第49話急げ、義経の下へ

 荘厳な無量光院。その大広間に通された俺は、上座に座る秀衡の前に座った。

「よく来たな、武蔵殿」

 弁心の時とは違い、豪奢な着物に身を包んだ秀衡は、俺が頭を下げると、継信以外の人間を払った。

 俺と、背後の継信。そして、仰々しい上座に座った秀衡だけが大広間に残される。

「まずは、おぬしに謝りたいことがある。九郎を平泉に引き留められなんだ。すまなかった」

 秀衡は、上座で小さく頭を下げた。

「……んだよ、そんなことか。それなら、俺も一緒だ。見事に九郎の呪術で気絶してたんだからな。秀衡のじーさん。あんたが謝ることじゃねえよ」

 継信が、背後で「弁慶殿! 言葉! 言葉遣いにご注意くだされ!」と小声で抗議しているが、秀衡とは一緒に風呂にも入った仲だ。今更変な敬語を使ってもしっくりこない。

 秀衡はニカっと笑うと、閉じた扇で畳を叩いた。

「そうか。では、次の話じゃ。件の僧が平泉に到着した。時渡りの術は、時間はかかるが発動は可能なようじゃ。どうする?」

 秀衡のセリフは、まるで芝居のような仰々しさがあった。

 ……さては、このじいさん。俺がどうするつもりか分かってやがるな?

 さすがは日ノ本の第三勢力。奥州七万騎の頂点に立つ男なだけある。

 秀衡の意味深な笑みに、俺もまた笑って返した。

「悪いがじーさん。俺は元の時代に帰らねえ」

「ほう? では、武蔵殿はどうされるつもりじゃ?」

「あー、その、悪いんだけどな? その武蔵ってのも、やめてくんねえかな?」

「うむ? 何を言っておるのだ? 武蔵はおぬしの名ではあるまいか」

「ああ。でも、この時代の名前じゃねえんだよ。俺のこの時代での名前は、武蔵棒弁慶だ。あいつがつけてくれた、俺だけの名前だ」

「この時代での名、か。では、元の時代に帰るつもりは?」

「ねえよ。俺は、この時代の武蔵棒弁慶として生きることを決めた。この時代で生きて、九郎の背中を守ってやる。それが、俺にできる唯一の仕事だ」

 面と向かって俺が宣言すると、秀衡は扇を開いて笑った。

「ほっほっほ。その眼差し、この時代には見られぬ優しさと力強さに満ち溢れておるわ。よし、気に入った。武蔵棒弁慶よ。おぬしに儂は、できる限りの力をやろう。――継信。そして忠信!」

 秀衡が継信ともう一人の名を呼ぶと、俺と秀衡の間に音もなく二人の影が現れた。

「「お呼びでございますか? わが主よ」」

 二人の黒づくめは、俺に背を向けて秀衡にかしずく。

「うむ。これより、おぬしらは義経殿の郎党として、源家と奥州藤原氏の懸け橋となれ。そのために、まずは義経殿を弁慶殿と共に追うのだ」

「「御意」」

 二人は俺を挟むように座ると、秀衡様に頭を下げた。

「それから、弁慶殿には継信、忠信をはじめとした武者八〇騎を預ける。中立を保っている以上、これが限界の援助じゃ。義経殿は、与一殿だけを連れて平泉を発った。いくら頼朝殿が鎌倉を抑えたといっても、白河の関以降は反源氏の武士もいるだろう。いつ敵襲があってもおかしくはない。速やかに合流し、富士へ急ぐのだ」

「分かった」

 俺は快く頷くと、立ち上がって部屋を後にしようと踵を返した。

「……九郎のこと、よろしく頼むぞ」

 秀衡が、俺の背中に向かって言った。俺は親指を立てて部屋を後にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る