第48話一人、弁慶

 ああ、そうか。俺は九郎の言う通り……自分のことしか考えていなかったのだ。

 あいつのことなんて言いつつ、結局は自分がなってほしい九郎を思い描いていただけだったのだ。俺は、九郎を女の子として……好きになってしまったから。

 失いたくない。死なせたくない。未来の結末を知っている俺だからこそ、そう思う。

 いや、どうだろう。九郎はもしかすると気付いているのかもしれない。いつか自分が戦いによって死んでしまうことを。

 そして、半信半疑とはいえ俺を未来人だと信じているならば、俺の行動で己の行きつく果てを察していたのかもしれない。

 そんな中でも、あいつはいつも言っていた。

 ……ああ。そうか。だとしたら、本当に俺は馬鹿者だ。

 あいつは、いつも俺にどうしてほしいか、ちゃんと言っていたじゃないか。


「うっ……」

 目が、覚めた。

 急いで布団から起き上がった。周囲を見渡すが、誰もいない。障子からは陽光が漏れていて、今が朝か昼であることを示している。

 情けねえ。脛の痛み程度で気絶しちまうなんて。

 とにかく、一刻も早く九郎を追わないと。そう思って立ち上がろうとした時。

「お目覚めでござるか、弁慶殿」

 気が付くと、すぐ隣に継信が立っていた。この日差しが入ってくる屋敷の中では、その黒づくめはあまりにも目立ちすぎる。

 もう慣れてしまった唐突な登場に、俺は普段通り返す。

「ああ。つか、あれから何時間経った? 九郎たちはもう富士に向かったのか?」

 俺が継ぎ早に言うと、少しだけ間を置いてから継信は口を開いた。

「……弁慶殿が倒れてから二日ほど経ちました。その脛の痛みは、おそらく強力な呪法によるものでござろう。義経様の拒絶が余程強かったのか、ほぼ昏睡状態でござった。そして、義経様達はあの後すぐ富士へ向かわれました。あと数日もあれば白河の関を超えるでござろう」

「なるほどな。で、どうしてお前は残ってるんだ?」

 まさか、俺を介抱するために残ってくれるよな献身的な奴ではない。

「何を言っておるのでござるか? 拙者は秀衡様の郎党。義経様の家来になったつもりはござらん」

 なるほど。そういえば、こいつは秀衡の部下だったな。一緒に旅をしたからそんなことすら忘れてしまっていた。

「それはそうと、弁慶殿。秀衡様から、目が覚めたら無量光院に来るよう仰せつかっております。ご一緒に来てはいただけませぬか?」

 秀衡が? 正直言って、今すぐにでも九郎を追いかけたいが……あいつには告げておきたいこともある。

「分かった。今すぐ行こう」

 俺は立ち上がると、黒づくめの継信と無量光院に向かった。

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