第53話決着、富士川の戦い
清盛と俺が再びぶつかる。鍔競合いの間隙を縫って、九郎が一太刀与えようと飛び上がって奇襲を仕掛ける。清盛が九郎の太刀を、上体を反らせることで避け、そのまま蹴りを俺に向けて放った。
痛てえ。でも、痛いだけだ。反撃を試みる。
しかし、その時だ。清盛の背後から、二体の骸骨武者が俺たち目がけて駆けてきた。
怯んだ俺と、着地した九郎を同時に狩るつもりらしい。
「ぬぅ。朱清め、無粋な真似を!」
清盛も怒りの言葉を表す。どうやら、朱清が独断で放ったらしい。
清盛よりも早く、骸骨武者が俺の目の前にやって来て、太刀を振り上げる。
だが、俺はそれを無視した。無視して、その奥の清盛目がけて走る。
骸骨武者が太刀を振り下ろす。風を切る音。しかし、それよりも刹那早く、数発の風切り音が骸骨武者に向かった飛来した。
骸骨武者の頭が、いとも簡単に吹き飛ばされた。走っている俺の後ろで、骸骨武者の体が崩れ落ちる音がした。
「こらっ! このクソ坊主! ぼさっとしない!」
与一の叱咤が、俺の耳に届く。そうだ、与一が俺たちを遠くから援護してくれる。それが分かっていたから、あえて無視したのだ。
与一は次に、九郎を襲おうとしていた骸骨武者を吹き飛ばす。「くーちゃん! 御身の背中をお守りする武人は、一人ではありませぬ! 存分にその剣技を振るわれよ!」
なんか、呼び名と話し方がミスマッチすぎるが、それはもう慣れるしかないだろうな。
奇襲を回避した俺たちは、再び清盛と剣戟をぶつけ合う。
戦いは、敵味方入り乱れる乱戦となった。俺と九郎と清盛の戦いを中心に、骸骨武者と源氏の騎馬隊があちこちでぶつかり合う。
俺たちの戦いの外では、朱清が新たな骸骨武者を呼び出しながら指示を飛ばし、それを馬上で弓を操る継信、忠信兄弟が迎撃する。与一は、俺たちの対決が邪魔されないよう、近づく骸骨武者達を射抜いていく。
俺たちは、二対一で清盛と戦える環境を味方に作ってもらい、尚且つそれを維持してもらっている。それは、生半可な労力ではない。少しでも早く、決着を着けないといけない。
だが、奴を倒すには……一週間の修行では到底埋まらない壁があった。
「ぜぇっ……はぁっ――ぜえっ!」
「くっ……ふぅっ――はぁっ!」
俺と九郎の息は、上りに上がっている。致命傷こそないものの、流血は頭から四肢末端の至る所十数か所からドクドクと流れている。このままでは俺たち二人とも、清盛になます切りにされちまう。
一方、清盛は傷どころか息すら上げていない。流石は、全盛期の平家の棟梁。その武は、まさしく他の追随を許さないほどの高みにある。
薙刀術、棒術、剣術、槍術。どれをとっても、俺はこの男の足元にも及ばない。この世のあらゆる武術では、この男は倒せない。そんな事実が、今更のように眼前に突き付けられた気分だ。
俺の武術では、この男は倒せない。日本の武術の源流は、全て武士からくるものだ。その武士の頂点たる棟梁相手に、日本武術は通用しない。
……こんなことなら、フェンシングでも習っておくんだった。
俺は歯噛みすると、薙刀を持つ手に力を入れる。
「……九郎」
俺は、同じく隣で息を上げる九郎を見る。
九郎も息絶え絶えだが、なんとか笑みを作っていた。
「……どうした? もう降参か?」
「はっ、バカ言え」
俺も何とか笑みを作ると、小声で九郎に耳打ちする。
「俺が一瞬だけ隙を作る。その隙に、清盛に一太刀入れられるか?」
「……誰に言っておるのだ弁慶? おれは、源義経であるぞ? ……入れられるかではない。入れるのだ。そして、あやつを……平家の怨霊を、討ち滅ぼす」
九郎は太刀を構えて、腰を低く落とした。
「信じておるぞ、弁慶」
たった一言。その一言が、俺に勇気を与えてくれる。
これだから、俺は単純なんだ。こんな簡単な言葉だけで、俺は死力を尽くせるのだから。
俺はガシャリと背中に背負った武器たちを鳴らす。俺がこの人生で操ってきた武器たち。それを、目の前の大きな壁に打ち放つ。
俺の覚悟を感じ取ったのか、戦の喧騒の中で、清盛が嗤った。
