第33話激突、源家と平家
「お、おい九郎!」
俺も遅れて、清盛に向かって駆け出した。太刀を扱ったことはないが、剣道なら一通り手ほどきは受けている。まったく戦えないという事はないはずだ!
駆ける俺の先で、九郎が飛び上がって太刀を振り下ろした。
「死ねっ! 父の、そして兄の仇!」
しかし、清盛は抜き放った剣でそれを難なく受け止めた。
「ふん。父はともかく、貴様の兄は死んでおらぬ。頼朝め、まんまと逃げよったわ」
清盛はそう呟くと、剣を押し返して九郎を空中へ吹き飛ばした。だが、それは俺にとってチャンスだ。
両手を上げた清盛の脇腹が、完全にがら空きだった。
「このっ!」
俺が太刀を横薙ぎに一閃する。しかし、その一撃は、いつの間にか振り下ろされた清盛の一撃にぶつかって地面に叩き落されてしまった。
「このっ! 清盛っ!」
清盛の背後から九郎の声がした。清盛が背後に振り返って九郎を迎撃する。
「隙ありっ!」
その隙を狙って、俺は奴の脇腹目がけて突きを放った。
「ふん」
しかし。その攻撃も、まるで見えているかのように清盛の拳によって太刀の側面を殴られて、軌道が逸れてしまった。殴られた衝撃が、太刀を伝って俺の腕に電流のように走った。
俺は、二度の打ち合いで悟ってしまった。
勝てる見込みがないどころじゃない。俺や九郎が、完全に遊ばれている。
「何故だ! 何故父上を殺した! 答えろ清盛入道!」
九郎の叫びが、清盛の背後から聞こえる。
九郎の声が聞こえた。その時既に、俺の折れかけた心が再び激しく燃えた。
俺より小さな女の子が戦ってるのに、なに弱気になって諦めてんだ。
こっちは二人だ。縦横無尽に飛び跳ね、立体的な動きをする九郎と、重い一撃が売りの俺が力を合わされば、平家武者だろうが召喚術で出てきた化け物だろうが倒せるはずだ!
再び攻撃を加える。しかし、清盛はそれを難なく弾いた。
「何故義朝を討ったか、だと? それは簡単だ。我にとって、義朝こそ超えるべき壁であり、我の目標であったからだ」
清盛は俺の剣を防ぎ、拳で九郎の斬撃を側面から弾いた。
「共に切磋琢磨し合った青春時代。共に戦い勝利を収めた保元の乱。そして、敵同士となった平治の乱。我の近くには、常に義朝がおった。やつは常に我より優れておった。武芸も、政治も、郎党からの信頼も、常に奴の方が抜きんでておった。それが悔しかった。我は、義朝に勝つために努力した。努力に努力を重ね、そして遂に奴を平治の乱で殺した。我は、奴の首を見た時、突き抜けるような達成感と快感を味わったわ――しかしな」
九郎の繰り出した突きを躱し、清盛は空虚な笑みを浮かべた。
「義朝亡き後、我は抜け殻になった」
清盛の拳が俺目がけて飛んで来る。それを首を捻って間一髪で躱し、斬撃を打ち込む。
それを、清盛は剣で受け止め、踵を返して背中を斬ろうとした九郎に向き直ってその攻撃を防いだ。
「……自分の人生を全て捧げて勝ち得た天下で、我は空虚な日々を過ごした。競う相手がいないことが、こんなにも空しいとは思わなんだ。時に貴族の真似事をし、宋とも貿易をしてみたが、やはり我の心は踊らなんだ。我の人生には、やはり義朝が……源氏が必要なのだ」
ギラリ。と、清盛の目が光った。体躯が、数倍に膨れ上がったような気がした。
「そんな時じゃ。朱清が時渡りをしてきたのは。我は朱清の呪術によって若返った。そして、あることを思いついた。各地に散らばる源氏を挙兵させ、戦おうと。義朝と戦っていた時の充足感を、再び感じようと思ったのだ。あいにく、世の中は平家を恨んでおる。恨みが噴き出すのも時間の問題であったからな――」
清盛は俺の斬撃を剣で受け止めると、俺を蹴り飛ばした。俺は無様に転がって、地面の上に転がった。
「ぐあっ!」
土に塗れ、一瞬だけ地面を睨んだ、その瞬間。上から九郎の悲鳴が聞こえた。
反射的に顔を上げると、そこには清盛に首を掴まれ、宙に引き上げられた九郎がいた。
清盛は凄惨に嗤う。
「――するとどうだ? 各地の源氏は立ち上がった。京では源三位頼政が以仁王を立てて反逆し、伊豆では義朝の三男頼朝が平家の屋敷を襲った。しかし、そのどちらもが義朝には遠く及ばなかった。老兵の頼政の弓を潰し、青二才の頼朝の兵を皆殺しにしてやったが、我の心は晴れなんだ……貴様はどうだ? 源九郎義経」
九郎の無防備な腹に、清盛の剣の切っ先が向く。
「九郎っ!」
このままじゃヤバい! だが、今から立ち上がっても、清盛が九郎を突き刺す方が早い。
――間に合わない!
そう思った瞬間。清盛の背後が、一瞬光ったような気がした。
清盛の背後。つまり、白河の関の方から、何かが軌跡を描いて走った。
その何かは甲高いビュンッ! という音を纏いながら、清盛の腕に吸い込まれた。
「――ぬっ」
清盛の表情が、その時初めて苦痛に歪んだ。九郎が清盛の腕から離れる。
その時になって、ようやく俺は動くことができた。
「九郎! 大丈夫か!?」
俺は、太刀を握ったまま喉を押さえて咳き込む九郎に駆け寄った。
「げほげほっ! だ、大丈夫だ。大事無い。しかし、やったぞ弁慶」
目じりに涙を浮かべながらも、九郎は笑っていた。
「坂東一の弓使いを、仲間にしたぞ」
ザッと。俺と九郎の前に影が落ちる。前を見ると、長い茶色の髪が躍った。
背中に矢筒を背負い、身の丈程ある弓を手に、その少女は清盛入道に対する。
「遅れて申し訳ありません。不肖与一、これより義経様にお味方致しますっ!」
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