。だけど一度だって、立ち止まらなかった。
あいつは……あいつの目的は、初期設定寿命まできっちり生き抜くこと。
そんなことはとっくの昔から解ってる。何故そうしたいのかも聞いた。
だから、邪魔したいわけじゃない。ただ……それが間近だっていうことを、シンクがあたしに言わなかったこと、隠していたことに、さっき冷静でいられなくなった」
話しながら徐々に、林胡の瞳には静かな熱が灯る。紅秋はまたなんとなく居心地の悪いような、処理できない感情が胸の奥に現れるのに耐えながら、訊いた。
「……それは、どうしてです?」
「決まってるじゃない」林胡は薄く形の良い唇を歪ませ、微かに笑ってみせた。「あいつが自分の『終わり』を、ひとりで迎えるつもりだからだよ」
「……林胡、さん」
その台詞で、紅秋は気付いた。
「もしかして、あなた……」
口の端を上げ、林胡はひと差し指を自分の唇の上に置く。申し訳なさそうな顔だった。
「もしかしたらあいつは、あたしに桁外れの寿命を譲渡するつもりかもしれない。けど、それだけは絶対に避けなきゃいけない」
紅秋の反応を待たず、林胡は爽やかに笑い直して、大きく伸びをした。
「さ、シンクのとこに行こう。その《
そのときだった。
突如草原の一角から火柱が立ち上り、同時にシンクとソニックが飛び出して空に舞った。
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