19話 《魔法少女》 VS 《大災害》②

 ラナが次々と繰り出す攻撃を、シンクは全て同等以上の術式で返した。しかしラナは怯む様子なく、嬉々として「《爆神丸》!」と声を張り上げる。


「棘の気障も許されるイケメン鞭か拘束か長髪の南のいずこから来た手負いの妖狐」


 ラナがステッキに向けて呟く。百本はあろうかという棘の植物が床から生える。


「薔薇薔薇になっちまえ!」


 一斉に、四方八方から襲い来る蔓の先端が届く前に、シンクは術式を展開する。

 実行。

 全ての蔓が水分を失い、枯れ草と化して床に落ちる。


「《爆神丸》!」


 ラナはシンクに向けて駆ける。


「元気元気元気が一番皆の元気を奪って集めてこねくり回して正義の心で悪を撃つ……弾けて、混ざれぇぇええっ!」


 ステッキの先端に光が収束し、バスケットボール大の玉になる。

 至近距離でラナが放つ。シンクは両手でコードを組む。

 玉が弾けた。部屋に暴風が吹き荒れ、ふたりとも飛ばされる。壁にぶつかるまでに、シンクはさらにかちかちとキーボードを鳴らす。ラナの後方へ間欠泉のように水が噴き出し、そこへ突っ込んだ瞬間、凍る。


「んなぁっ!?」


 ラナの首から下が氷柱に埋もれる姿となった。もがこうとするが、身動きが取れない。


「てっめぇ! さっきから加減していやがったのか!? ボクが子どもに見えるから!」

「や、別に見た目年齢なんてどうでもいいが、女性には違いないし」


 正直なところ、ただ勝つだけなら、いつでも屠ることはできた。攻撃してくる相手を傷つけずに捕らえるというのはなかなか難しい。


「しかしあんた、なかなかの使い手だな」

「嫌味かこんにゃろっ!」

「いや、マジで。音声入力を実戦で使ってる奴を初めて見た」


 キーボードを持たないラナがどうやって術式を入力していたのか、シンクはすぐ見抜いた。


「そのステッキが電脳創衣、入力ウェ受付イク用語ワードが《爆神丸》……だろ?」


 音声入力の技術は大昔から存在しているが、いちいち正確な発音をするのが煩わしく、また術式の内容を近くにいる者に聞かれてしまうことなどから、キワモノ扱いされている。


「魔法少女スタイルに合わせてんのか? そのこだわり、嫌いじゃねーぜ。詠唱速度自体も、充分に一流を名乗って恥ずかしくねえ水準だったしな」

(まあ、紅秋に会った後だと霞むが)


 というのは思うだけにしておく。


「ふっ」憤っていたラナが、不意に薄笑みを浮かべる。「そんだけか?」

「ん?」

「スタイルのためだけ、と思ってんなら誤りだ。てめえら手入力派より明確に勝る点がある。まあ、そいつを解ってりゃはしねえか」

「あん? どういう……」と言いかけて気付く。


 音声入力は、口さえ動けば詠唱ができることに。


「《爆神丸》! 蘇る魔族の身体を捨てて誇りに生きる男に埋もれる黒の爆破は竜をも殺す」

「くっ!」シンクがキーを叩き始める。が、ラナのほうが早い。

「爆炎に包まれろ!」


 炎が立ち上る。

 七本の、意志を持つかのような炎の龍が地面から噴き出し、天井近くでひとつになり、部屋の空気を一瞬で灼熱にする。そして炎の塊から火の矢が放たれ、シンクに襲いかかる。


 実行。


 シンクの術式で、氷の壁ができて相殺する。しかし火の矢は後から後から生み出される。その間、段々炎の塊は玉の形となり、収縮し、爆発を予感させる。


「やべぇっ!」


 シンクがさらに詠唱速度を上げてキーを叩くと同時に、


「うっそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」


 天井からソニックが落ちてきた。


「ハの字!?」

「おぉ、じーさん!」


 シンクは手を止めずに叫ぶ。


「それ、殴れ!」


 シンクの術式の速度が勝り、炎を氷の膜でコーティングし、抑え付ける。だがそれも僅かな時間、勢いを食い止める効果しかない。

 部屋の熱気と炎の玉を一瞥したソニックは、共に落ちてきたウムライを足場に、下へ直線的に跳ぶ。床に激突したかに見えた瞬間、射出される砲弾のような勢いで再度上昇した。氷に包まれた炎目がけ、拳を突き出す。


「おっ?」


 シンクの魔術によってさらに加速され、ソニックが一瞬、口の端を上げる。


「上がりやがれぇえええええっ!」


 玉を殴る。大砲のような勢いで飛んでいく。抜けた天井をさらに粉砕し、さらに上の屋根を弾き、真っ暗な空へ高く高く上昇する。


 一瞬の間。


 そして、爆発した。

 轟音と共に炎はシンクの氷に押さえつけられながら、散り散りに、四方八方へ砕かれ、空気に溶けていく。ほんの僅かな時間、空が輝き、真昼のような明るさになる。


 床へ仰向けに落ちたソニックが目を細め、満面の笑みを浮かべた。


「たーまやー」


 夜空に浮かび上がったその姿はまさに、花火だった。

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