第32話召喚、平清盛
そうしていると、門の前に次々と武者たちが集まって来た。その数は三〇以上。武骨な武者たちがひしめき合う中、一人だけ華奢な弓兵が俺たちの視線に止まった。
与一だった。与一は、黙って俺たちを見ている。完全に平家方の武者に紛れている。
九郎も与一を見つけたのか、俺にそっと耳打ちをした。
「……与一がいる。与一がいれば、これからの突破戦は格段に容易になる。なんとかして寝返らせるぞ」
「寝返らせるつったって、一体どうするつもりだよ」
「それを今から考える。戦いながらな」
そう言って、九郎は抜き放った太刀を構えた。
その様子を、門を背後にした朱清は愉快そうに笑った。
「くかかっ! やる気か、義経よ。だが、今回、私は戦わん」
朱清の意外な発言に、俺たちは揃って首を傾げた。
「どういうことだ? 二度の醜態で己の器を察したのか?」
「ち、違うわい義経! 今度の私は召喚士として戦うと言っておるのだ! 見よ!」
朱清は宣言すると、パンッと手を叩いた。すると、彼女の足元に謎の召喚陣が浮き上がり、周囲の大気を震わせた。
「な、なんだ!? 九郎、これも陰陽術なのか!?」
「おれにも分からん! だが、何か来るぞ!」
バリバリと、召喚陣から電流の走るような鋭い音が響く。朱清は何らかの呪文を呟くと、懐から取り出した札を、足元の魔法陣に叩き付けた。
「いでよ我が大いなる祖父よ! あなた様の待ちわびた、源家の討滅の時でございます!」
瞬間。爆音と閃光が、白河の関を包み込んだ。目を瞑って閃光をやり過ごした俺は、激しい音がいつの間にか消えているのに気付いて目を開けた。
目を開けると、俺たちと朱清の間に、一人の男が現れていた。
男は、背丈は俺と同じくらいの巨漢で、見事な坊主頭を煌かせていた。首には巨大な数珠を巻いていて、薄汚れた赤の着物を着ていた。腰には、太刀ではない剣を差している。
一目で只者ではないと分かる風貌だった。しかし、日本史が大の苦手である俺には、この坊主のおっさんが誰か、全く分からなかった。
俺は、隣にいる九郎に訊いた。
「おい、九郎。あのおっさんって――」
「――ばかな」
九郎は、目の前の男が存在するのが信じられないと言った様子で呟いた。
「何故、ここでお前が出てくるのだ! 清盛入道っ!」
戦慄。動揺。そんな感情の入り混じった九郎は、確かに清盛と言った。
そこまで言われれば、いくら馬鹿な俺でも目の前の大男の正体は掴めた。
「おいおい……。この馬鹿でっかいおっさんが、あの平清盛だっていうのかよ……!」
平清盛。その名を知らない者は、この時代だけでなく俺のいた令和の世でもいない。
武士で初めて政治を行い、空前絶後の栄華を極めた平家の棟梁。
そして、平治の乱で九郎の父親である義朝を倒した男。
「……そう。我こそ、平清盛也」
地に響く地鳴りのような低い声で、清盛は名乗った。
清盛が口を開いただけで、周囲に物言わぬ重苦しい気配が漂った。それは、俺たちの肩に恐怖とプレッシャーを圧し掛からせた。
俺は、あまりの存在感に太刀を落としそうになった。力が、入らない――
「あの男に呑まれるな、弁慶!」
隣で、九郎が叫んだ。すると、少しだけ……手の力が戻った。
九郎は太刀の切っ先を清盛に向けたまま、今までに見たこともないほどの鋭い視線で清盛を睨みつけた。
「……まさか、お前の方から姿を現すとはな。兵を挙げる手間が省けたぞ、清盛入道」
「貴様は……ほほう」
清盛は九郎をじっと見つめると、蛇のような目を細めて笑った。
「都人らしからぬ二重の目。その奥に揺らめく曇り無き闘志。その唇を引き締めた顔が、義朝に似ておる……」
「……おれが、父に似ているだと?」
「……うむ。それも、他の源家の奴よりも強く、義朝を感じるぞ……貴様、名は?」
「先の源氏の棟梁、源義朝が息子――源九郎義経!」
九郎が名を告げる。すると、清盛は哄笑した。
「がっはっは……! なるほど。頼朝、頼政に続き、次は義経ときたか。面白い! 実に面白いぞ! 朱清、お前に感謝する。お前の呪術のおかげで、我は若さを取り戻し、こうして源家の連中と戦えるのだ!」
清盛入道は、視線だけを背後の朱清に向ける。
「はっ。しかし……おじいさま。できるだけ無理はせぬようにお願い致します。この若返りの術は、体への負担も大きいのです。おじいさまのお年を召された体では――」
「無用な気遣いじゃ朱清。我は今、十六年の倦怠から解き放たれたばかりじゃ。頼朝の次は、あの源九郎義経ときた。頼朝よりも歯ごたえがあると見受ける」
その時。隣にいた九郎が清盛に向かって叫んだ。
「貴様。今、頼朝といったな? 兄上に何をした?」
一層表情が険しくなる九郎に対し、清盛入道は口角を釣り上げて嗤った。
「何をしたか、か? 簡単なことよ。先日、石橋山にて頼朝を負かしたわ。それはもう、赤子の手をひねるかのように容易なこと――」
「貴様っ!」
九郎は、俺が制止させるよりも早く飛び出した。
「お、おい九郎!」
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