「ほう、乾坤一擲。その構えからして、捨て身の一発を放つつもりだな? 良い。その一撃、これより貴様の人生の総仕上げとなるだろう。……くるがいい」
清盛も剣を振って構えを取る。
目の前の敵に集中する。戦の喧騒すら、どこか遠くの人事のように聞こえだしたその時。俺は裂帛の叫び共に駆け出した。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!」
薙刀を振り上げ、渾身の力とともに振り下ろす。隙が大きいが故に今まで使おうとしなかった全力の振り下ろし。それを、清盛の頭蓋目がけて放つ。
「むんっ!」
しかし、それは清盛の剣によって防がれた。薙刀は大きくしなり、やがてその衝撃を吸収しきることができずに柄が折れた。
薙刀が破壊されたが、清盛の持つ剣は刃こぼれ一つしていない。俺は振り抜いた薙刀を手放すと、背中に背負っていた槍を手に掴んだ。
「おらっ!」
地面スレスレから顎をすくい上げるような上段突きを放つ。
「無駄だ」
しかし、その不意打ちすらも清盛は軽くいなした。槍は側面からの斬撃に耐えられず、槍の穂の根元、口金と呼ばれる部分を破壊された。槍の穂先が明後日の方向へと飛んでいく。
「まだまだぁっ!」
今度は腰に差していた太刀を抜き放って、そのまま居合の要領で清盛の脇腹を狙う。しかし、居合道を習っていなかったのがいけなかったのか、それとも打ち刀ではなく太刀で居合をすること自体が間違いだったのか。振り抜いた太刀は、清盛が振り下ろした剣の切っ先が俺の太刀の刀身を砕いてしまった。吹き飛んだ太刀の切っ先が清盛の胸板を掠めたが、甲冑に阻まれ傷一つ突くことはなかった。
それでも、俺は怯まない。俺は再び背に手を回し、棒を取り出す。
清盛の左眼球に向けて、鋭い突きの一撃をお見舞いする。
「……甘い」
清盛は俺の突きを、首を曲げる動作だけで避けると、空を切った棒を掴んだ。
そして、ぐいっと棒を引き寄せる。
もちろん、棒を掴まれた俺は清盛の前まで引っ張られる。
「さらばだ、マレビトよ」
清盛が剣を振り上げる。ニヤリと、口角が吊り上がる。
清盛のではなく、俺の口角が――
「待ってたぜ。この瞬間をな!」
武の頂点に立つ奴が隙を作るとしたら、それは勝利を確信し、俺が期待外れの人間だと確信した時――つまり、最後の一撃を振るう時だ。俺はそう思って、自分の全力を打ち込んだように見せかけた。
結果、この上ない最高のタイミングで、奴の懐に飛び込めた。
俺は棒から手を放すと、拳を固く握った。
そう。俺が唯一使える、日本武道ではない戦闘術。それは――
「これが、俺のボクシングだ!」
俺は奴の前で軽く屈むと、ジャブを数発打ち込んだ。
「ぬぐっ!?」
清盛の表情が驚愕に歪む。俺は更に右フック、左フックを打ち込み、相手の脳に揺さぶりを加えていく。
そして、最後に体を深く屈ませ、がら空きになった顎に向けて拳を放った。
「くらえ清盛ィ!」
顎の下から、体のバネをフル活用して放ったアッパーカット。それが気持ち良いほどに決まる。清盛の体が、その時初めてふらついた。
だが、ふらついただけだった。俺の付け焼刃にも等しい技量のボクシングでは、清盛を気絶に追い込むことは出来なかった。
ぎろりと、膝を折りかけた清盛が俺を睨む。
だが、それも想定内だった。
俺では清盛を――この妖怪のような男を倒すことは出来ない。だが、あいつなら――
「清盛! 覚悟!」
そう。俺の横を通り抜け、長い黒髪を躍らして清盛の懐に飛び込んだ源九郎義経なら倒せる。何故なら、妖怪を倒すことに関して――源氏の右に出る者はいないのだから。
九郎が清盛の前に躍り出た瞬間。清盛は、呆然としたまま九郎を見ていた。
清盛の口から、その声は小さく聞こえた。
「……そうか。流石は、我が友の子。我を……滅ぼすか」
一閃。完全に虚を突かれた清盛の首を、九郎は鮮やかな太刀捌きで刎ねた。
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