第5話平家の者、その名を平朱清

「ようやく見つけたぞ、源氏の穢れた血を持つ輩」

 暗い本殿の中から姿を現したのは、白髪をショートカットにした小柄な少女だった。

 真紅のような色をした片方の瞳で、俺たちを睨みあげる少女。ちなみに、もう片方の瞳は長くて白い前髪で隠れていた。

赤い直垂に身を包んだ少女は、いかにもカムロの親玉といった風貌だ。歳は、おそらくカムロ達より上で、牛若より少し下くらいだろうか。

「お前は……平家の人間か?」

 牛若が、緊張した様子で白髪の少女に問いかける。

「いかにも。平家の棟梁清盛が実孫、平朱清じゃ。ようやく見つけたぞ、源氏の生き残りめ」

「お前も、わたしを源氏だと言うのだな。悪いが、それは事実無根だ」

「いいや、違わぬ。壇ノ浦で見た貴様の顔を、私は片時も忘れたことはないのじゃ! よく見れば分かる。その目が、眉が、頬が口が! やがて私が憎むあの顔になることがはっきりと分かるのじゃ!」

 牛若を睨みつける朱清が、親の仇を見つけたような形相で叫ぶ。

「壇ノ浦? なんのことだ?」

 牛若は、聞いたことのない単語に首をかしげる。

 一方、俺は別の意味で疑問を覚えた。

 今、この目の前の白髪女は『壇ノ浦』と言った。たしか壇ノ浦は、源氏と平氏が最後に戦った場所だったはず。もし、俺がタイムスリップした時代が平氏の全盛期なら、この目の前の白髪女が壇ノ浦の戦いを知っているはずがない。

 ということは――

「お前、未来から来ただろ」

 瞬間。朱清と名乗った少女が瞠目した。

「……ほう、そう言えばお前、先ほど五条の橋で殺した僧兵に似ておるな」

「――っ! お前があのおっさんを!」

「そうじゃ! あやつは未来で多くの平家の郎党を殺しおった重罪人じゃ! 故に私が殺した。まさか、奴を殺して代わりが出てくるとはな! じゃが、何度出てきても同じこと。そこの御曹司共々、ここでくびり殺してくれるわ!」

 バッと朱清が片手を天高くかざした。瞬間、それが合図だったかの如くカムロ達の姿がぐずぐず溶け始めた。

「うぉっ!? こ、今度はなななななんだ!?」

 カムロ達は地面に吸い込まれると、今度は黒い影がカムロ達の消えた床から立ち上った。

 その黒い影は形を作ると、俺たちの目の前で甲冑を着た骸骨になった。

 突然の異常に目を剥いている俺の横で、牛若が毒づく。

「くっ、陰陽術か。人に非ずはお前らではないか!」

「なんとでも言うがいいのじゃ。行け! 骸骨武者共よ! 源家の血を絶やせ!」

 朱清が叫ぶのと骸骨武者が走りだしたのは同時だった。

俺は反射的に牛若の前に立つと、骸骨武者に向けて棒を水平に構えた。

「おい! 邪魔だ退け! お前の図体が邪魔で敵が見えぬではないか!」

「うるせえ! いいからお前は逃げろ! あの白髪チビの狙いはお前だ! だったら、お前はつべこべ言わずに逃げるんだ!」

「だ、誰が『しらがちび』じゃ! 人の気にしておるところを全部言いおって! 許さんぞ、お前からぶっ殺してやろうか!」

 安い挑発だったが、朱清は自身のプライドが高いのか予想以上に食いついてきた。相手がバカで助かった。

 俺は構えの状態のまま、後ろで困惑の表情を作っている牛若を見た。

 正直、源氏とか平氏とかよく分からんし、興味もない。だが、一つだけ分かることがある。

 それは女の子が困っていて、俺の唯一の取り柄が女の子を助けることになるってことだ。

 だから、戦う。理由なんて、それだけで十分よ。

 俺は改めて前に向き直る。骸骨たちが太刀を振り上げ襲い掛かってくる。

「来いよ! そんなひょろっちい腕で俺を倒せるのなら――」

 しかし、俺の威勢のいいセリフは途中で切れた。

 腕に巻き付けた荒珠が、にわかに明るい紅蓮色に輝きだしたからだ。

「な、なんだ!?」

 俺が驚いていると、後ろでも新たな輝きが放たれた。

「ひゃっ!? な、なんだ? わたしが母上から貰った珠が……光って――」

 後ろを見ると、牛若の首飾りが俺の荒珠と同じく光っていた。その青白い光は、まるで紅蓮色の荒珠と共鳴し合っているかのように、ドクンドクンと脈打つように明滅する。

 そして、その光は一際激しく光り、やがて清水の舞台全てを飲み込んだ。

「う、うおおおおおぉぉぉぉぉ!?」

「わ、わああああああぁぁぁぁ!?」

「の、のじゃああぁぁぁぁぁぁ!?」

 三者三様の悲鳴を上げて、俺たちは光に飲み込まれた。

 

 ――頼んだぞ。私の仇を……平氏を、倒せ。

まばゆい光の中で、何者かの声を、俺は聞いた。


 ふと気が付くと、光りは既に収まっていた。周囲は、桜舞い散る夜の清水に戻っていた。

 異変は、一瞬にして終わりを告げていた。清水の舞台も、二人の珠の輝きも、全て異変が起こる前に戻っていた。

 ただ、目の前の平家武者がひっくり返っていることを除けば。

「の、のじゃあぁぁぁ! ひ、光りをまともに見てしまったわああぁぁぁ。ま、前が全く見えんのじゃああぁぁ! か、カムロ! 私を守れええぇぇ」

 朱清は両手で目を抑えて、右へ左へとごろごろ転がっていた。その様子は、年相応というよりか……下手をすればカムロ達以下の奇行だ。

 しかし、これはチャンスじゃないか? 今なら、この平家の武者を討ち取ることもできるんじゃ――

 そんなことを考えていた俺の手を、強引に引っ張るやつがいた。

「何をするつもりだ馬鹿者! よもやお前、あの平家武者を討ち取る気じゃあるまいな?」

 後ろを振り向くと、やけに真剣な表情の牛若が、棒を朱清に向ける俺の手を引いていた。

「……そのつもりだけど、なんで止めるんだよ。平氏を倒す絶好のチャンスだぞ?」

「ちゃんす? ……よく分からんが、とにかく今は止めておけ。今あいつを殺したら、ここに次々と平氏の郎党が押し寄せる。それでは、わたしやお前もひとたまりもない」

 まあ、確かに一理ある。今は、この目の前でのたうち回る馬鹿一人だったから助かっているものの、他の武者や郎党が来ると二人では太刀打ちできない。

 命大事に、ってことか。

「……分かった。でも、俺に行く場所なんてないしなぁ……」

 荒珠に導かれてここに来たが、この紅蓮玉。一回強烈に光っただけで何にも――ん?

 よく見ると、荒珠に変化があった。紅蓮色一色だった荒珠に、青白い波の模様が混じっていたのだ。

「何をしている! 早く行くぞ!」

 牛若に急かされて、ひとまず俺は清水の舞台から離れた。

 清水寺の境内を駆けながら、牛若に問う。

「行くって、どこに行くんだよ!」

「もちろん、わたしが一番よく知る場所だ。そして、この都で一番平氏に遠い場所でもある」

 そう言うと、牛若は十歩ほど先を走って俺を先導した。

 一体、どこへ向かうつもりだろうか……。俺は不振がりつつも、後ろにまとめた黒く長い髪を揺らす少女の後を追った。

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