17話 変態 VS おっさん②

 ソニックはウムライと殴り合っていた。

 格闘なんてものではない。ほとんど防御もない。握った拳をただ力任せに相手の顔面に、腹に叩き付ける。交互に、あるいは同時に。


「がはっ! がははっ!」


 やられた声なのか笑い声なのか判別しづらい。もはや幾度目か解らない、頬へのクリーンヒットを受けたウムライが、血を飛ばしながら腫れた顔を歪ませる。


「気持ちいいのぅ!」


 殴り返す拳をソニックは額で受け、床を滑る。こちらも顔は腫れている。


「んな趣味ねーよ」


 相変わらず声には覇気がない。


「つーかいくら相殺の仕組みがあるからっつっても、この遠慮のなさ……いいのかあんた。寿命は」

「がははっ、気にするな。わしらは訳ありでな! お主こそ」

「俺ぁ素命の民だからな。老いる代わりに設定寿命もねえ」

「おおっ、左様か!」


 瞳孔の開いた目が輝きを増す。


「そのような人種がいようとは知らなんだ! 今後は素命の民とやらを探し、片っ端から挑むことにしようぞ!」

「いや……戦える奴ばっかじゃないからやめてやれ……」

「なんじゃ、妬いておるのか!」


 全く同意できない誤解をしてウムライが笑う。


「心配するでない! 寿命を気にしてどいつもこいつも搦め手ばかり……真っ向から殴り合うのが今日までの夢であった! 既にわしの初めてはお主のものでござ!」

「気持ち悪りぃわ!」


 ソニックがウムライを殴り飛ばす。

 よろけながらウムライも殴り返すが、ソニックは避けると同時に腕を取って背負う。


「うぬっ!?」


 そのまま巨体を投げ飛ばす。一本背負いなら床に叩き付けるが、空中で手を離した。


「ぬぉおおおっ!」


 ウムライが壁に激突し、大穴が開く。ふらつきながらもすぐに立ち上がろうとするが、既にソニックは間合いを詰めていた。髪を掴んで顎に膝を食らわせる。さらにてこの原理を応用し、首を支柱に百八十度回転させた。逆さまになったウムライの腹に、握った両方の拳を同時に打ち込む。逆の壁まで直線を描いて飛び、生えていたカラフルな樹木に叩き付けられる。幹が折れ、降り注ぐ枝に埋もれた。


「……やったか?」


 ソニックが呟いた瞬間、ウムライが飛び出してくる。


「ぬぅううううっ!」


 額が発光していた。正確には額から両側斜め四十五度に伸びた触覚のような飾りから光が出て、ウムライの前方一メートル先くらいに、なにかを投影している。


「ガッ! ガッ、ガッ、ガッ、ガァアアアアアアアッ!」


 白目を剥いたウムライが目にも止まらぬ速さで、裂帛の気合いと共に幾度も幾度も拳を繰り出す。狙いは定まらず、上に、下に、右に、左にとてんでばらばらだ。

 ソニックとの距離は数メートルあり、かすりもしない。


「……なんだ?」


 目が見えていないのか、と一瞬思ってすぐ否定する。

 ウムライが空気を殴るごとに、岩を砕くような音が響いたからだ。


(なにもねえところを殴ってるのに……? っいや、違ぇ!)


 気付いたソニックは前に飛び出した。しかし、


「がーっはっはっはっはぁっ!」


 顎が外れそうなほど大口を開け、ウムライが


(狙いがばらばらなんじゃねえ! 投影したのはキーボード! これがこいつの……っ!)


 魔術、と気付いたがもう遅い。

 視界が歪む。空気が震え、圧縮され、前に向かうソニックの眼前で大爆発を起こす。


「弾けぃっ!」


 勝利を確信したウムライが笑う。

 ソニックも笑った。ウムライの笑みが固まる。


「よっしゃあっ!」


 爆発そのものを殴りつける。


「なんじゃとぉおおおおおおおおおおおっっ!?」


 それは本来『モノ』ではない。現象である。しかしソニックに殴られた爆発はウムライの足元に叩き付けられ、床を砕き、ウムライの巨体を高く舞い上がらせる。


「『その拳、滝を昇る龍の如し』……ってなぁっ!」


 ソニックが跳ぶ。平時半分しか開かない目を見開き、両脇を締め、固めた右の拳を天に突き出す。ウムライの身体に追い付く。鳩尾に突き刺さる。


「がぁっっはぁああああっ!」


 喉から吐き出されるのはもはや明らかに笑い声とは違う。さらにソニックは自由落下するウムライの首目がけ、全体重を乗せた蹴りを繰り出す。

 鈍い手応えと共に、床に叩き付けられたウムライは血反吐を撒き散らした。

 軽く後ろに跳んだソニックが床に着地し、見下ろす。


「……な……な……ぜ」


 息も絶え絶えにウムライが言った。


「悪りーな」


 ソニックは元のやる気のない目に戻って答える。


「直接攻撃の魔術で助かった。素命の民にとっちゃ、魔術による事象は全て物質なんだ。ま、とは言え今のは誰でもやれるわけじゃねえけど……俺ぁ、大和のじーさんに虐められるうちに、魔術で具象化されたものをなんでも殴れるようになったんだよ」

「な……に?」

「この力のおかげで、《魔拳》なんて呼ばれてらぁ」


 自嘲気味に笑う。ウムライの手が揺れながら伸びる。なにかを求めるように指が動くが、なにも掴めず力を失った。

 そのときだ。なにかにヒビが入るような音が響く。次の瞬間、


「あ?」


 先程爆発で砕けた床が、崩れて抜けた。


「うっそぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」


 ソニックはウムライと共に落ちていった。

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